ep2-4.英雄の再起
ヴォルフは、ゼーンズフト公爵と共に、代わる代わる訪れる貴族たちと歓談していた。
その最中、会場の中を見回していると、ついに探し求めた姿を捉えた。
銀の髪を揺らした女が、バルコニーへと消えていく。
はっと息を呑み、駆け出しそうになるのをすんでのところで堪えた。
「ヴォルフ?」
隣に立ったゼーンズフト公爵に呼ばれ、慌てて顔を上げた。
「探している人がいるのだろう。行っておいで」
ヴォルフの考えていることなど、長らく共に過ごした公爵には透けて見えているようだった。
当然その探し人が魔女であるなど、公爵にも想像もつかないことであったが。
「すみません。すぐ戻ります」
ヴォルフは公爵と目の前の貴族に頭を下げた。そしてはやる気持ちを抑え、人々の隙間を縫うように駆けていく。
⭐︎
バルコニーの外に出ると、会場の喧騒が消えた。
そこには、早鐘を打つ自分の鼓動しか聞こえない。
月明かりが、外に立つ1人の女を照らしていた。
(やっと見つけた)
ヴォルフは女に近づき、その横に立った。
「リナリア・ソレイユ令嬢ですか?」
名を呼ばれても、リナリアはバルコニーの下に広がる庭園を見つめたままだった。
「ヴォルフ•エーデルハイントと申します」
呼びかけても反応がない。
まるでヴォルフなど視界に入っていないようだった。
ヴォルフは、周りに誰もいないことを確認し、声を潜めた。
「土の魔女、そうお呼びしても?」
その時、バルコニーに強い風が吹き込んだ。思わずヴォルフが顔を逸らす。そして次に顔を上げた時、思わず息を呑んだ。
「土の、魔女?」
菫色の瞳が、真っ直ぐにヴォルフを見つめていたのだ。
ヴォルフは、小さく息を吸った。
「あなたが未来で呼ばれる名前です。私は、あなたが魔女だと知っています」
「なんのことか、分からないわ」
リナリアはまた身体をバルコニーの外に向けた。
そしてぼんやりと、眼下の庭園を眺めていた。
「私は未来を生きて、死にました。そして過去に戻ってきたのです」
夜風が2人を撫でる。音の聞こえないその場所で、ヴォルフは続けた。
「私の見た未来では、大勢人が死にました。私はその原因となった魔女を殺したい」
「それと私に何の関係が?」
リナリアはヴォルフを見ることなく、淡々と答えた。
「あなたは未来で、両親や屋敷の侍従を殺しました」
魔女の指先がぴくりと動いた。
「何故?」
「何が理由かまでは分かりません。生き残った妹は、多くを語らなかったそうですから」
しばしの沈黙の後、リナリアが薄く笑った。
「魔女だと知られたくなかった、誰にも」
それは、小さな呟きだった。
リナリアは夜風を浴びながら目を閉じた。
「時を操ることは、魔女にはできない。人にそんなことができるなんて、知らなかった」
「何故死に戻ったのかは分かりません。ただ未来を変えるために戻ったのだと、それだけはわかります」
目の前の魔女は薄い笑みを浮かべたまま、ヴォルフへと向き直った。
「だからあなたが来たのね。私がいずれ人を殺すから」
魔女には、警戒心も、敵意もない。
それが余裕から来るものなのか、ヴォルフには分からなかった。
「私があなたを傷つけに来たと思っているなら、それは違います」
ヴォルフの言葉に、リナリアは首を傾げていた。
「あなたは、未来を変えたくないのですか?」
「その選択は必要だったから選んだということ。きっと私は、何度でも繰り返す。私が魔女である限り」
リナリアが目を伏せる。
「未来のあなたは、後悔していましたよ」
目を丸くするリナリアに、ヴォルフの言葉に力がこもった。
「あなたは人を大切にしている。私はそれを知っています」
「妹だけ、それ以外はよく知らないわ」
歯痒さと共に、ヴォルフは拳を握りしめた。
「なら、俺の中の、生命の炎が見えますか」
リナリアは怪訝そうな表情を浮かべたあと、僅かに目を見開いた。
「あなた、それは……」
言葉が止まる。
そのままゆっくりと、リナリアの両手がヴォルフの頬を包み込んだ。ヴォルフの瞳の奥、生命の炎に吸い込まれるように。
「強い生命、弱い生命。人の生命はそれぞれだ。でもあなたは、嫌悪していない。魔女が嫌うこの生命を」
菫色の瞳が、揺れていた。
「俺はそんなあなただから声をかけた。あなたは人を知らないだけだ」
リナリアがハッとした表情を浮かべ、その手を引いた。
「妹は人だ。人は1人では生きていけない。俺は人を守りたい」
リナリアは迷っている。
そう気づいたヴォルフの胸が熱くなり、言葉に力がこもった。
「代わりに、君が、人として生きることに協力させてくれ。もう“人を殺す“という選択をしなくていいように。俺たちは、手を取り合える」
リナリアの視線が空を泳いだ。
そして何度か瞬きの後、ようやく口を開いた。
「私に、できるのかしら」
リナリアは、目を伏せながら微笑んでいた。
「不思議な人。私が魔女であると知っていて、近づいてくるなんて」
「人を嫌悪しない君の方が、不思議な魔女だ。だからこそ、俺は君の力を借りたい」
リナリアは、真っ直ぐとヴォルフを見つめていた。その瞳には、ヴォルフの中で煌々と燃える真白の炎が映っていた。
「いいわ。あなたが未来を変えるなら、私もそれを見てみたい。魔女の力を、あなたのために使ってあげる」
魔女と魔女殺し、本来交わることのない2人を、月明かりが照らしていた。




