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ep2-3.人の営み

 リナリアがヴォルフと出会う前。

 春の柔らかな日差しが差し込む部屋の中、リナリアは机に向かって本を読んでいた。

 すると慌ただしく、1人の少女が部屋に飛び込んできた。


「姉様!何してるの!今日はパーティーの日じゃないの?」


 あどけなさが残る少女は、頬を膨らませながらリナリアに歩み寄った。


「あら、そうだったかしら」


「もう、早く準備しなきゃ!」


 リナリアがパタリと本を閉じる。リーリエは勢いよくリナリアの腕を掴んで立ち上がらせると、あっという間にドレスルームに放り込んだ。そして手際よくメイドに指示をしてリナリアをめかしこませた。


「今日はゼーンズフト公爵の戦勝パーティーでしょ?それも王都で!昼前には出ないと間に合わないのに!」


「もうそんな時間だったのね」


「もう、人ごとみたいに!私がついていけたらどんなにいいか……」 


「そうね。リーリエと一緒がいいわ」


 リナリアがメイドに服を着せ替えさせられる様子を、リーリエは仁王立ちで見守っていた。

 姉よりもかなり歳の離れた妹は、まだ社交界デビューができる歳ではなかったのだ。


「あぁ、心配だわ。お父様たちはもう王都で待ってるんでしょ。向こうできちんとお父様たちと合流するのよ」


「わかったわ」


 リーリエは、リナリアが身にまとうドレスをじっくりと見定めていた。


「うんうん、とってもいいわ」


 リナリアが身に纏ったのは、濃紺のエンパイアラインのドレスだった。アクセントに銀の刺繍がドレス全体に施され、光を浴びてキラキラと輝いていた。


「姉様は今の流行りのパステルカラーよりもこういうキリッとした色が似合うのよね。フリルがたくさんのごてごてしたドレスより絶対こっちの方がいいのに。お父様もお母様も流行りに囚われすぎてセンスがないわ」


 姉妹が鏡に並び立つ。

 リナリアの艶のある銀の髪と、透き通った菫色の瞳。暗く冷たい印象を持たれがちなリナリアに反して、リーリエはまばゆい金の髪に、愛らしい桜色の瞳をしていた。

 リーリエがリナリアに髪飾りをいくつか合わせ、花をモチーフにした銀の飾りをメイドに渡すと、メイドが手際よく髪を結い上げ、飾りをつけた。


「とっても素敵だわ」


 リーリエがうっとりとリナリアの姿を眺める。


「あなたの方が素敵だと思うけど」


「えへへ、ありがとう。じゃなくて、はやく馬車に乗って!遅刻は厳禁だよ!」


 リーリエがリナリアの身体を押す。その様子を、リナリアは穏やかな眼差しで見下ろしていた。




 ⭐︎



「遅い。何をしていたんだ」


 リナリアの父の、厳かな低い声が響いた。

 リナリアが王都にある別邸に着いて早々、険しい顔をした父親と優雅に扇子を広げた母親が出てきて、すぐに馬車を乗り換えた。

 日はすでに傾き始め、空が薄暗くなっていた。

 ガタガタと揺れる馬車の中、沈黙の間を破ったのは母だった。


「リナリア。あなたの婚約が決まったわよ」


 貼り付けた笑顔で話しかける女は、リナリアとは血が繋がっていない。


「西部のルドルイーダ伯爵よ。我が家とは格が合わないけど、貴方との婚約を熱望されたの。きっと貴方のことを大切にしてくれると思うわ」


 うふふ、とねっとりした笑いを浮かべる義母に対し、リナリアはにこりと微笑みかけた。

 リナリアの反応に義母はつまらなさそうに眉根を寄せ、父は興味も無さそうに窓の外を眺め始めていた。

 義母が再び口を開く。


「それにしても。私たちが用意したドレスはどうしたの?貴方はいつも私たちの気持ちを踏みにじるような真似をするのね」


 ねぇ、と義母が父に声をかけると、ようやくその視線がリナリアに向けられた。


「本当に可愛げのない奴だ」


 その後もつらつら小言を並べる義母に、リナリアは穏やかに頷くだけだった。



⭐︎



 王都のホールに着いてから、父母はすぐ自らの派閥の下へと向かった。

 1人になったリナリアのもとに、流行りのドレスを身に纏った同世代の淑女たちが、嫌味な笑顔を浮かべて近づいてきた。


「あら、令嬢はまた壁の花ですの?」


「相変わらずご両親はあなたに冷たいのね」


「可哀想で見てられないわ」


 親切を装った冷たい言葉が投げかけられる。

 しかしリナリアの曖昧な微笑みが崩れることはない。

 リナリアにとって、妹以外の人間に興味は無い。

 顔も、声も、名前も、何も記憶に残らないのだ。

 適当に相槌を打つリナリアのもとへ、今度は数人の青年達が近づいてきた。


「リナリア嬢、またいじめられているのかい?」


「可哀想に、向こうで俺たちと話そうよ」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、男の1人がリナリアの腰に手を回す。

 男達の姿に、令嬢たちは隠すことなく不快感を露わにしていた。


「いやらしいわ。そんなふうにベタベタと。はしたないにも程があるわね」


「どうしたんだい?今日は魔女殺しの英雄様も来るんだろ。イライラしてちゃ、英雄様は落とせないぜ?」


「馬鹿らしいわね。同世代の貴族だって功績をあげてるのに、あなたたちこそ何してるの?」


「は?お前らも俺たちと変わんねーよ」


 バチバチと火花を散らして男女がいがみ合う中、リナリアの視線は、ぼんやりと虚空を眺めていた。

 その時、主役の来場を知らせるラッパが鳴る。

 男女の視線は一気に扉の方へ。

 近衛が高らかに名を読み上げた。


「ゼーンズフト公爵、エーデルハイント子爵が入場されます!」


 扉が開かれ、2人の主役が姿を現すと、ホールに集まった貴族たちが次々に口を開く。


「ゼーンズフト公爵、相変わらず素敵だわ。いつまでもお若く凛々しい御方」


「隣にいるのが魔女殺しの英雄か」


「まだ婚約者もいないらしい。ぜひ娘を嫁がせたいな」


 リナリアは、漏れ聞こえる“魔女殺し“の言葉にぴくりと反応した。

 壇上にいた国王が立ち上がり、手を挙げるとホールに静寂が訪れた。

 ゼーンズフト公爵とエーデルハイント子爵は、恭しく壇上の下で膝をつき頭を垂れた。


「頭を上げよ」


 国王の言葉に2人が顔を上げる。


「此度の魔女討伐、誠に見事であった。ゼーンズフト公爵、素晴らしい騎士を育て上げたことに感謝する。エーデルハイント子爵、今後も其方の活躍に期待するぞ」


 再び2人が恭しく頭を下げたところで、会場が盛大な拍手と歓声に包まれた。

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