第六十二話 窓は、外を見るためだけにない
窓を開ければ、外が見える。光が入り、風が通る。
けれど窓には、外から中が見えるという反対の向きもある。
見るための穴は、見られる穴でもある。
家に窓を作るなら、光だけではなく、誰の視線がどこまで届くのかを考えなければならない。
◇
治療所の硝子窓ができると。
帰り火の人たちは。
自分の家にも欲しいと言い始めた。
「入口の横」
「炉の上」
「寝床へ朝日が入る場所」
「子どもが外を見られる高さ」
希望は。
家の数より多い。
「硝子は、あと何枚?」
サラが尋ねる。
「小さい窓なら五枚」
サイラが答える。
「全部、共同の建物へ使うのか」
ベルンが不満そうに言う。
「金を出せば買える?」
「次の隊商へ注文はできる」
「いくらだ」
値段を聞き。
ベルンは。
すぐに黙った。
「木戸でいい」
「さっき欲しいって」
ルナが言う。
「値段を知る前の話だ」
「欲しいのは変わらない?」
「変わらん」
買えないことと。
欲しくないことは違う。
◇
残った硝子の使い道を。
集合所で決めた。
共同記録所。
火番小屋。
子どもが文字を習う部屋。
新しい貯水槽の水位を見る小窓。
「貯水槽に窓?」
ミラが尋ねる。
「中へ入らず、水位を見る」
俺が答えた。
「硝子を水へつける?」
「直接はつけない。外の細い管へ水位を移す」
「割れたら?」
「水が漏れる」
「じゃあ、最後」
ミラが言う。
便利でも。
壊れたときに危険なら。
急いで使わない。
「文字の部屋は、どうして?」
ユリが尋ねる。
「冬でも木戸を閉じたまま、明るくできる」
「外から見える」
「高い場所」
「小さい子は見えない」
「外を見るためじゃない」
「光のため?」
「ああ」
窓は。
目的で高さが変わる。
外を見る窓。
光を入れる窓。
煙を逃がす窓。
水位を見る窓。
同じ形では足りない。
◇
その日の夕方。
俺は。
硝子箱の底に。
細長い欠片が残っているのを見つけた。
幅は。
指三本。
長さは。
手のひら二つ。
片側が。
青い。
反対は。
ほとんど透明。
「使えない」
サイラが言う。
「どうして?」
「細すぎる」
「明かり取りなら」
「枠を作る方が手間だ」
「作る」
「どこへ?」
答える前に。
ミラが集合所へ入ってきた。
「レオ、帰らないの?」
「今行く」
「また別の物見てる」
「残り」
硝子を見せる。
「きれい」
青い側へ。
夕方の光が通る。
ミラの指へ。
薄い色が落ちた。
「欲しい?」
聞くと。
ミラは。
少しだけ黙った。
「何に使うの?」
「部屋の窓」
「誰の?」
「ミラの」
「どうして?」
「朝、暗いって言ってただろ」
ミラの寝場所は。
増築した家の奥。
外壁側に。
木戸が一つある。
開ければ明るい。
だが。
冬は冷たい。
雨の日も開けられない。
「言ったけど」
「これなら、閉めたまま光が入る」
「外から見える」
「高い場所へつける」
「夜、灯りを使ったら?」
中の方が明るければ。
外から。
人影が見える。
「内側へ布」
「また仕切り?」
「必要なとき閉じる」
ミラは。
硝子を見つめた。
「共同の場所に使わなくていい?」
「これは細すぎる」
「本当?」
サイラを見る。
「使えないとは言っていない」
「さっき言った」
「売り物の窓には向かない。子どもの部屋へ入れるなとは言っていない」
サイラは。
少し笑っている。
「じゃあ」
ミラが言う。
「作って」
◇
枠は。
青い硝子の形へ合わせた。
完全な長方形ではない。
上が細く。
下が少し広い。
「曲がってる」
ミラが言う。
「硝子が」
「枠で真っすぐにできない?」
「硝子を削りすぎる」
「なら、このまま」
木枠の中へ。
柔らかい布。
その上へ。
硝子。
さらに。
細い押さえ木。
木が湿って動いても。
直接硝子を押さないよう。
少しだけ余裕を残す。
「隙間から雨が入る」
「外へ水切り」
庇。
下端の傾斜。
小さな溝。
窓一つにも。
屋根と同じ考えがいる。
「ここへつける?」
ミラの部屋。
壁の上。
立てば。
外の空が見える。
寝床からは。
光だけ。
「もう少し下」
「外から見える」
「空が見たい」
