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森のヒウノと空のリト (全70話)  作者: このはりと
第2章 ふたりが見る世界
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第46話 石が叶える願い

「リトはなぜ帰ってしまったんですか? フィルアノアへ」

「願いをなくすためだ」

「願いを、なくす……?」


 ユユエは空を見上げ、静かに語り始めた。


「おそらく、フィルアノアのみなが戻りたいと願っているのだ。大地へ。膨れ上がった願いを、石が叶えようとしている」

「願いを叶える、石……」

「どういうわけか、そなたも持っているようだが」


 ヒウノは自身の右手を見やった。

 確かにこの力は、これまでに自分の願いを叶えてくれた。足の不自由な父にかわって大樹の調査ができていたのは、光る石のおかげだ。石の力がなければ、とてもではないけれど、高さが百メートルを超す木にやすやすとのぼれはしない。

 リトと出会った夜も石の力が働いた。燃える森から脱出するときも、老婆の襲撃を受けたときも、そして、破壊の限りを尽くす少女と向き合ったときもそうだった。この石は幾度も自分の願いに応えてくれていたのかもしれない。


「これは、気づいたら使えるようになっていたんです。幼い頃、東大陸の戒砂《かいさ》で父と僕は事故に遭いました。飛行機械の残骸が崩れてきて、それに巻き込まれ……。父は片方の足を失いました」


 少年はユユエに右腕の傷跡を見せた。


「これは、そのときにできた傷です」


 ユユエはそっとヒウノの右腕にふれた。


「戒砂と飛行機械。そうか。図らずして、力を得てしまったのか。私たちと同じ力を」

「彼女の力を何度も見てきました。リトの力は強すぎる。そんな力で、いったいなにをするつもりなんですか? 『願いをなくす』とあなたは言いました」


 ユユエは深く息を吐いた。彼女には少女の目的がわかっているようだった。


「フィルアノアが大地に降りようとしている。そうなれば、己が役目を果たすため終《つい》の子が目覚めよう」

「終の子。森でリトから聞きました。役目って……」

「私たちの力の根源、そのすべてを無に帰すのが終の子の願いだ。醜くおぞましい人の欲が、再び世に渦巻かぬよう、力を滅ぼすためだけに生まれた哀れな子。巨躯《きょく》を起こせば森はあふれ、中央の街を跡形もなく呑み込むだろう」

「森に眠る子は、古い言い伝えではなかった……」


 ユユエは表情を変えず、けれどあざけるように言葉を継いだ。


「子の願いは、産み落とした者の願いでもあった。しかし、おそれてしまった。よもや大地から逃れるなどと、愚かな……。終の子の願いを拒まなければ、後の世を生きる者が苦しまずに済んだものを」

「願いが叶うのをおそれた……」

「願いにより、その身もろとも力は消え去る。後に残るのは乾いた砂だけ。生きたいと思う間も許されぬ。私がレレンにそうしたように」

「でも、レレン君は形を保って……。そうか。あなたが――作った」


 ユユエは表情を変えずヒウノを見つめた。


「リリーシエの定めを思うと、あまりに不憫でな。別れの一時くらい、会わせてやりたかった」

「定め……。それは、リトがこれからすることですか?」


 ヒウノはユユエに詰め寄った。リトが自分の意思でするならまだしも、望まないことをさせられるとしたらがまんがならない。


「島のみなを眠らせるのだ。将来、再び願う者が現れないよう、永遠に眠らせる。みなの死を見届けたのち、リリーシエの願いのみが力を持つ。フィルアノアはいずこともしれない雲の中に隠れ、二度と空には姿を見せなくなるだろう」

「それで、リトはどうなるんです……?」

「願うだけの石になり、その生を終える」

「そんなことって――」


 このままなにもしなければ、彼女はどこともしれない場所で、ひとりきりで死を迎える。

 話を聞き終え、ヒウノの思考はすぐにひとつの答えを出した。このまま終わらせるなんてあんまりだ。


「リトのもとへ、フィルアノアへ行くにはどうすればいいんですか?」


 少年の言葉を聞いたユユエは、なにを言い出すのかと訝しむように目を細くした。


「行ってどうする。鎮《しず》めの雪はじきに降り止む。島が雲から顔を出すまで、さして時間は残されていない。リリーシエの命をつないだところで、なにも変わらぬぞ」

「リトは『ずっとここにいたい』と、そう願っていました。石が本当に願いを叶えてくれるなら、彼女のささやかな想いに応えてくれてもいいはずです。これ以上、リトから取り上げるなんて――」

「そうか……。いや、そうだな」


 ユユエは眼前でわがままを言う少年を見て、そうとはわからないくらいわずかに口角を上げた。彼女は思い出していた。自身もヒウノと同様に、少女の命をつないできたことを。


「賭けてみようか、そなたの想いに」

「その話、わしものらせてもらおう」


 思いがけず、しわがれた声が彼女の言葉を継いだ。柔和な表情を浮かべながらふたりの前に姿を見せたのは、湖で出会った老人だった。



 第46話 終

本話をお読みくださり、ありがとうございました。

もしよろしければ、つづきをお楽しみくださいませ。

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