ep1-5 月明かりの眩しい夜に
鬱蒼とした雑木林の中、先頭のリナリアが一歩踏み出すたびに草木が道を開け、その奥へと誘う。
最後尾を歩く騎士が進むと、背後からザザッと草木が揺れる音がした。騎士が振り向けば、草木は元あった場所へと戻り、その道は閉ざされていた。
黙々と進んでいると、不意に開けた場所が現れた。
「ここは……」
ヴォルフと騎士達が辺りを見回す。
雑木林の中に、ぽっかりと空いた草地が広がっていた。澄んだ青空からは、太陽の光が燦々と降り注ぎ、その足元には小さな野花が咲いていた。
リナリアはその真ん中で両手を広げ、気持ちよさそうに光を浴びていた。ヴォルフがその横に立ち、声をかけた。
「ここが目的地か?」
「ええ、そうよ。すごいわね、とても満ち足りてるわ」
リナリアが自分にしか理解できない感想を述べた後、また地面に手を当てた。
リナリアの瞳には、そこに水面のように波打つ光が見えていた。
「源に異常はないわ。過不足なく満たされているもの。畑が枯れて……どうなるんだっけ?」
ヴォルフは眉根を寄せて答えた。
「魔物が大量発生した。村人も大勢死んだよ」
「魔物が生まれる気配はないけど。この辺りで目ぼしい源はここ以外にないし」
リナリアの言葉に、ヴォルフだけでなく護衛の騎士達も驚いた顔を見せた。
ヴォルフが驚きをそのままに口を開く。
「君は、魔獣の繁殖方法を知っているのか?!」
「繁殖というか。生まれるのよ、ここから」
騎士たちも真剣な面持ちでリナリアを見ていた。
「土から生まれる、のか?」
「ああ、そうね。貴方達には見えないものね……」
リナリアが頬に手を当てる。その視線の先には、この草地で揺れる水面のような光があった。
「ここは、自然の生命の源。足りなければ生命は弱る。多過ぎれば、溢れ出ていく」
護衛の騎士たちが顔を見合わせる。
それは、これまでの人生で聞いたことのない話だったからだ。
リナリアは、ゆったりとした口調で続けた。
「つまり溢れ出した生命力は、貴方達が魔獣と呼ぶ生き物の形をして放出されるのよ」
ヴォルフが小さく唸る。
「つまり、その“源“の状況を知ることで、魔獣が発生しそうな場所が分かるということか」
「そうだけれど、貴方達には見えないものね」
「うん……。何か、魔獣の発生を防ぐ方法はないのか?」
ヴォルフの言葉にリナリアはキョトンと首を傾げ、ヴォルフは面食らった。
「リナリア、どういう反応だそれは」
「えっ。だから貴方達こんな大きな畑を作ってるのでしょう?」
会話が噛み合わない。ヴォルフは意思の疎通を図るため、意識して丁寧に説明をする。
「人間が農作をするのは、生きるためだ。育った作物を食べたり、工作の材料にする。魔獣に関わる意図などないよ」
「そうなの?でもここはあまりに大きな畑があるわ。村の人だけでは消費しきれないじゃない」
ヴォルフは悩ましげに首の後ろに手を当てた。
馬車の中で話したことなど、リナリアはまったく聞いていなかったのだ。
「この村だけで消費しないさ。収穫されたあとは公爵領のさまざまなところに出荷されて、みんなで食べるんだ。特にこの村は、公爵領の中でも広い耕地なんだよ」
「あら、そうなの」
「君はこの村の畑が、魔獣に関する何かだと言いたいのかい」
リナリアが小さく頷いた。
「ええ。人間が手を加えた作物は、自生する作物以上に源の影響を受けるわ」
ヴォルフはリナリアの言葉を静かに待つ。
「作れば作るほど源から力を受け取るの。だから人が住む場所の近くの源が溢れることはそうそう無いの」
その言葉に、ヴォルフと騎士達は、これまでの討伐の記憶を思い出して合点がいった。
大抵の魔物は、郊外に点在する農村などに現れていた。孤立しやすい環境だから狙われるのかと思っていたが、違ったのだ。
「まあ、それでもこの状態から異常が現れるとしたら、それは間違いなく“魔女“の仕業ね」
突然彼女の口から語られた“魔女“の言葉に、ヴォルフが険しい表情を見せた。
「どういうことだ?」
「人間は、自分の生命力しか扱うことができない。あなたたちは、それを聖力と呼んで武器に纏わせるでしょう?」
「ああ」
「そしてその力でしか、魔獣や魔女は殺せない」
ヴォルフの顔が陰る。リナリアは飄々と続けた。
「魔女は、自然の生命力に干渉できるから魔女なのよ」