「布を閉じればいい」
「じゃあ、下」
壁を切る前。
柱。
筋交い。
配線はない。
でも。
力を受ける木を切らない。
下地だけを外す。
ガルドにも確認してもらう。
「自分の家でも、親方へ聞くんだね」
ミラが言う。
「間違えたら、俺たちが寝る家だから」
「前は勝手に増築した」
「前も聞いた」
「全部じゃない」
「覚えてない」
「都合が悪いことだけ?」
「前のレオの記憶かもしれない」
「三年前より前の話じゃない!」
◇
木枠を壁へ入れる前に。
窓の高さを、外から確かめた。
ミラの寝台へ。
藁の束を置く。
人が寝ている高さ。
仕切りを閉じる。
昼。
西の道から見る。
「藁、見える」
ユリが言う。
窓は細い。
けれど。
道が少し高いため。
外からは、床の奥まで視線が入る。
「窓を上げる?」
俺が尋ねる。
「朝の光が、寝台へ届かない」
ミラが答えた。
「外へ板をつける」
窓の下へ。
斜めの小さな目隠し。
雨を流す庇とは別。
外から上向きに見た視線を止める。
室内から立って見れば。
道と空は見える。
寝台の高さは見えない。
「見る人が、しゃがんだら?」
ルナが道でしゃがむ。
「見える?」
「足だけ」
「しゃがんで覗く人まで、家の作りだけで止められない」
ミラが言った。
「そのときは、怒る」
「誰が?」
「私が」
強い返事だった。
俺は。
窓を全部塞ぐ案を、口にしなかった。
守るために。
外を見られなくする必要はない。
次に。
雨を試した。
屋根から器の水を流す。
庇へ当たる。
左右へ分かれる。
ただし。
風を真似て横から水を投げると。
木枠の下へ、細い水が残った。
「中へ入った?」
ミラが布を外す。
「まだ」
枠の下へ。
外側へ向かう小さな傾きをつける。
水が溜まらないよう。
端へ切り欠きを作る。
「硝子を入れたら、見えなくなる場所」
「だから、今見る」
最後に。
仕切りを閉じたまま。
窓を開ける。
炉へ小さな火。
煙の流れを見る。
窓が細いため。
空気は入るが。
煙を全部引くほどではない。
「炉を使うときは、食事の部屋の木戸も開ける」
「私の部屋だけで火は使わない」
ミラが決めた。
窓があるから。
何でもできるわけではない。
光。
風。
視線。
雨。
それぞれの入り方を確かめる。
夕方。
エナが、青い硝子を見に来た。
「きれいですねえ」
「小さすぎない?」
ミラが尋ねる。
「大きくしたいですか」
「今は、これでいい」
「なら、今の大きさでいいのでしょう」
「あとで変えても?」
「家は、暮らす人に合わせて変わります」
エナは。
仕切りの布へ触れた。
「離れたくないときに、閉じなくてもいい。閉じたいときに、閉じられる。選べることが大事ですよ」
ミラが。
俺を見る。
「聞いた?」
「聞いた」
「勝手に開けない」
「ああ」
窓も。
仕切りも。
開くか閉じるかを。
使う人が決められる形へする。
◇
昼の見え方を確かめたあと。
同じ試験を、夜にも行った。
室内へ小さな灯りを置く。
仕切りを閉じる。
青い硝子の前へ、藁の束を寝台の高さに置く。
外は暗い。
昼にはほとんど見えなかった室内の影が。
硝子の上へ、はっきり浮かんだ。
「中が見える」
ユリが道の側から言う。
顔までは分からない。
でも。
人が立った。
座った。
服を動かした。
形は見える。
「硝子を入れたら、布はいらないと思ってた」
俺が言う。
「透明なんだから、逆でしょ」
ミラが窓の内側へ薄布を掛けた。
昼。
薄布は光を通す。
夜。
灯りの前では、影をぼかす。
ただし。
布を硝子へ直接触れさせると。
炉の湿気を吸い。
朝には濡れていた。
「水がついてる」
ミラが布を外す。
硝子の内側に。
細かな水滴。
「雨漏り?」
「違う」
外の冷たい空気。
中の暖かい空気。
硝子のところで冷え。
水になった。
前世では、結露と呼んだ。
この世界で同じ言葉があるかは分からない。
「窓を入れたから、水が出たの?」
「水は、もともと空気にあった」
「見えなかっただけ?」
「ああ」
水滴は。
木枠の下へ落ち。
角へ集まっている。
このままなら。
新しい窓のために作った木枠が、先に腐る。
