ep1-3 穏やかな夜
村の広場で催された宴は、子供から老人まで和気あいあいとしたものだった。
笑い声が絶えぬまま宴が終わり、案内された寝室で、リナリアが窓の外の景色を楽しんでいた。
ヴォルフが夜着に着替えながらリナリアに声をかけた。
「リナリア。お願いだから1人で行動しないでくれと、あれほど頼んだだろう」
「1人じゃないわ。ガルガも居たし、貴方の騎士も付いてきてたじゃない」
「俺の居ないところで、という意味だ。ガルガというのは村長の孫か?いつの間に仲良くなったんだ。宴の間もほとんど君の膝の上にいたな」
「貴方がおじいさんのところに行った後、あの子が遊びに来たの」
ヴォルフがベッドに腰掛ける。
窓の外に視線を向けたままのリナリアに、ヴォルフは髪をかき揚げながらため息をついた。
「まさか子供と一緒に屋敷を飛び出していくとは思わなかったよ。君から見ても、この村は魅力的なのかい」
「そうね。生命力に満ち溢れた、いい土地だと思うわ」
「思わず走り出すほど?」
「いや、あれは……」
リナリアが珍しく言い淀む。
「どうしたんだ」
「宝物を見せてくれるっていうから」
ぽつりと呟いたリナリアに、思わずヴォルフは面食らった。
――君も他人の宝物に興味を持つのか
ヴォルフは、口から溢れそうになったその言葉をすんでのところで堪えた。
「宝物とは?」
リナリアがヴォルフの横に腰掛けた。
そして口元に手を当て、まるで秘め事のように囁いた。
「あの子ね、つるつる光る泥団子が作れるらしいの」
「あ、そう」
途端に興味をなくしたヴォルフは、ベッドに潜り込んだ。リナリアは、食い気味にヴォルフに身を寄せて続けた。
「こんな大きいのがあるって言うから、見に行こうと思ったのよ」
リナリアが両の指で円を作る。ヴォルフはそれをふんふんと適当に相槌を打って答えた。
「結局それか。君は植物や土のことになると俄然やる気が出るんだな」
「そういう生き物だからね」
再び窓に近づこうと立ち上がりかけたリナリアの手を、ヴォルフが掴む。
そしてそのまま空いている手でシーツをめくり、リナリアを寝具の中へと誘った。
「今日はもう休もう。すでに近くの村では植物が枯れ始めたらしい。明日は忙しくなる」
「眠くないけど……」
渋るリナリアだったが、ヴォルフはその手を離さなかった。観念してリナリアが横になると、ヴォルフがシーツをリナリアに被せた。
「何故畑が枯れたのか、俺には見当もつかない。君なら分かるんだろうか」
「どうかしら。見てみないとなんとも言えないわ」
「そうか。俺としては……」
リナリアの甘い香りがヴォルフの鼻をくすぐる。途端に瞼が重くなり、ヴォルフは眉間を押さえた。
「あなた、眠かったの?」
「君のそばで横になると、眠くなる。確かに最近、なかなか眠れなかったが」
ヴォルフは睡魔に抗いながら続けた。
「リナリア。俺が寝て、目が覚めるまで、隣にいてくれよ」
夫が妻にかける甘い言葉。しかし2人にとっては、愛の言葉でもなんでもない。
リナリアが勝手にどこかへ行かないように、ヴォルフはただただ告げたのだった。
「分かったわ」
「ああ……。こんなに眠くなるのも、君の……」
ヴォルフが消え入りそうな声を出す。しかし最後の言葉を発する前に、眠りの淵へと落ちていった。




