第九話 見えない水路
「全員、穴から離れて!」
俺が叫ぶと、井戸の周囲に集まっていた人たちが一斉にこちらを見た。
だが、すぐに動いた者は少ない。
道の中央に開いた穴は、表面だけを見れば大人が一人入れるほどの大きさしかない。
それよりも、片輪を取られた荷車や、怯えて暴れる馬の方に目が向いている。
「荷車を引き上げないと!」
持ち主らしい男が、沈んだ車輪へ手を伸ばす。
「触るな!」
「商品が載ってるんだぞ!」
「道の下がどこまで空洞か分からない!」
穴の縁から、小さな石が落ちた。
下へ当たる音は、すぐには返ってこない。
思っていたより深い。
しかも、荷車の重さがかかった側から、石畳へ細いひびが伸びている。
「ガルドさん、周りを下がらせて!」
「お前が命令するな!」
言いながらも、ガルドはすぐに動いた。
「穴から五歩離れろ! 馬も引け!」
その声には、俺の言葉よりずっと力があった。
市場の人たちがようやく後ろへ下がり始める。
ネッサが馬の手綱を取り、暴れないよう頭を押さえた。
「荷車の持ち主は?」
「俺だ!」
四十歳ほどの男が答える。
衣服には小麦粉がついている。
荷台には、穀物の袋が何段にも積まれていた。
「荷物を先に下ろす」
俺は言った。
「荷車ごと動かせば、穴が広がるかもしれない」
「近づくなと言ったのは、お前だろ!」
「荷車の後ろ側からなら、穴まで距離がある」
「安全だと言い切れるのか?」
ガルドに聞かれ、言葉が止まった。
「言い切れない」
「なら、人を乗せるな」
そのとおりだった。
穴の下がどこまで広がっているか分からない。
見えている縁から遠くても、地下では空洞が続いているかもしれない。
「長い板を渡す」
俺は周囲を見る。
「離れた位置から、荷物だけ引き寄せる」
ボルツの露店で使った長い横木が残っている。
それを二本借り、荷車の後方へ差し込む。
棒の先へ縄を結び、穀物袋の取っ手へ引っかけた。
「一袋ずつだ」
市場の男たちが縄を引く。
荷物が荷台の端まで滑り、離れた場所へ落とされた。
一袋。
二袋。
荷車が少しずつ軽くなる。
「車輪が動いた」
ミラが言う。
沈んでいた片輪が、わずかに浮き上がっている。
「まだ引くな」
荷物をすべて下ろしても、荷車の自重は残っている。
無理に引けば、穴の縁を削る。
「車輪の下へ何か入れる?」
ミラが尋ねる。
「穴へ近づけない」
「じゃあ、どうするの?」
考える。
荷車の後方は、まだ地面の上にある。
前方だけを持ち上げるのではなく、後ろから全体を引けば、沈んだ車輪が穴の縁へ食い込む。
必要なのは、車輪を穴の方向ではなく、上へ逃がす力だ。
「梃子を使う」
「てこ?」
太い木を荷車の車軸へ掛け、遠い位置から下へ押す。
支点には、平たい石を使う。
「車輪の近くへ行かずに、少しだけ持ち上げる」
ガルドが穴と荷車を見比べた。
「支点が沈んだら終わりだ」
「固い石畳の上へ置く」
「そこが空洞じゃないと、どうして分かる」
分からない。
だから、確かめる必要がある。
俺はボルツからもらった金属の重りを取り出した。
下げ振りとして使うものだが、今は別の使い方ができる。
縄の長さを短くし、石畳の上へ軽く落とす。
乾いた高い音。
少し場所を変える。
また同じ音。
穴の近くへ寄ると、音が鈍くなった。
「何してるの?」
ミラが尋ねる。
「下が空いている場所は、叩いた音が違うことがある」
「絶対に分かるのか?」
ガルドが言う。
「絶対じゃない。でも、何もしないよりはいい」
穴から離れた場所を何か所も叩く。
音の変化が少なく、石も沈まない位置を探す。
「ここなら、まだましだと思う」
「思う、で人を立たせるのか」
「長い木を使う。人はさらに後ろに立つ」
支点の石を置き、太い横木を差し込む。
荷車の車軸へ縄を回し、横木の先へ結ぶ。
「一度に強く押すな」
ガルドが人を配置する。
