第47話 大列柱
「おじいさん、どうしてここに?」
思いもしなかった再会に、ヒウノは驚きを隠せなかった。内心はとてもうれしく感じていた。けれど、今の状況を考えると、よろこびを表に出すのははばかられた。
「翁か。私たちとともに行くと?」
「渡りに船というじゃろう。長い間、気の遠くなるほどの時間、このときを待っていた」
深いしわに埋もれた老人の目は、少年をまっすぐに見ていた。なぜだかうれしそうにしている。
「年寄りにだって、叶えたい願いのひとつやふたつ、あるものじゃよ。想いをともにする者がいるのなら、なおさらにな」
「おじいさんにも願いが」
「あぁ。お前さんとおんなじ願いさ。リリーシエは行ってしまったのじゃろう? 湖ではお気楽なことを言ってしまった。てっきり、あの子は大地で暮らしているものとばかり……。わしも、この空のどこかにいるリトのみなを、迎えに行ってやりたくてね」
翁はそう言って、顔の輪郭よりも大きな白いふさふさの髭を撫でながら、朗らかに笑った。雨雲を吹き飛ばしてしまいそうな老人の明るさに、ヒウノの心は少しだけ軽くなった。
*
「ユユエや。向かう先は、こちらでよいのじゃな」
「ああ」
湖の集落を離れた三人は洋上にいた。老人が用意した巨大な船に乗り、曇天のもと、やや高い波に揺られながらの航海だ。灰色の雲が今にものしかかってきて、船を押し潰しそうだった。風が強く吹きつける。
少年は不思議に感じていた。帆を持たない船がどうやって海を進んでいるのか想像もつかない。改めて、飛行機械を生み出した老人の技術に驚いてしまう。翁が伝声管に向かって話しかけているのが見えた。相手は誰だろうか。姿こそ見せないが、船内から複数の人の気配がした。少年の視線に気づくと、翁はまっすぐに見つめ返し、無言で語りかけてくる。「聞かれてもこたえぬよ」と。少年は頷き返し、意識と視線を外へとうつした。
陸を離れ、どのくらいの時間が経っただろうか。視界がうっすら白くなってきた。海、もしくは大気に明らかな変化が生じている。
ヒウノは注意深く辺りを見やった。森での暮らしでも、異変に気づくのは家族の中で少年が最も早かった。
(何か来る……)
「おじいさん、舵はそのままで!」
ヒウノは老人に向けて叫んだ。
色濃いもやの一点を、少年は睨みつける。視線の先に巨大な黒い影がうつった。影の頂は高すぎてとてもではないが見えそうにない。
天までのびる塔を思わせるそれは、船の左右両側にそびえ立っていた。丸みを帯びた外縁の表面は、石でできているようだった。大樹を見慣れている少年であったが、ゆうに上回る大きさにただただ圧倒された。
老人が驚きの声をあげる。
「これは……たまげた。大列柱じゃ」
「大列柱?」
「はるか昔、終の子を討たんと作られた兵器と聞くが、本当にあったとはのぅ」
「これが、兵器。僕には大きな石の柱にしか見えませんが……。じゃあ、これを作ったのは――」
「あたしたちさ」
ヒウノの言葉を継いだのは、しわがれた老婆の声だった。少年の髪がざわりと揺れ怖気が走る。声のしたほうへ振り向くと、ユユエの姿しかない。
少年はひとつ息を呑んだのち問いかけた。
「ユユエさん――?」
「こんな愚か者は呼び捨てにしてやりな」
返事はあった。けれど、ユユエの口に動きは見られない。表情の読み取れない眼差しを、こちらへ向けるだけだ。
「まったく無愛想な子だねぇ。まあ、あたしも対して変わらないけどね」
ユユエが落とす影が奇妙に揺れ動いた。ヒウノの目の前で、影は見るまに人のかたちをなしてゆく。そこに現れたのは、中央大陸の森で襲ってきたユユエにうりふたつの女性だった。
「おっと、すまないね。こっちの姿のほうがよかったかい?」
若々しい見た目にそぐわないしわがれた声が言うと、女性の姿が縮んでいった。
「ひさしぶりだね、坊や」
濃紺のゆったりとしたワンピースに、まぶかにかぶった同色のフェルト帽子の出で立ち。三つ編みにしたくたびれた白髪と深いしわが、年齢の高さを物語っている。
少年は、街で出会った老婆と洋上で再び相対した。
第47話 終
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