第41話 勇気
ひとり救えなかったのがなんだ。まだ集落には生きている人がいるじゃないか。これ以上は――。
ヒウノは消沈しかけた心を奮い立たせた。まずはひとりを集落から連れ出す。そうしたら次のひとりだ。積み重ねていけばいい。
しかし、ヒウノの意に反して、老人たちは頑なに少年がさしのべた手を取ろうとしなかった。『ここから離れてなんになろう』そんな声が聞こえたかと思うと、振り向いた先を光が貫き、またひとり砂となって崩れ落ちた。
「このままじゃいけない。リトを止めないと」
そう悟った少年は視線を湖面へ向けた。
激しさを増した雨と風。波は高くその形を尖らせていた。何者も立ち入らせまいと意思を持つかのようである。
「行こう、リトのもとへ」
恐れがないと言えば嘘になる。行ったところで自分に何ができるのか。何もできないかもしれない。
それでも、決意を口にしたことで、立ち向かう気力が湧いてきた。
しゃがみ込んで、そばでうずくまっている老婆に語りかけた。
「おばあさん、どうかあきらめないでください。ここでなくても、みなさんを迎えてくれる場所がどこかにあるはずです。きっと」
「本当にそんなところがあるのならね。いっそ鳥にでもなって飛んで逃げられたら……。それとも、あんたが連れて行ってくれるのかい?」
老婆がすがるように顔を上げたとき、そこにはもう少年の姿はなかった。
長い息を吐き、老婆は天を仰いだ。
*
湖に飛び込んだヒウノは、たどり着くべき先をさがした。暗い水中には道標もなく、方向が定まらない。むやみに潜ったところで、いずれ息があがってしまいリトのもとへいけないのは明白だ。自分だって光に焼かれるおそれもある。
予感などでなく、それは現実に起こった。
下方が閃いたかと思うと、すさまじい速さでやってきた光がヒウノを襲う。
死を間近に感じ、体が硬直した。
誰を思う暇もなかった。
しかし、光は少年に恐怖をもたらしても、命までは奪わなかった。
(石が、守ってくれた……?)
右の手の甲に、琥珀色に輝く石があらわれていた。それは破壊の光を弾き、何かを求めているのか、かすかに震えていた。
僕の願いに応えてくれるのか。ヒウノは森でするのと同じように石に思いを込め、水底へ向けて投げてみた。
石は応えた。
光の尾を引き、まっすぐに湖の底へのびてゆく。その先に彼女がいるに違いない。「僕を連れて行ってくれ」そう願って右手を握ると、光の紐はたちまち縮んでヒウノを目的の場所へと導き始めた。
飛行機械の残骸が近い。暗い水底に、幾度も火花のような光がまたたく。リトとユユエ、ふたりの力がぶつかり合っているのだろう。
戦いだけはなんとしても避けなければ。少年は強く願った。その願いに石が呼応した。
勢いを増した石は飛行機械を覆う水の屋根を突き破り、少年をふたりのもとへと降り立たせた。
リトとユユエはわずかも視線をそらさず差し向かっている。少年の存在など気にもとめていない。
少女は依然、涙に濡れ、悲しみの叫び声をあげていた。彼女が発する高い音は歌にも聞こえる。目の前にいる者を殺し、憎しみが晴れるまで歌い続ける、壊れてしまった歌い手だ。
勇気がいる。少年は自分を奮い立たせようと懸命だった。彼女が背負っているものにふれる勇気。ふれてしまったら、後戻りはできないかもしれない。始めるのは他の誰でもない、自分自身だ。
「もうやめるんだ、リト。こんなことは、君がしたかったことじゃないはずだ」
超常の力をふるい荒ぶる少女を止める術など、自分にはありはしないのだと、心のどこかで決めつけていた。
「僕は君のそばにいる。これからも。君が抱えているものを一緒に背負うから。最後まで」
少女に誰も殺させたくない気持ちは本物だった。けれど、ユユエに言われるまま湖上の集落へ赴いたのは、ひょっとすると逃げだったのかもしれない。
少女は少年の存在など歯牙にもかけず、ユユエを消し去ろうと腕を突き出す。
ヒウノの手の甲で強い光を放つ石。石は少年の想いに応えて空を切り、リトが放った破壊の光を遮った。
「ごめん、リト。君とこうして向き合うまで、遅くなってしまった」
少女の冷たい瞳が少年をとらえた。
滅ぼすべき敵として。
第41話 終
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