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世界の端で、家を建てる  作者: 黒瀬リク
第一部 居場所を建てる

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3/22

第三話 釘一本の値段

 夜明け前、屋根を叩く雨音で目を覚ました。


 正確には、ほとんど眠れていなかった。


 廃材を組み合わせて作った仮の屋根は、どうにか雨を防いでくれた。だが、壁は片側にしかなく、地面から上がってくる冷気までは防げない。


 藁の上で身体を丸めても、足先はずっと冷たいままだった。


 それでも、隣ではミラとエナが眠っている。


 雨に濡れず、身を寄せ合って眠れている。


 それだけで、昨日の仕事には意味があった。


 俺は音を立てないように起き上がった。


「もう行くの?」


 背後から声がした。


 振り返ると、ミラが藁の上からこちらを見ていた。


「起こしたか」


「寒くて起きただけ」


 強がっているが、唇が少し青い。


 早く、まともな壁を作らなければならない。


「ガルドさんのところへ行ってくる」


「本当に行くんだ」


「日の出までに来いって言われたからな」


「まだ真っ暗だよ」


「遅れるよりいい」


 立ち上がると、寝ていると思っていたエナが小さく咳をした。


「レオ」


「はい」


「これを持っていきなさい」


 差し出されたのは、布に包まれた黒い塊だった。


 開いてみると、乾燥して硬くなったパンが一切れ入っている。


「でも、これは――」


「育ち盛りが、何も食べずに働けるものかね」


「ミラと食べてください」


「わたしは昨日食べた」


 ミラが胸を張った。


「嘘つけ」


「半分は食べた」


「残り半分は?」


「……おばあちゃんが食べた」


 エナを見る。


 老女は笑ってごまかした。


 おそらく、二人ともほとんど食べていない。


「これは三人で食べる」


「でも――」


「仕事を覚えて、何かもらって帰る。それまで残しておいてくれ」


 布をエナへ返す。


 腹は減っていた。


 今の身体になってから、まともな食事をした記憶がない。


 それでも、ここで一人だけ食べる気にはなれなかった。


「行ってくる」


 仮の屋根を出る。


 雨は夜のうちに止んでいた。


 雲の隙間から、薄い青色の光が差し始めている。


 泥だらけの道を歩きながら、昨日見た町を思い出す。


 傾いた家。


 腐った柱。


 雨水が流れ込む道。


 直すべきものは多い。


 だが、今の俺には道具も材料も信用もない。


 まずは、ガルドから一つでも多く学ぶ。


 それが家を建てるための最初の仕事だ。


     ◇


 ガルドの工房は、町の東側にあった。


 石造りの低い建物に、大きな木製の扉がついている。


 扉の上には、板と手斧を組み合わせた看板が掛けられていた。


 中から、木を打つ乾いた音が聞こえる。


 扉を開けると、濃い木の匂いに包まれた。


 壁際には、長さや太さの異なる木材が何段にも分けて積まれている。


 (はり)に使えそうな太い材。


 薄く割られた屋根板。


 湾曲した枝。


 一見すると使い道のなさそうな端材(はざい)まで、種類ごとに整理されていた。


 作業台の向こうでは、ガルドが刃物を研いでいる。


「遅い」


 窓の外は、まだ薄暗かった。


「日の出前だろ」


「俺はとっくに仕事を始めてる」


「何時に来ればよかったんだ」


「それを自分で考えるのが仕事だ」


 無茶苦茶だ。


「じゃあ、明日はもっと早く来る」


「明日も来るつもりか」


「駄目なのか?」


「今日一日逃げずにいられたら考える」


 ガルドは顎で工房の隅を示した。


 古い箒が立てかけてある。


「掃除しろ」


「分かった」


「何が分かった」


「工房の床を掃けばいいんだろ」


「本当に馬鹿だな、お前は」


 開始早々に怒られた。


「掃除の仕方に何かあるのか?」


「考えろと言った」


 ガルドはそれ以上説明しない。


 仕方なく箒を手に取り、床を見る。


 木くずが大量に落ちていた。


 細かな粉。


 薄く削られた(かんな)くず。


 木材を切断したときに出た小さな端材(はざい)


