epilogue.幸せな形
獣の魔女を討ったあと、ヴォルフは慌ただしい日々を送っていた。
何故か残らなかった獣の魔女の死骸。
その復活に関わるとする太陽の魔女。
先の見えない不安と焦燥が、ヴォルフの中に渦巻いていた。
それでもその感情は、花の魔女が待つ屋敷に戻れば、穏やかなものへと変わるのだ。
心地よい日差しを浴びながら、庭園のさらに奥、剪定された庭木の間を抜けて行く。
ヴォルフがリナリアのために建てた、小さな屋敷。
玄関を開くと、リナリアがダイニングに腰掛けていた。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
ヴォルフがリナリアに近づくと、彼女は机の上に小さな花を広げ、丁寧に編み込んでいた。
「何をしてるんだ?」
「リーリエに作れと言われて」
リナリアの手は休むことなく花を編み続けていて、机の上にはすでに完成した花冠が置かれていた。
ヴォルフがリナリアの隣に腰掛けた。
リナリアの手元を眺めれば、手際よく花たちが一つにまとめ上げられていく。
「花冠を?」
「ええ。ノラが作った花のヘッドドレスの話をリーリエにしたら、ノラの分は私が作ってあげるべきだって。でも私は編み物はできないから」
「そうか、それはいいな」
ヴォルフが机の上に置かれた花冠を手に取る。
赤、黄、桃。
たくさんの色の花で溢れるその冠は、瑞々しいままの姿だった。
リナリアが、編み込んだ花を輪にまとめる。
それは、真白の花だけで作られた冠だった。
「はい」
リナリアは、不意に身体をヴォルフに向け、その冠をヴォルフの頭に乗せた。
「ん?これは、俺のか?」
思わぬ出来事にヴォルフが目を白黒とさせると、リナリアが満足そうに微笑んだ。
「そうよ」
ヴォルフが花冠を手に取り、まじまじとそれを眺めると、真白の花から漂う甘い香りが、ヴォルフの鼻をくすぐった。
「俺のような大男に花冠を被せてくるとはな……」
「いらなかった?」
「いや。とても、嬉しいよ。部屋に飾りたい」
2人の横を、球体関節の人形が通り過ぎた。人形の頭には、ノラが作った赤い花のヘッドドレスが飾られていた。
人形が玄関の扉を開ける。
すると、ノラが駆けてくる姿が見えた。
「あっ、旦那様!お帰りなさいませ!」
屋敷に飛び込んできたノラが、快活な笑みを浮かべた。
「どうしたノラ。上機嫌じゃないか」
「えっ。あの、そうでしょうか」
頬を染めるノラは、球体関節の人形と視線を交わして微笑んだ。
リナリアが、薄い微笑みを浮かべながらノラに声をかけた。
「マリルと仲直りできたのね」
「はい!」
それは、ヴォルフの屋敷で働く、ノラのたった1人の友人の名だった。
屋敷に来てから避けてきた人との関わりに、ノラはようやく向き合えるようになっていたのだ。
リナリアが立ち上がり、色とりどりの花冠を手にノラに近づいた。
瑞々しい花で作られたかわいらしいそれを、ノラはキョトンと見上げていた。
「はい。これはあなたの分」
リナリアがノラの頭に花冠を乗せる。
するとノラは、目を輝かせて笑った。
「私に、ですか?ありがとうございます!」
幼い少女が喜ぶ姿を、ヴォルフとリナリアが穏やかな眼差しで見守っていた。
ヴォルフがリナリアの横に立つ。
「ノラ、君がこの屋敷に来てくれて良かったよ」
花冠が落ちないように両手で押さえながら、ノラが2人を見上げた。
「私、とっても幸せです。奥様と旦那様のおかげで!」
弾けるような笑顔だった。
リナリアとヴォルフが顔を見合わせ、そして笑った。
ヴォルフが死に戻った理由は、まだ分からない。
領地に迫る危機が、完全に回避できたのかといえば、それも分からない。
それでもヴォルフは、死に戻る前には想像もできなかったこの穏やかな日々を、愛すると決めた。
隣で笑う、リナリアと共に。