「そうなのか」
「ええ。だから恐らく貴方が言う未来の出来事は、どこかの魔女がこの源に干渉して、何かをしたのでしょうね」
ヴォルフがリナリアの言葉に低く唸る。
「どうにかそれを、防ぎたいんだ」
リナリアは手のひらを頬に当て、考え込み、そしてようやく口を開いた。
「そう」
あまりにいつも通り、飄々とした姿にその場の全員が戸惑った。
リナリアは説明もなく、両手を合わせる。
そして手を開いた時、手の中にはくるみ大の種子が溢れていた。
ヴォルフたちが息を呑みその様子を見守る中、リナリアは草地の端へと歩き出した。
そして土を掘ってはその種子を埋めていく。
リナリアについてヴォルフたちが歩いていこうとすると、不意に立ち上がったリナリアとぶつかりかけた。
「ちょっと邪魔だからあっち行ってて。真ん中のあたりだったら邪魔じゃないから」
言われた通りすごすごとヴォルフたちが場所を変えようとする。
すると1人の若い騎士がリナリアに向かって声をかけた。
「あー自分見てたいっす」
ヴォルフや他の騎士がギョッとする。
物怖じすることなくリナリアに語りかけたその騎士に、リナリアは特に気にした様子もない。
「じゃあこれ持っててくれる?」
「うす」
リナリアが種子を騎士の手に乗せる。リナリアの手からは溢れそうでも、大きな騎士の手には問題なく種子が収まっていた。
リナリアたちが作業する中、ヴォルフは残りの2人の騎士と言われた通り草地の中央に佇む。
長髪を一つにまとめた騎士が呆れた様子で口を開いた。
「あんなに肝の据わったやつは見たことがありません」
騎士の視線の先には、リナリアの手伝いをする若い癖毛の騎士がいた。それに頷いたのは、顔に大きな傷のある屈強な騎士だった。
「まさしく。このタイミングで奥様に声をかけられるのは、あいつくらいじゃないでしょうか。なんというか、若いというのは末恐ろしいですなぁ」
ヴォルフは、ただその様子を眺めていた。
「リナリアが気にしないならそれでいい。お前たちにも、こんなことに巻き込んですまないな」
ヴォルフの言葉に2人の騎士は首を横に振った。
「よしてください。私たちはあなたを信じてここにいるんですから」
「その通りです。隊長が“未来を見た“と言った時は驚きましたが。本当に隊長の言った通りのことが起きるとなりゃあ、疑うなんてバカなことしてる場合じゃない」
2人の言葉に、ヴォルフは僅かに口角を上げた。
「こんな突拍子もない話を信じてくれるお前達には、感謝しているよ」
その言葉に騎士達も笑みを浮かべる。
そしてまた長髪の騎士が、リナリアたちの方へ視線を向けた。
「正直俺たちは奥様と結婚すると聞いた時、不安でたまりませんでしたけどね」
「確かに。それでも隊長にあそこまで世話を焼かれる女性は、この世で奥様だけでしょう」
曖昧に返事をしながら、ヴォルフはただただリナリアの行動を見守るのだった。
⭐︎
リナリアたちが屋敷に戻ったのは夜もどっぷり更けた頃だった。
リナリアが作業を終えて帰路についた時、まだ太陽は沈み切っていなかった。しかし途中で何度もリナリアがしゃがみ、土を触ったり草を手に取ったりして立ち止まったのだ。
初めは何か必要なことかと思って黙っていたヴォルフだったが、あまりに進まないため途中で理由を尋ねた。
「え?見たいから見てるだけだよ」
悪気なく答えるリナリアにヴォルフは思わずため息をついた。
リナリアの案内無しには帰れないヴォルフたちは渋々その様子を見守ることとなったのだった。
心配していた村長に謝罪し、食事を部屋で済ませる。
今宵は、やけに月が明るい夜だった。
ヴォルフはベッドに寝そべりながら、窓際から離れないリナリアに声をかけた。
「寝ないのか?」
ヴォルフの言葉に、リナリアは曖昧に返事をしてベッドの中に潜り込んだ。
「どうした、珍しく素直だな」
「ん?そうかしら」
すでに目を閉じているリナリアに、ヴォルフは問いかけた。
「君が何をしたのか、結局教えてくれなかったな。もう大丈夫なのだと、考えていいのかい?」
「ええ、大丈夫よ」
ヴォルフは天井を見上げた。
何が起きているのか分からないまま、納得するのは難しい。
それでも今はリナリアを信じることしかできない歯痒さに、ヴォルフは顔を顰めて目を閉じた。




