第48話 海の果てにあるもの
ひとつ、はっきりしたことがある。ユユエと老婆は同一の存在ではなかった。別々のひとりの人間として少年の前に立っている。
「ユユエさん。あなたはそのお婆さんを知っているんですか?」
「これは私の姉だ」
「お姉さん……?」
少年が疑問を口にするのは無理もない。うら若い年頃の女性と、しわの寄った老婆とが姉妹であるとは、にわかには信じがたい。
「まぁ、信じてもらわなくて結構だけどね」
せせら笑う老婆の姿が、若々しい女性のそれへと変わってゆく。切れ長の目がヒウノに向けられる。「これでどうだい」と言わんばかりだ。
老婆はユユエの周囲をゆっくりと歩きながら、悪態をついた。
「先に降りてきた坊やを殺すところまではよかったんだ。それが、なんだって姉の番になって心変わりしちまったんだか。まぁ、あの坊やは健気だったからねぇ。おかげで、あたしは大忙しさ」
「忙しい――?」
老婆の言葉に少年の髪がざわりと揺れる。その様子がよほど可笑しかったのか、彼女は大声で笑った。
「なんだいお前。一人前に怒っているのかい? このあたしに。森を焼かれ、街を壊され、おまけに女まで失ったって? だからどうしたって言うんだい」
「悪いことをしたとは、思っていないのですね」
「悪いだ? あたしに言わせればね、あの娘のほうがよっぽど悪いやつだよ。欲深で身勝手、人を殺すことをなんとも思っちゃいない。おまけにすまし顔で男をたらしこんで。お前、そんなやつを生かしておけるのかい……?」
挑発だ。わかっている。以前、街で出会ったときもそうだった。なぜかリトを貶めようとする。けれど、なぜそうするのかがわからない。
ヒウノが感情をむき出しに食ってかかってこないのを見て、老婆は「ふん」とつまらなそうに息を吐いた。
「もういいじゃろう。憂さ晴らしにきたわけでもなかろうに」
「他になにをしに来たって言うんだい」
「さぁてな。ああ、紛らわしくてかなわぬ。わしはばばあの姿も好みなんじゃが」
「これだから、じじいは嫌いなんだよ。まあ、あたしもこの姿は好きじゃないけれどね。お前もだよ、坊や。この先になにがあるのか、知っていて来たんだろうね?」
そういえば、と少年は思い出す。ユユエと翁がリトを連れ戻すために力を貸してくれるのは知っている。けれど、なにをどうするのか、具体的な話はひとつも聞いていなかった。ふたりを信じているし、いつか教えてくれるのだろうと思い込んでいた。
よくよく考えると、それではいけなかった。周囲に林立する巨大な柱の存在が、もはや日常から遠く離れてしまったのだと強く感じさせる。少年は今さらながら自身の行動を恥じ入った。けれど、まだ遅くない。
「教えてください。この先になにがあるのかを」
ユユエと翁は互いを見やり、頷き合った。老婆はふたりの様子を見て不満げにしているが、割って入ってはこなかった。口を開いたのはユユエだった。
「この先に嵐の生まれる場所がある。そこから風にのって天へとのぼる」
「嵐の生まれる場所……」
「そなたひとりで行くのだ。リリーシエが地上へ降り立ったのと同じように、ひとりでやり遂げなければならない」
「リトと同じように、僕ひとりで……」
彼女と同じ、そう聞いてヒウノは少しだけうれしくなった。彼女とともに生きるのなら、彼女の思いを知る必要がある。彼女が立ち向かってきた困難がどれほどのものだったのか、できることなら知って、分かち合いたい。
「やります――僕にやらせてください」
少年は自らの意志をはっきりと口にした。その澄んだ両の眼に迷いの色はわずかばかりも浮かんではいなかった。
第48話 終
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