表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/28

ep2-4.英雄の再起

 ヴォルフは、ゼーンズフト公爵と共に、代わる代わる訪れる貴族たちと歓談していた。

 その最中、会場の中を見回していると、ついに探し求めた姿を捉えた。

 銀の髪を揺らした女が、バルコニーへと消えていく。

 はっと息を呑み、駆け出しそうになるのをすんでのところで堪えた。


「ヴォルフ?」


 隣に立ったゼーンズフト公爵に呼ばれ、慌てて顔を上げた。


「探している人がいるのだろう。行っておいで」


 ヴォルフの考えていることなど、長らく共に過ごした公爵には透けて見えているようだった。

 当然その探し人が魔女であるなど、公爵にも想像もつかないことであったが。


「すみません。すぐ戻ります」


 ヴォルフは公爵と目の前の貴族に頭を下げた。そしてはやる気持ちを抑え、人々の隙間を縫うように駆けていく。


 

⭐︎



 バルコニーの外に出ると、会場の喧騒が消えた。

 そこには、早鐘を打つ自分の鼓動しか聞こえない。

 月明かりが、外に立つ1人の女を照らしていた。


(やっと見つけた)


 ヴォルフは女に近づき、その横に立った。


「リナリア・ソレイユ令嬢ですか?」


 名を呼ばれても、リナリアはバルコニーの下に広がる庭園を見つめたままだった。


「ヴォルフ•エーデルハイントと申します」


 呼びかけても反応がない。

 まるでヴォルフなど視界に入っていないようだった。

 ヴォルフは、周りに誰もいないことを確認し、声を潜めた。


「土の魔女、そうお呼びしても?」


 その時、バルコニーに強い風が吹き込んだ。思わずヴォルフが顔を逸らす。そして次に顔を上げた時、思わず息を呑んだ。


「土の、魔女?」


 菫色の瞳が、真っ直ぐにヴォルフを見つめていたのだ。

 ヴォルフは、小さく息を吸った。


「あなたが未来で呼ばれる名前です。私は、あなたが魔女だと知っています」


「なんのことか、分からないわ」


 リナリアはまた身体をバルコニーの外に向けた。

 そしてぼんやりと、眼下の庭園を眺めていた。


「私は未来を生きて、死にました。そして過去に戻ってきたのです」


 夜風が2人を撫でる。音の聞こえないその場所で、ヴォルフは続けた。


「私の見た未来では、大勢人が死にました。私はその原因となった魔女を殺したい」


「それと私に何の関係が?」


 リナリアはヴォルフを見ることなく、淡々と答えた。


「あなたは未来で、両親や屋敷の侍従を殺しました」


 魔女の指先がぴくりと動いた。


「何故?」


「何が理由かまでは分かりません。生き残った妹は、多くを語らなかったそうですから」


 しばしの沈黙の後、リナリアが薄く笑った。


「魔女だと知られたくなかった、誰にも」


 それは、小さな呟きだった。

 リナリアは夜風を浴びながら目を閉じた。


「時を操ることは、魔女にはできない。人にそんなことができるなんて、知らなかった」


「何故死に戻ったのかは分かりません。ただ未来を変えるために戻ったのだと、それだけはわかります」


 目の前の魔女は薄い笑みを浮かべたまま、ヴォルフへと向き直った。


「だからあなたが来たのね。私がいずれ人を殺すから」


 魔女には、警戒心も、敵意もない。

 それが余裕から来るものなのか、ヴォルフには分からなかった。


「私があなたを傷つけに来たと思っているなら、それは違います」


 ヴォルフの言葉に、リナリアは首を傾げていた。


「あなたは、未来を変えたくないのですか?」


「その選択は必要だったから選んだということ。きっと私は、何度でも繰り返す。私が魔女である限り」


 リナリアが目を伏せる。


「未来のあなたは、後悔していましたよ」


 目を丸くするリナリアに、ヴォルフの言葉に力がこもった。


「あなたは人を大切にしている。私はそれを知っています」


「妹だけ、それ以外はよく知らないわ」


 歯痒さと共に、ヴォルフは拳を握りしめた。


「なら、俺の中の、生命の炎が見えますか」


 リナリアは怪訝そうな表情を浮かべたあと、僅かに目を見開いた。


「あなた、それは……」


 言葉が止まる。

 そのままゆっくりと、リナリアの両手がヴォルフの頬を包み込んだ。ヴォルフの瞳の奥、生命の炎に吸い込まれるように。


「強い生命、弱い生命。人の生命はそれぞれだ。でもあなたは、嫌悪していない。魔女が嫌うこの生命を」


 菫色の瞳が、揺れていた。


「俺はそんなあなただから声をかけた。あなたは人を知らないだけだ」


 リナリアがハッとした表情を浮かべ、その手を引いた。


「妹は人だ。人は1人では生きていけない。俺は人を守りたい」


 リナリアは迷っている。

 そう気づいたヴォルフの胸が熱くなり、言葉に力がこもった。


「代わりに、君が、人として生きることに協力させてくれ。もう“人を殺す“という選択をしなくていいように。俺たちは、手を取り合える」


 リナリアの視線が空を泳いだ。

 そして何度か瞬きの後、ようやく口を開いた。


「私に、できるのかしら」


 リナリアは、目を伏せながら微笑んでいた。


「不思議な人。私が魔女であると知っていて、近づいてくるなんて」


「人を嫌悪しない君の方が、不思議な魔女だ。だからこそ、俺は君の力を借りたい」


 リナリアは、真っ直ぐとヴォルフを見つめていた。その瞳には、ヴォルフの中で煌々と燃える真白の炎が映っていた。


「いいわ。あなたが未来を変えるなら、私もそれを見てみたい。魔女の力を、あなたのために使ってあげる」


 魔女と魔女殺し、本来交わることのない2人を、月明かりが照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