「レオは離れて見ろ。車輪が動いたら言え」
「俺も押せる」
「その手でか?」
まだ包帯の巻かれた右手を見られる。
「見るのも仕事なんだろ」
仕方なく、横へ下がった。
「ゆっくり!」
男たちが木の先を押す。
支点を中心に、反対側が持ち上がる。
荷車の車軸へ上向きの力がかかった。
「車輪、浮いてる!」
ミラが叫ぶ。
「そのまま!」
別の縄を荷車の後部へ結び、後ろから引く。
沈んだ車輪が穴の縁をこする。
石が一つ崩れ落ちた。
「止めて!」
全員が動きを止める。
穴の縁を確認する。
大きな崩れはない。
「もう少しだけ持ち上げる」
二度目。
梃子を押す。
車輪がさらに浮く。
「引け!」
荷車が後ろへ動いた。
沈んでいた車輪が石畳へ戻る。
人々の間から安堵の声が上がった。
「まだ近づくな!」
喜んで穴へ寄ろうとした人たちを、ガルドが怒鳴って止める。
荷車を十分に離れた場所まで引いたあと、ようやく馬をつなぎ直した。
「助かった」
持ち主の男が頭を下げる。
「礼はまだいい」
俺は穴を見る。
荷車を助けただけだ。
道の下で何が起きているのかは、何も分かっていない。
◇
穴の周囲へ、木箱と縄で簡単な柵を作った。
子どもが近づかないようにするためだ。
「人と荷車を離すところまでは、緊急の危険回避だ」
ガルドが穴を見ながら言う。
「だが、ここから道を掘るなら役場の許可と、責任を持つ親方が要る」
「先に知らせる」
市場番が役場へ走った。
「このまま埋めればいいんじゃないか?」
荷車の持ち主が言った。
「石と土を入れて、上から固める」
「原因が分からないまま埋めたら、また崩れる」
「でも、道を塞いだままにはできないぞ」
広場の北側は、共同井戸へ続く道だ。
毎日、多くの人が水をくみに通る。
長く閉鎖することは難しい。
「先に、中を調べる」
「どうやって入るんだ?」
穴の縁から覗き込む。
暗くて底が見えない。
水の音だけが、下から聞こえてくる。
「入らない」
ガルドが即座に言った。
「でも、中を見ないと」
「崩れてる穴へ子どもを下ろす馬鹿がいるか」
「俺じゃなくても――」
「誰も入れん」
ガルドは穴の反対側へ回る。
棒を差し込み、縁の土を軽く突いた。
すぐに土が崩れ、穴の中へ落ちた。
「側面が水を吸ってる。人が触れば、さらに崩れる」
見えない場所を、どう調べるか。
道の下に古い水路があることは、ボルツの露店で分かった。
この穴も、その一部が壊れた可能性が高い。
なら、別の場所から水路へ近づけるかもしれない。
「昨日開けた古い排水路は、どちらへ伸びてた?」
俺が尋ねると、ボルツが広場の南側を指した。
「今の溝へつながってた。反対は、この井戸の方だ」
「つまり、同じ水路かもしれない」
「広場の下を通ってるってことか?」
「たぶん」
「また、たぶんか」
ガルドが言う。
「確かめる」
仕事板の裏側を使い、広場の形を描く。
中央の噴水。
北側の井戸。
ボルツの露店。
現在の排水溝。
昨日見つけた古い水路。
そして、今日開いた穴。
文字が書けないため、絵と線だけだ。
「昨日の水路は、この辺りから北へ向かってた」
線を伸ばす。
「今日の穴がここ」
「つながって見えるね」
ミラが言う。
「絵の上ではな」
ガルドが腕を組む。
「地面の下でも同じとは限らん」
「だから、間のどこかを調べる」
「また石畳を剥がすのか?」
「全部じゃない。一か所だけ」
古い水路の位置を推測し、その真上にある石を外す。
もし水路が続いていれば、穴までの状態を途中から確認できる。
「どこを開ける?」
広場の地面を見る。
古い水路は、完全な直線とは限らない。
地形や建物を避けて曲がっている可能性もある。
「水は低い方へ流れる」
井戸周辺から、現在の排水溝までの傾斜を見る。
だが、目だけでは分かりにくい。
「井戸の水を使うのか?」