 樹皮や節の欠片。


 前の世界なら、まとめて清掃し、廃材用の袋へ入れるところだ。


 だが、この世界では事情が違う。


 燃料も、寝床に使う藁も不足している。


 工房を見ると、壁際にいくつかの籠が置かれていた。


 それぞれ、中身が違う。


 俺は細かい木粉、長い(かんな)くず、燃やせそうな端材(はざい)に分けて集め始めた。


「どうして分ける」


 ガルドが背を向けたまま尋ねる。


「細かい粉は火を起こすときに使える。長い削りくずは、荷物の詰め物や寝床に使えるかもしれない。端材(はざい)は燃料か、(くさび)にできる」


「腐った木は?」


「燃やす」


「煙が出る。室内では使えん」


「じゃあ、外で燃やす」


「雨で濡れてる」


「乾かしてから使う」


「どこで乾かす」


 次々と質問が飛んでくる。


「屋根の下で、地面から離して置く」


「何日だ」


「木の状態による」


「それじゃ答えになってない」


「俺はこの町の木を知らない」


 正直に答えた。


 ガルドの手が止まる。


「知らないのに、家を建てると言ったのか」


「だから知りに来た」


 男は鼻を鳴らし、再び刃を研ぎ始めた。


「腐ったものは、裏の穴へ捨てろ。長い削りくずは左の籠だ。木粉は炉の横。端材(はざい)は樹種ごとに分けろ」


「樹種までは分からない」


「匂いを嗅げ。色を見ろ。重さを比べろ。それでも分からなければ聞け」


「聞いていいのか?」


「勝手に間違えて捨てられるよりましだ」


 昨日よりは、わずかに扱いがよくなっている気がする。


 掃除を終えるころには、窓から朝日が差し込んでいた。


 箒を戻すと、ガルドが一本の木材を作業台へ置いた。


 長さは俺の腕ほど。


 表面には炭で一本の線が引かれている。


「切れ」


「これを?」


「線の上を切れ。(のこぎり)はそこだ」


 壁に掛けられていた(のこぎり)を手に取る。


 前世で使っていたものとは形が違った。


 刃は厚く、柄は布が巻かれているだけだ。


 試しに軽く引く。


 この(のこぎり)は、西洋にあるような押して切る(のこぎり)ではなく、引くときに切れる日本のものに近いらしい。


「始めるぞ」


 木材を作業台へ固定する。


 姿勢を整え、炭の線へ刃を当てた。


 最初は軽く。


 刃道を作り、少しずつ深くしていく。


 頭では分かっている。


 だが、数回引いただけで腕が震えた。


 木が硬い。


 それ以上に、今の身体に力がない。


 焦って(のこぎり)を強く引いた瞬間、刃が線から外れた。


「あっ」


 慌てて戻そうとすると、さらに切断面が曲がった。


「止めろ」


 ガルドが(のこぎり)を取り上げる。


「何が悪かった」


「力を入れすぎた」


「それだけか」


「身体がぶれた。木材の固定も確認してなかった」


「まだある」


 切断面を見る。


 刃の入り口がささくれ、線の片側が大きく欠けている。


「見える側から切り始めた」


「分かってるじゃねえか」


 ガルドが木材を裏返す。


「切り口が荒れる側を、見えない位置へ持っていく。それくらいは考えろ」


「分かった」


「お前の分かったは信用できん」


 耳が痛い。


 前世では、図面上の納まりを何度も確認していた。


 寸法が数ミリずれれば、仕上げが収まらない。


 職人に細かい指示を出すこともあった。


 だが、自分で一本の木を真っすぐ切ることさえ、今はできない。


 ガルドが(のこぎり)を持つ。


「力で切ろうとするな」


 刃を炭の線へ当て、ゆっくり動かす。


(のこぎり)は勝手に木へ入る。お前がするのは、道を外れないように(みちび)くことだけだ」


 同じ(のこぎり)とは思えないほど、滑らかに刃が進んだ。


 音も違う。


 俺が切ったときは、木を無理やり引き裂くような音がしていた。


