第40話 ひかり
リトの双眸からとめどなく涙が溢れる。悲しみに叫ぶ声は、人が発する音とは思えない。悲痛で、聞く者にも痛みをもたらすほどの、突き刺さるような音となってあたりに響いた。
弟の体が白い砂となり崩れさったとき、これまで生きてきた記憶が少女の頭の中を一瞬で駆け巡った。
弟を誰よりも愛していた。自分に向けられた笑顔が眩しくうつる。
怪鳥の驚異に怯える日々と、人知れずいなくなる大人たち。後に残った砂の大地を訝しんだ。もしや自分がなにかしでかしたのではないかと、疑心で寝つけない夜があった。
ついに自分の番が来たと知ったとき、課せられた役目の重さよりも弟への想いのほうが勝っていた。
降り立った先で出会った少年は、どこか弟に似ていて、すぐに親愛の情が湧いた。
柔らかい土と、どこまでも広がる海と、街の大きさ。どれをとっても驚きの連続だ。
もっと――叶うのならば、ずっとここにいたかった。愛する弟と一緒に。
だが、すべて終わってしまった。
白い砂を握りしめる。指の間からさらさらと流れ落ちるそれを見ていると、ひとつの感情に気がついた。
憎い。
不吉がはっきりとかたちをなすとき、目の前には決まって白い砂があった。なぜ、今までこの感情が表に出てこなかったのだろうか。
憎くてたまらない。こんなものは、この世から消えてなくなればいい。消し去る力が自分にはある。
白い砂も、弟を殺めたあの人も、手に入らない夢も、全部――。
「リリーシエ、私はここにいるぞ」
声に反応し、少女の目がユユエをとらえた。赤く染まった眼に宿る殺意。リトが右腕を鋭く振り上げると、標的へめがけて破壊の光が走った。人の命を奪う行為に、躊躇いはなかった。
「それでいい」
ひゅんと短く、空を切る音がした。突風が巻き起こり破壊の光がたちまちかき消される。
ユユエが横薙ぎに振るった手の先に、柄が握られていた。祭儀用と思しきそれは簡素な拵えで、柄の色は真っ白だ。しかし、目を凝らしても刀身が見えない。
リトは声の限りに叫び続けた。涙に濡れながら、幾度も光を放つ。ユユエを狙ったそれは、ときおりあさっての方向へ走った。水底に沈む船の部材が粉々になる。少女は錯乱していた。もはや、目の前の女性だけでなく、何もかも破壊したくてたまらなかった。
「ヒウノと言ったか。みなにここから離れるよう伝えてほしい」
「リトを放っては――」
「リリーシエのためでもある。これ以上、殺させたくはない。彼女を抑えられるのは私だけだ。行って、ひとりでも多く救ってくれ」
「……わかりました」
ここにいても、おそらくできることは何もない。ヒウノは頷くしかなかった。
荒ぶる少女をちらりと見やったのち、少年は湖上の集落を目指して駆け出した。
*
ヒウノが水面から顔を出したとき、空にひとすじ稲妻が走った。猛烈な風が吹きつけ、雨足が強い。湖の表面に高い波が生じている。水底へ向かうときとは違い、今度は自身の力で泳がなければならなかった。
集落の端にたどり着き、水からあがった。ずぶ濡れの体がやけに重い。それでも少年は、力強く一歩を踏み出した。
『これ以上、殺させたくはない』ユユエの言葉が脳裏をよぎる。出会ってから今日まで、リトが誰かの命を奪ったことなど一度もない。なぜ『これ以上』と言ったのだろう。嫌な引っかかりを覚える。
そのときだった。彼の目を真っ白な光が焼いたのは。
水底からやってきたひとすじの光が家屋を貫き、天へとのびていった。
ヒウノは直感した。このままでは、この光が誰かの命を脅かすに違いないと。
視覚が戻ると、少年は異様な光景を目にした。村人の誰もが避難をするそぶりも見せず、ただただ天を仰いでいるのだ。
「おばあさん、ここから離れましょう」
ヒウノは、集落へと先導してくれた老婆を見つけ、手をとった。
「いつかこんな日が来ると思っていたよ。あたしたちはいい。あんたひとりで行きな」
老婆はどこか悟ったような、穏やかな表情で少年の手をそっと払いのけた。「さっきは悪かったね」しわがれた声に、いたわりの気持ちを感じる。放ってはおけない。連れ出そうとのばしかけた手を、少年は反射的に引っ込めた。手の先を閃光が走ったのだ。
老婦人のいたところに、小さな砂山ができていた。
ヒウノは歯噛みした。
目の前でひとつ、命が失われてしまった。光を放ったのは、きっと彼女だ。
第40話 終
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