昨日、水を借りた女性が警戒した顔でこちらを見る。
「今日は使いません」
「地面に飲ませないのかい?」
「飲ませすぎると、穴が広がる」
代わりに、細い縄と重りを使う。
広場の何か所かに棒を立て、縄を張る。
ガルドと位置を変えながら、高低差を見る。
「穴の方が低い」
「古い水路は、井戸の余った水を広場の外へ流していたのかもしれない」
共同井戸の周りを見る。
水をくむたびにこぼれた水が、石の隙間へ流れている。
井戸の横には浅い溝があるが、途中で消えていた。
「この溝、昔は水路へつながってた?」
近くにいた老人へ尋ねる。
「さあな。昔は井戸の横に石の蓋が並んでいた気もするが」
「いつなくなった?」
「広場を直したときじゃないか。二十年くらい前だ」
また、昔の補修だ。
新しい石畳を敷くとき、古い水路の入口を塞いだのかもしれない。
「ここを開ける」
井戸の横。
浅い溝が消えている場所にある、一枚の大きな石を指す。
「穴から近すぎないか?」
「少し離れてる。それに、古い入口があるなら、ここだと思う」
「思う、か」
「ほかに手がかりがない」
ガルドは石を見下ろし、しばらく黙った。
「外す前に、周囲を叩け」
下げ振りの重りで石を叩く。
穴の周囲ほど鈍い音ではない。
だが、石の中央だけ少し響き方が違う。
「下が空いてる」
「入口なら当然だ」
ガルドが鉄棒を隙間へ入れる。
ボルツとネッサも手を貸す。
石を少しずつ持ち上げ、横へずらした。
下から、黒い泥が現れる。
さらに泥を取り除くと、平たい石が斜めに組まれた空間が見えた。
「水路だ」
大人の腕ほどの幅。
人が入れる大きさではない。
石を両側から立て、その上へ蓋石を載せた簡単な構造だった。
中には泥が詰まり、水がゆっくりと流れている。
「穴の方へ続いてる」
ミラが地面へ耳を当てようとする。
「近づきすぎるな」
「ここは崩れないでしょ?」
「分からない」
ガルドに言われ、ミラが不満そうに下がる。
「水路の中を、どうやって見る?」
人は入れない。
灯りを入れても、途中で曲がっていれば見えない。
俺は細長い枝を探した。
先端へ白い布を結ぶ。
「これを入れる」
「掃除するのか?」
「泥の深さと、どこまで通っているかを確かめる」
水路へ枝を差し込む。
最初は簡単に進んだ。
一歩。
二歩。
三歩分。
途中で止まる。
「何かに当たった」
「石か?」
「分からない」
枝を引き抜く。
先端の布には、黒い泥と細かな砂がついている。
臭いを嗅ぐ。
「腐った匂いは弱い」
「嗅ぐ必要ある?」
ミラが顔をしかめる。
「汚水じゃなく、雨水が中心だと思う」
「井戸の水も入ってるかもしれない」
ガルドが言う。
「それなら、なおさら早く直した方がいい」
水路の詰まりがひどくなれば、井戸の周辺へ水が戻る。
地面が常に湿れば、井戸そのものにも影響が出るかもしれない。
「枝の止まった場所は、どこ?」
水路の上を地表でたどる。
差し込んだ長さを縄で測り、その位置を石畳へ移す。
穴と、開けた入口のほぼ中間だった。
「ここにも蓋石があるはず」
「また剥がすのか」
「一枚だけ」
「一枚で済む保証は?」
「ない」
ガルドが大きく息を吐く。
「正直なのはいいが、聞くたびに不安になる」
◇
二つ目の蓋石を外すと、水路の中から折れた木材が見つかった。
長さは腕一本分ほど。
腐って黒くなり、水路を斜めに塞いでいる。
その周囲には、泥や小石が大量に引っかかっていた。
「これが詰まりの原因?」
ミラが言う。
「一つではある」
木材を引き抜く。
すると、溜まっていた水が急に流れ始めた。
開けた穴の中から、低い音が響く。
「水が動いた!」
井戸横の水路でも、水位が少し下がった。
「直ったのか?」
荷車の持ち主が尋ねる。
「まだ」
道に開いた穴の中を、遠くから覗く。
水の音は強くなった。
だが、穴の縁から土が崩れ落ちるのも見えた。
