↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森のヒウノと空のリト (全70話)  作者: このはりと
第2章 ふたりが見る世界
40/51

第40話 ひかり

 リトの双眸からとめどなく涙が溢れる。悲しみに叫ぶ声は、人が発する音とは思えない。悲痛で、聞く者にも痛みをもたらすほどの、突き刺さるような音となってあたりに響いた。

 弟の体が白い砂となり崩れさったとき、これまで生きてきた記憶が少女の頭の中を一瞬で駆け巡った。

 弟を誰よりも愛していた。自分に向けられた笑顔が眩しくうつる。

 怪鳥の驚異に怯える日々と、人知れずいなくなる大人たち。後に残った砂の大地を訝《いぶか》しんだ。もしや自分がなにかしでかしたのではないかと、疑心で寝つけない夜があった。

 ついに自分の番が来たと知ったとき、課せられた役目の重さよりも弟への想いのほうが勝っていた。

 降り立った先で出会った少年は、どこか弟に似ていて、すぐに親愛の情が湧いた。

 柔らかい土と、どこまでも広がる海と、街の大きさ。どれをとっても驚きの連続だ。

 もっと――叶うのならば、ずっとここにいたかった。愛する弟と一緒に。

 だが、すべて終わってしまった。

 白い砂を握りしめる。指の間からさらさらと流れ落ちるそれを見ていると、ひとつの感情に気がついた。

 憎い。

 不吉がはっきりとかたちをなすとき、目の前には決まって白い砂があった。なぜ、今までこの感情が表に出てこなかったのだろうか。

 憎くてたまらない。こんなものは、この世から消えてなくなればいい。消し去る力が自分にはある。

 白い砂も、弟を殺めたあの人も、手に入らない夢も、全部――。


「リリーシエ、私はここにいるぞ」


 声に反応し、少女の目がユユエをとらえた。赤く染まった眼に宿る殺意。リトが右腕を鋭く振り上げると、標的へめがけて破壊の光が走った。人の命を奪う行為に、躊躇《ためら》いはなかった。


「それでいい」


 ひゅんと短く、空を切る音がした。突風が巻き起こり破壊の光がたちまちかき消される。

 ユユエが横薙ぎに振るった手の先に、柄が握られていた。祭儀用と思しきそれは簡素な拵《こしら》えで、柄の色は真っ白だ。しかし、目を凝らしても刀身が見えない。

 リトは声の限りに叫び続けた。涙に濡れながら、幾度も光を放つ。ユユエを狙ったそれは、ときおりあさっての方向へ走った。水底に沈む船の部材が粉々になる。少女は錯乱していた。もはや、目の前の女性だけでなく、何もかも破壊したくてたまらなかった。


「ヒウノと言ったか。みなにここから離れるよう伝えてほしい」

「リトを放っては――」

「リリーシエのためでもある。これ以上、殺させたくはない。彼女を抑えられるのは私だけだ。行って、ひとりでも多く救ってくれ」

「……わかりました」


 ここにいても、おそらくできることは何もない。ヒウノは頷くしかなかった。

 荒ぶる少女をちらりと見やったのち、少年は湖上の集落を目指して駆け出した。



 *



 ヒウノが水面から顔を出したとき、空にひとすじ稲妻が走った。猛烈な風が吹きつけ、雨足が強い。湖の表面に高い波が生じている。水底へ向かうときとは違い、今度は自身の力で泳がなければならなかった。

 集落の端にたどり着き、水からあがった。ずぶ濡れの体がやけに重い。それでも少年は、力強く一歩を踏み出した。

『これ以上、殺させたくはない』ユユエの言葉が脳裏をよぎる。出会ってから今日まで、リトが誰かの命を奪ったことなど一度もない。なぜ『これ以上』と言ったのだろう。嫌な引っかかりを覚える。

 そのときだった。彼の目を真っ白な光が焼いたのは。

 水底からやってきたひとすじの光が家屋を貫き、天へとのびていった。

 ヒウノは直感した。このままでは、この光が誰かの命を脅かすに違いないと。

 視覚が戻ると、少年は異様な光景を目にした。村人の誰もが避難をするそぶりも見せず、ただただ天を仰いでいるのだ。


「おばあさん、ここから離れましょう」


 ヒウノは、集落へと先導してくれた老婆を見つけ、手をとった。


「いつかこんな日が来ると思っていたよ。あたしたちはいい。あんたひとりで行きな」


 老婆はどこか悟ったような、穏やかな表情で少年の手をそっと払いのけた。「さっきは悪かったね」しわがれた声に、いたわりの気持ちを感じる。放ってはおけない。連れ出そうとのばしかけた手を、少年は反射的に引っ込めた。手の先を閃光が走ったのだ。

 老婦人のいたところに、小さな砂山ができていた。

 ヒウノは歯噛みした。

 目の前でひとつ、命が失われてしまった。光を放ったのは、きっと彼女だ。



 第40話 終

本話をお読みくださり、ありがとうございました。

もしよろしければ、つづきをお楽しみくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。