ep1-4 魔女の痕跡
翌朝、ヴォルフ達一行は村を抜け、畑の方へ歩き続けていた。
その先頭には、リナリアがいた。
「リナリア、本当に他の村へ行かなくていいのか。枯れた畑を見る必要があると思うんだが」
ヴォルフがリナリアに声をかけると、リナリアは小さく首を振った。
「行かなくていいわ。あなたの記憶では、この村の畑が枯れてしまうのでしょう」
「ああ。ここは公爵領でもかなり広大な畑だ。だからこそ、当時の俺の耳にまで入ったんだろう」
「いつかわかる?」
ヴォルフは眉間に皺を寄せ、考え込む。しかしそのまま肩を落とした。
「すまない。明確な時期までは記憶がないんだ。ただ、今くらいの時期だった、ということしか」
ヴォルフの言葉にリナリアは曖昧に頷いた。
「原因がわかるのか?」
「そうね。あまり、考えられないことだけど」
それ以降、リナリアは言葉を発しなかった。
村からしばらく歩き、ようやく広大な畑道の中でリナリアが立ち止まった。
遠くでは、農夫達が散り散りになって畑作業をこなしている姿が見える。
「ありえないことは、ないものね」
含みのある呟きとともに、リナリアは畑のそばでしゃがみ込んだ。そして毛皮のコートの袖が泥で黒くなるのを気にする事なく、土に触れる。
その菫色の瞳が、ほのかに輝きを帯びた。
リナリアの視線は、ヴォルフたちには見えないものを辿っていた。そしてすぐに立ち上がり、歩き出す。
「どこまで行くんだ?」
「生命力の源を辿るわ」
聞き覚えのない言葉に、ヴォルフが眉を顰める。
「何だそれは」
「言葉通りの意味よ」
リナリアの端的な説明では、ヴォルフは理解できなかった。
「すまないが、まず生命力というのは何のことを言ってるんだい」
「あなたたちが“聖力“と呼ぶものと同じ、と言えば伝わるのかしら」
リナリアがヴォルフの腰にぶら下がった剣を指す。
「これのことか?」
ヴォルフが剣の柄を握り力を込めると、剣に真白の光が宿った。
その様子にリナリアが頷いた。
「あなたたち生き物は、自分の生命力しか自由に使えない。だけど自然は違う。源から、その力を受け取ることができるの」
「自然の生命の源、か。ではその場所に何かがあったということか」
ヴォルフの問いに、リナリアが頷いた。
ただひたすら農道を進んでいくと、道中で作業中の農夫達が、リナリアたちに気がついて頭を下げる。
ヴォルフがそれに片手をあげて答える中、リナリアはただ真っ直ぐ、目的地であるその場所を見据えていた。
やがて鬱蒼と木々が生い茂る雑木林が見えてきた。
木々の枝は細長く広がり、腰よりも高い雑草が、まるで侵入を拒絶するかのように生い茂っていた。
その雑木林を前にしてリナリアがようやく立ち止まる。
「この先なのか」
「ええ」
リナリアが頷くと、ヴォルフが腰に下げた剣を握った。
「道は無さそうだ。切り開いていこうか」
ヴォルフの言葉に、リナリアは首を横に振った。
護衛の騎士達も含め、ヴォルフたちがどこから入るのかと辺りを見まわす中、リナリアが雑木林に手をかざした。
――ズズズ
ヴォルフと騎士達は驚愕で目を見開いた。
なんと草木が自ずから動き出し、人が1人通れるほどの道が現れたからだ。
慌ててヴォルフが振り向くと、農作業中の農夫が、遠くに見えた。
「リナリア、人に見られたらどうするんだ!」
ヴォルフの叱責にリナリアは動じない。
リナリアの視線はただ、その先にあるものを見据えていた。
「大丈夫よ。こんなこと、誰も気にしないわ」
⭐︎
幼子は見慣れた緑の畑道を駆けていた。
収穫期に出入りする商人達を除き、村に客人が来ることはほとんどない。まして訪ねてきたのは“魔女殺しの英雄“なのだ。
寝物語として聞かされた彼の武勇伝は、幼子の目を輝かせるには十分だった。目の前に現れた英雄は、理想のとおり凛々しく、幼子は当然心奪われたのだ。
さらに一緒に現れた女性は、幼子がしばらく前に失った母のように穏やかで、温かった。
彼女は幼子の宝物の話に目を輝かせた。
昨日は宝物を見せることができなかったのだから、今日こそ見てもらいたい。その一心で、先に屋敷を出てしまった彼らを追いかけた。
農夫達に聞きながら、彼らが進んでいった道を辿る。
ようやく遠くに彼らの後ろ姿が見えた。
「――」
声をかけようとした。
しかし彼らはそのまま鬱蒼と木々が生い茂る雑木林の中に消えていく。
追いかけようとした。その後ろ姿を、追いかけようとしたのに。
雑木林の伸び広がった枝葉が、幼子よりも背の高い雑草が、人が通ろうとするのを阻む。
どこから入っていったのか。この辺りだった気がするが。
幼子がキョロキョロと辺りを見回していると、後ろから男に声をかけられた。
「坊ちゃん。こんなとこでどうしたんだい」
振り向くと農夫がタオルで汗を拭いながら問いかけてきた。
英雄たちに付いてきたのだと伝えると、農夫も辺りを見回すように首を動かした。
「あー。確かに子爵様達がこっちに歩いていったけどなぁ。どっか行っちまったみたいだなぁ」
幼子が悲しそうに眉を下げる。農夫は目の皺を深めながら、土にまみれた手を幼子の頭に乗せた。
「夕暮れ時には戻るだろうさ。そんなことより暇なら手伝うか?雑草抜いてたらあっという間に夕暮れだぜ」
農夫の言葉に幼子は頷く。彼らを追いかけていた時の高揚は、いつの間にか消えていたのだった。