 ガルドの(のこぎり)は、一定の音を刻みながら木へ吸い込まれていく。


 ほどなくして、木材が二つに分かれた。


 切断面はほとんど曲がっていない。


「もう一度だ」


 新しい端材(はざい)を置かれる。


 今度は、先ほどより細い。


 呼吸を整え、(のこぎり)を当てる。


 力を抜く。


 刃の動きに逆らわない。


 ゆっくり。


 真っすぐ。


 途中でわずかに線を外れたが、最初よりはずっとましだった。


「百回やれば、使える程度にはなる」


「百回か」


「嫌なら帰れ」


「やる」


 三本目。


 四本目。


 五本目。


 腕が重くなり、手のひらが痛み始めた。


 それでも続ける。


 十本目を切り終えたとき、右手の皮が破れた。


 血がにじむ。


「今日はそこまでだ」


「まだ十本だ」


「血を木につけるな」


 ガルドが布切れを投げてきた。


 手へ巻きつける。


「職人は怪我をしても働くと思ってた」


「馬鹿はそうする」


「職人は?」


「怪我をしないように働く」


 もっともだった。


「知識があるからって、身体まで動くわけじゃないんだな」


「当たり前だ」


 ガルドが俺の切った木材を並べる。


 最初の一本は大きく曲がり、最後の一本は炭の線から少し外れた程度に収まっている。


「だが、馬鹿にしては覚えが早い」


「褒めてるのか?」


「調子に乗るな」


 ガルドは、作業台の脚を蹴った。


 台がわずかに揺れる。


「次はこれを直せ」


「脚が緩んでるな」


「見れば分かる」


 作業台の下を覗き込む。


 脚と横材(よこざい)は、釘ではなく、木を組み合わせて固定されていた。


 差し込まれた木栓が痩せ、接合部に隙間ができている。


「木栓を交換する」


「新しい木栓はない」


「作る」


「何で」


 先ほど切った端材(はざい)を見る。


 しかし、どれでもいいわけではない。


 柔らかい木では、打ち込んだときに潰れる。


 硬すぎれば、接合部の方を壊す可能性がある。


 端材(はざい)を一本ずつ持ち、重さと木目を確認する。


 その中から、真っすぐな木目の材を選んだ。


「これを割って、くさび形にする」


「どうしてその木だ」


「木目が真っすぐで、割れ方を予想しやすい。作業台より少し柔らかいから、強く打っても本体を傷めにくい」


 ガルドが黙って手斧を差し出す。


 昨日と違い、今度は投げなかった。


 端材(はざい)へ刃を当て、木目に沿って割る。


 細くした材を小刀で削り、先端を少しだけ細くする。


 完全な角形ではなく、打ち込むほど締まる形にした。


「入れてみろ」


 古い木栓を抜き、新しいものを差し込む。


 木槌(きづち)で慎重に打つ。


 一度。


 二度。


 接合部の隙間が狭くなる。


 三度目を打とうとすると、ガルドに腕をつかまれた。


「そこまでだ」


「まだ少し入る」


「入るから打つのか」


「締めた方が――」


「木は鉄じゃない。締めすぎれば割れる」


 作業台の脚を見る。


 確かに、接合部の角がわずかに膨らんでいる。


 あと一度強く打っていたら、ひびが入っていたかもしれない。


「丈夫にしようとして壊す奴は多い」


 ガルドが手を離す。


「力をかければ強くなると思うな。木が耐えられる場所で止めろ」


 俺は新しい木栓に触れた。


 作業台を揺らしてみる。


 先ほどまでのぐらつきは、ほとんど消えていた。


「直った」


「当たり前だ。直らなければ仕事とは呼ばん」


 厳しいが、言っていることは正しい。


 ガルドは作業台の引き出しを開けた。


 中から、小さな布袋を取り出す。


 布を開くと、黒い鉄釘が並んでいた。


 長さも太さも少しずつ違う。


 すべて手作りらしく、完全に真っすぐなものは一本もない。


「数えろ」


「十二本」


「違う」