「むしろ、今の方が危ない」
「どうしてだ?」
「詰まりが取れて、水が一気に流れた。壊れた場所の土を、さらに持っていくかもしれない」
水路が詰まっていたため、水はゆっくり染み出していた。
それが周囲の土を柔らかくし、空洞を広げた。
今、流れが戻ったことで、緩んだ土が一気に削られる可能性がある。
「じゃあ、詰まりを取らない方がよかったのか?」
「放っておいても、いつか崩れた」
「なら、どうすればいい」
すぐに答えられない。
壊れた場所へ近づけない。
水は流れ続けている。
このままでは、穴がさらに広がる。
「水を一時的に別へ逃がす」
俺は井戸の横を見る。
「この水路へ入る水を減らす」
「井戸を使うなって言うのか?」
周囲から不満の声が上がる。
「完全に止めない。こぼれた水を別の溝へ流す」
井戸の周りにある浅い溝を、現在使われている排水路へつなぐ。
仮の水路を地表へ作り、古い地下水路へ入る量を減らす。
「地面の上を流すの?」
ミラが尋ねる。
「ああ。壊れた場所を直すまでの間だけ」
「道を横切るぞ」
ガルドが言う。
「板で小さな橋を作る」
「人がつまずく」
「目立つ印をつける」
「夜は見えん」
「灯りを置く」
言いながら、問題が次々と増える。
水を流せば道を塞ぐ。
道を通せば、人が危険になる。
一つの応急処置にも、周囲への影響を考えなければならない。
「井戸の裏側を通せばいい」
ネッサが口を挟んだ。
「裏は人があまり歩かない。古い壁沿いに溝を掘れば、今の排水路へつながる」
地形を見る。
確かに、井戸の裏側はわずかに低く、広場の端へ向かって下がっている。
「そこを使う」
人々へ、しばらく井戸の正面を通らないよう頼む。
井戸の周囲から水を受ける浅い溝を掘る。
古い水路の入口には、土が流れ込まないよう布と板で仮の蓋をした。
完全に塞げば、水が別の場所へあふれる。
そのため、少量だけ流れる隙間を残す。
「水を止めるんじゃない」
俺はミラへ説明した。
「量を減らす」
「全部止めた方が安全じゃないの?」
「逃げ場がなくなった水は、別の弱い場所を探す」
雨漏りと同じだ。
目に見える穴だけを塞いでも、水そのものが消えるわけではない。
必ず、別の行き先が必要になる。
◇
仮の溝が完成すると、井戸の周囲へ水を流した。
くみ上げた水を少しだけ地面へこぼす。
以前は古い水路の入口へ向かっていた水が、新しく掘った溝へ流れる。
井戸の裏を回り、現在の排水路へ落ちた。
「古い水路の方は?」
蓋の隙間から見る。
流れは完全には止まっていない。
だが、先ほどより明らかに少ない。
「これなら、すぐに穴が広がる危険は減る」
「直ったわけではないんだな」
荷車の持ち主が言う。
「応急処置だけ」
「道はいつ使える?」
「まだ分からない」
「商売があるんだぞ」
「分かってる。でも、人が落ちてからじゃ遅い」
男は不満そうだった。
俺も、すぐに道を戻したい。
だが、焦って穴へ土を入れれば、また同じことが起きる。
「壊れた水路の部分を、外から掘り出す必要がある」
ガルドが言った。
「道を広く剥がすことになるぞ」
「どれくらい?」
「空洞の範囲次第だ」
穴の周りを叩き、音の違いを調べる。
鈍い音がする範囲へ、炭で印をつけていく。
最初の穴より、ずっと広い。
荷車一台分ほどの道の下が、空洞になっている可能性があった。
「全部掘るの?」
ミラが不安そうに尋ねる。
「安全な地面が出るところまで」
「今日中に?」
「無理だ」
初めて、はっきりとそう答えた。
三日で家を建てたときは、無理と言いたくなかった。
だが、今回は違う。
急いで完成させることより、崩れないように調べる方が大切だ。
「何日かかる?」
「分からない」
「また?」
「ああ」
壊れた水路がどこまで続いているのか。
石材を再利用できるのか。