「窓の下へ溝を彫る」
俺が言う。
「外へ流す?」
「直接穴を開けたら、風が入る」
ミラは枠の下へ。
薄い板を斜めに当てた。
水滴が集まる小さな受け。
朝。
布を開けるときに外し。
中の水を捨てる。
「毎朝?」
「寒い日だけ」
「忘れたら?」
「青い印が見えるようにする」
受け板が満ちると。
端の青い糸が濡れ。
色が濃くなる。
木枠を外へ傾け。
水が自然に抜ける形も考えた。
だが。
壁を大きく削り直す必要がある。
今は。
受け板で一冬試す。
「硝子を入れれば、前より手入れが減ると思った」
ミラが水滴を布で拭う。
「新しい物は、新しい手入れを連れてくる」
「でも、光も来る」
「ああ」
「なら、どっちも書く」
窓の横へ。
夜は布。
朝は水。
寒い日は枠を見る。
三つの印をつけた。
◇
最後に。
ミラ自身が。
どの高さならよいかを決めた。
俺が立って外を見る高さではない。
ミラが寝台へ座り。
朝。
仕切りを開ける前に空を見られる高さ。
外から。
道を歩く人の目とは重ならない位置。
「ここ」
ミラが壁へ炭で線を引く。
「少し低くない?」
「私の窓だから」
すぐ返される。
「外の道が見えにくい」
「全部見えなくていい」
「見張りには使えない」
「見張り台じゃない」
窓の役目を。
俺はまた増やしすぎていた。
光。
風。
安全。
見張り。
水位。
全部を一つへ入れようとする。
けれど。
これは。
ミラの寝場所へつける小さな窓だ。
「分かった。その高さ」
「本当に?」
「ああ」
「あとで勝手に上げない?」
「上げない」
「二回言って」
「上げない。勝手に変えない」
ミラは満足そうに頷いた。
誰が使う窓か。
何を見る窓か。
最後に決めるのは。
図を描く人ではなく。
その場所で暮らす人だった。
◇
窓が入った。
青い細い光が。
床へ落ちる。
外を見ると。
帰り火の屋根。
第二集合所。
遠く。
西門へ向かう道。
全部が。
細い硝子の中へ収まった。
「小さい」
ミラが言う。
「窓が?」
「見える世界が」
「外へ出れば、全部見える」
「部屋から見えるのがいい」
ミラは。
窓の内側へ。
薄い布を掛けた。
閉じる。
青い光だけ残る。
開く。
外が見える。
「これなら?」
俺が尋ねる。
「いい」
その日の昼。
帰り火の子どもたちが。
珍しい青い窓を見に来た。
外から。
順番に顔を近づける。
「青い!」
「中、何が見える?」
「ミラの寝台」
「見ないで!」
内側から布が閉じた。
子どもたちは悪気なく。
新しい硝子を見たかっただけだ。
でも。
窓が珍しい間。
人が集まることまで考えていなかった。
「見学の時間を決める?」
ルナが言う。
「私の部屋を?」
ミラの声が低くなる。
「硝子だけ」
「同じ」
俺は外から窓を見る。
道から少し離れていても。
窓へ近づけば。
布を開けたとき、寝台の端が見える。
「窓の外へ、低い目隠しを置く」
「壁?」
「窓を塞がない高さ」
細い板を。
窓から腕一本分離して立てる。
正面からは。
室内が見えにくい。
上から入る光と。
横から通る風は残る。
「板の向こうへ回ったら?」
「回らない決まりも要る」
窓の外へ。
青い石を三つ並べた。
ここから先は。
声をかけてから。
子どもたちへ説明する。
「硝子を見たいときは?」
ユリが尋ねる。
「治療所の窓を見る」
ミラが答えた。
「そっちは、みんなの窓だから」
共同の窓。
個人の窓。
同じ材料でも。
見てよい場所は違う。
窓をつけることは。
穴を開けるだけではなく。
その前を、誰が通るかまで変えることだった。
「朝、勝手に開けるなよ」
「レオが?」
「俺は開けない」
「部屋にも入らない」
「声を二回」
「それから返事を待つ」
「増えた」
「必要」
ミラが。
布を閉じる。
「今は、外へ出て」
「何で?」
「着替える」
「ああ」
扉の前。
柱を二度叩く。
外へ出る。
青い窓の向こうに。
ミラの影は見えない。
布が。
光だけを通している。
窓は。
外を見るためだけにない。
同じ家にいながら。
自分の場所を持つためにも。
光の入れ方と。
視線の止め方を、選ぶためにある。