 もう一度数える。


「十二本だ」


「お前が盗んだ分を合わせれば二十本だ」


 胸の奥が重くなる。


 この身体の前の持ち主が盗んだ八本。


「その釘は、そんなに高いのか?」


 ガルドの目つきが変わった。


「高いかどうかは、お前が決めることじゃない」


「そういう意味じゃない。この町では、釘一本を作るのにどれくらいかかる?」


 ガルドは袋から一本取り出した。


「鉄を買い、鍛冶屋が炉を焚き、熱して叩く。細く伸ばして、頭を作り、冷まして仕上げる」


 釘を作業台へ置く。


「これ一本で、黒パンが一つ買える」


「一本で?」


「八本あれば、エナ婆さんとミラが何日食えると思う」


 言葉が出なかった。


 前の世界では、釘やビスは箱単位で使っていた。


 数本落としても、拾われないことさえある。


 だが、ここでは違う。


 鉄そのものが貴重なのだ。


 前のレオは、八本の釘を盗んだ。


 空腹だったのかもしれない。


 生きるためだったのかもしれない。


 それでも、ガルドが怒る理由は十分に分かった。


「ごめん」


「俺に謝ってどうする」


「盗んだのは俺だ」


「今のお前は、そうは見えん」


 ガルドが俺を見下ろす。


「昨日までのお前なら、謝る前に逃げていた」


 身体に残る記憶は曖昧だ。


 なぜ釘を盗んだのかも思い出せない。


 ただ、盗まれた側にとっては、昔の俺も今の俺も同じレオだ。


「八本分、必ず返す」


「何で返す」


「働いて」


「今のお前の仕事じゃ、一日働いても釘一本にもならん」


「じゃあ、一本分の仕事ができるまで働く」


 ガルドがしばらく黙る。


 やがて、袋の中から曲がった釘を一本取り出した。


「直せ」


「釘を?」


「この町じゃ、曲がったからといって捨てる奴はいない」


 作業台の上へ小さな鉄板を置き、木槌を渡される。


 曲がった部分を少しずつ叩く。


 強く叩けば、別の場所が曲がる。


 向きを変えながら、ゆっくり真っすぐに戻していく。


 完全には直らない。


 それでも、再び使える形にはなった。


「一本だ」


 ガルドが言った。


「え?」


「八本のうちの一本を返したことにしてやる」


「これだけで?」


「捨てるしかなかった釘を使えるようにした。釘一本分だ」


 残り七本。


 先は長い。


 だが、返せない数ではない。


「ありがとう」


「礼を言う暇があるなら、残りの端材(はざい)を片づけろ」


 俺は曲がりを直した釘を見つめた。


 この世界では、一本の釘にも値段がある。


 木の削りくずにも役割がある。


 俺が当たり前に使い捨てていたものが、ここでは誰かの食事や暮らしにつながっている。


 家を建てるなら、この世界の価値を知らなければならない。


 前世の知識だけを押しつけても、いい建物にはならない。


 材料。


 道具。


 人の手間。


 そのすべてに理由と値段がある。


「ガルドさん」


「何だ」


「ミラの家は、釘を使わずに建てられるか?」


 ガルドは俺の顔を見た。


「建てられる」


「本当に?」


「昔の家は、釘なんぞほとんど使わなかった。木を組み、木栓で締めた」


「なら、その方法を――」


「ただし、時間がかかる」


 ガルドの声が低くなる。


「木を選び、乾かし、削り、組み合わせる。素人が真似をすれば、屋根を載せる前に全部傾く」


「どれくらいかかる?」


「一人前の職人が数人いて、材料がそろっていたとしても、最低で十日は必要だ」


「十日……」


「お前とミラだけなら、ひと月あっても無理だ」


 それでも、方法があるなら諦めるつもりはなかった。


 工房の外から、鐘の音が聞こえた。


 低い音が三度、町に響く。


 ガルドが顔を上げた。


「もう昼か」


 朝から働き続けていたらしい。


「飯にするぞ」