新しい水路を作るのか、古いものを直すのか。
決めることが多い。
「町の許可もいる」
ガルドが言った。
「道は誰のもの?」
「領主だ。管理は町役場がしてる」
「勝手に掘り始めたら?」
「捕まる」
家の土地とは違う。
これは公共の道だ。
人の暮らしに関わるほど、自分たちだけの判断では進められなくなる。
「町役場へ行く」
「文字も読めないお前が?」
「ガルドさんも来る」
「決定事項みたいに言うな」
「親方の説明が必要だろ」
「俺は木工職人だ。石水路の専門じゃねえ」
「でも、俺より信用される」
「そこだけは否定できんのが腹立つな」
ガルドは穴の周囲を見た。
「石工を呼ぶ必要がある」
「知り合いは?」
「一人いる。だが、性格が悪い」
「ガルドさんより?」
「帰るぞ」
「冗談だって」
「お前の冗談は笑えん」
ミラだけが声を上げて笑っていた。
◇
日が傾くころ、穴の周囲は木柵で完全に囲まれた。
夜でも分かるよう、布切れを何本も結びつける。
近くの家には、子どもを近づけないよう頼んだ。
井戸は使える。
ただし、あふれた水は仮の溝を通す。
広場の北側の道は、しばらく通行止めだ。
「今日は何も直せなかったね」
帰り道で、ミラが言った。
「仮の溝は作った」
「でも、穴はそのまま」
「ああ」
「失敗?」
俺は少し考えた。
「違うと思う」
穴を埋めるだけなら、今日中にできたかもしれない。
人を集め、石と土を入れ、表面だけを固める。
見た目は元に戻る。
だが、地下の壊れた水路は残る。
また水が土を運び、いつか別の場所が崩れる。
「直す前に、何が壊れてるか分からないと駄目なんだ」
「雨漏りと同じ?」
「同じだな」
水が落ちる真上だけを塞いでも直らない。
道に開いた穴だけを埋めても直らない。
目に見える壊れ方は、原因の最後の部分にすぎない。
「今日は、壊れ方を見つけた」
「木が詰まってたこと?」
「それも。古い水路が井戸から広場の下へ伸びてること。水が土を流して、道の下が空洞になったこと」
「それなら、直す方法も分かった?」
「まだ全部は分からない」
「難しいね」
「ああ」
ミラは少し歩いたあと、俺の仕事板を指差した。
「穴も描く?」
「描く」
板の空いている場所へ、井戸と、道に開いた穴を描く。
魚やパン屋よりも大きな絵になった。
「仕事板、いっぱいになってきたね」
「まだ始めたばかりなのにな」
「裏も使えるよ」
「もう使ってる」
「じゃあ、新しい板が必要だね」
仕事が増えれば、道具も必要になる。
人も必要になる。
俺一人が考え、ガルド一人が作るだけでは、この町すべてを直すことはできない。
石工。
水路を知る人。
町の規則を知る人。
文字を読める人。
必要なものが、少しずつ見えてきた。
家を一軒建てるだけなら、四本の柱と屋根があればよかった。
だが、町を直すには、人と人をつなぐ必要がある。
「明日は役場?」
ミラが尋ねる。
「ああ」
「役場の人、怖い?」
「知らない」
「ガルドさんより?」
「それを本人の前で言うなよ」
少し前を歩いていたガルドが、振り返らずに答えた。
「全部聞こえてるぞ」
俺とミラは顔を見合わせた。
道の先には、昨日まで気づかなかった町役場の塔が見える。
明日、初めてこの町の規則と向き合う。
壊れた道を直すためには、木や石だけでは足りない。
人から許可をもらい、信用を得て、力を借りなければならない。
俺は仕事板に描いた黒い穴を見た。
見えない水路は、町の下だけにあるわけではない。
人の暮らしを支える仕組みも、普段は目に見えない。
壊れたときになって、初めてその存在へ気づく。
なら、今度は表面だけではなく、その下にあるものまで見なければならない。
明日は、町役場へ行く。
お読みいただきありがとうございます。
次回、レオたちは道の修繕許可を得るため町役場へ向かい、石工職人と出会います。