「俺は持ってきてない」


「知ってる」


 ガルドは棚から黒パンを二つ取り出し、一つを俺へ投げた。


 慌てて受け取る。


「これは?」


「今日の働きの分だ」


「釘一本分は?」


「それは借りを返した分だ。飯は飯だ」


 パンは硬かった。


 それでも、口に入れると麦の香りが広がった。


 腹が鳴る。


 全部食べたい。


 だが、ミラとエナの顔が浮かんだ。


 半分だけ食べ、残りを布に包む。


「食わないのか」


「持って帰る」


「腹が減ったままじゃ働けんぞ」


「半分食べた」


 ガルドは何も言わなかった。


 代わりに、自分のパンを少し大きめに割り、その一片を俺の前へ置いた。


「残りの掃除が終わったら食え」


「ガルドさん」


「仕事中に喋るな」


 やはり、素直ではない。


     ◇


 日が傾くころ、俺は工房を出た。


 右手には布が巻かれ、身体中が痛い。


 それでも、昨日より少しだけ前へ進んだ気がした。


 パンの残りを持ち、ミラたちのいる場所へ戻る。


 遠くから仮の屋根が見えた。


 雨には耐えている。


 大きく傾いた様子もない。


 ほっとしたのも束の間、その前に見知らぬ男が立っていることに気づいた。


 紺色の外套。


 泥ひとつついていない革靴。


 手には、赤い塗料のついた刷毛を持っている。


 仮の屋根を支える石壁には、大きな印が描かれていた。


 赤い斜めの線が、二本。


 まるで、建物そのものを消すような印だった。


「何をしてる!」


 走り寄る。


 男が面倒そうに振り返った。


「レオ、来ないで」


 ミラが俺の前へ立つ。


 目が赤い。


「何があった」


「ここ、壊されるって」


「壊す?」


 紺色の外套の男が、紙を広げた。


「この区画は、ドーレン商会が長期使用権を持つ土地だ。居住に使われていた家屋が倒壊したため、契約に従い区画を回収する」


「エナさんたちは、ここに住んでいた」


「建物が存在していた間はな」


「建て直す」


 男が鼻で笑った。


「誰が?」


「俺が」


「子どもの遊びにつき合う暇はない」


 紙を指で叩く。


「三日目の日没までに認証を受けられなければ、翌朝、残った壁と廃材を撤去する。それまでに荷物を運び出せ」


「三日?」


「十分だろう」


「待ってくれ」


「話があるなら、ドーレン商会へ来い。ただし、土地を借り直すなら銀貨が必要だ」


「いくらだ」


 男は俺の服装を見て、笑みを浮かべた。


「お前が一生働いても払えん額だ」


 それだけ言い残し、男は立ち去った。


 赤い印だけが、石壁に残されている。


 ミラが拳を握っていた。


「わたしたち、どこに行けばいいの」


 エナは仮の屋根の下で、静かに目を閉じている。


 俺は赤い印を見つめた。


 まともに直すなら、十日はかかる。


 残された時間は三日。


 金もない。


 土地も自分たちのものではない。


 材料も足りない。


 今の俺には、木を真っすぐ切ることさえできない。


 できない理由なら、いくらでも並べられた。


 だが、前の人生で、それを並べ続けた結果を俺は知っている。


「三日で家を建てる」


 ミラが顔を上げる。


「無理だよ」


「普通の家は無理だ」


「じゃあ、どうするの?」


 赤い印へ手を触れる。


「壊したくても、壊せない家を作る」


 まだ方法は分からない。


 それでも、止まるつもりはなかった。


 釘一本にも値段がある世界で。


 俺たちがここに住み続けるための価値を、三日で作る。


 それが、俺に与えられた最初の仕事だった。

お読みいただきありがとうございます。


次回、三日という期限の中で、レオが家を残すための方法を探します。

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