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ep4-4.獣の魔女

「———敵襲!!」


 騎士のけたたましい呼び声と、敵の到来を知らせる警鐘が山間に響き渡った。


 突如陣営の中央に現れた獣の魔女。


 騎士たちは統率の取れた動きで、獣の魔女を取り囲むように大きな輪となった。

 前列の騎士が重厚な盾を地面に突き立てる音が響く。そしてその後ろに赤々と燃える松明を手に持つ者たちが並び立った。


 円の一角、盾を持った騎士たちがその長のために道を開けた。


 隙のない、されど悠然さえ感じる佇まいでヴォルフが円陣の中に入り、その後ろに、副官たちも続いていく。


 再び円の形となったその包囲網の中、レオニールが陣形を一瞥し、腕を鋭く振り上げた。


「——————点火!!!」


 騎士たちが号令を勇ましく復唱していく。松明の赤い炎が次々に激しく燃え上がり、そしてその炎は純白へと色を変えた。


 聖なる炎が、魔女を取り囲む。


 獣の魔女が歪な笑みを浮かべた。


「魔女殺し。会いたかったわ」


 ヴォルフが剣を抜くと、フィンとローエンもそれに続いた。


 その剣には、純白の光が宿っていた。


 ヴォルフは、真っ直ぐと魔女を見据えていた。

 その横から2人の副官が、一歩、また一歩と円をなぞるように広がっていった。


「獣の魔女。諦めて殺されにきたのか」


 騎士たちの血走った視線を一身に浴びながら、魔女の笑みが深くなる。


「ふふ。そんなわけないでしょう。お前たちがしつこいから。まとめて殺してあげようと思ったの」


「何故こんなことをする。お前は何故人を殺すんだ」


 その言葉に、魔女の目から光が消えた。

 肌を刺すような冷たい風が吹き抜けていく。


「お前たちが私を殺したんでしょう。自分勝手で、傲慢な生き物め」


 それはヴォルフが知る魔女の正しい姿だった。

 人と魔女は互いを嫌悪し、分かり合えない。

 共生など、できるはずがないのだ。


 ヴォルフは目の前の魔女を一瞥した。


「やはり生き返ったのか」


「は。そもそも死んでない。私の身体は、獣の中でずっと生き続けていた。もう消えかけていたけど、また1つになったの」


 魔女が吐き捨てるように話す横で、ローエンとフィンが、魔女の死角に回り込んだ。


 ヴォルフが剣を握り込むと、切先の光が一層強くなり、真白の炎が燃え上がった。


 魔女のこめかみに力が入る。


「汚い、汚い、汚いわ。人間なんて大嫌い。絶対に殺してやる」


 魔女が片手を翳そうとした時、ローエンとフィンが一斉に地を蹴った。一瞬の間を置いてヴォルフも魔女に向かって駆け出した。


 魔女討伐のためだけに編成された騎士団。


 油断もない。隙もない。あるのはただ魔女に対する殺意だけ。

 その中に現れた魔女に逃げ道などあるはずない、そのはずだった。


 魔女の背から、突如2本の腕が現れた。

 黒い泥の塊のようなそれは、およそ人の手とは思えないほど大きく、歪な形をしていた。


 剣を振りかざしたローエンとフィンの身体を掴みあげ、軽々と放り投げる。2人が盾に打ち付けられ、その包囲網が歪んだ。


 しかしヴォルフは止まらない、そのまま腰をかがめ、魔女の首を狙っていた。


——絶対に、ここで殺す


 昂る気持ちが、剣の光を一層強くした。


「ああ、本当に……」


 魔女の声が漏れ出る。

 ヴォルフの切先が届くより先に、背中から生えた異形の両腕がヴォルフの腹を鷲掴みにした。


「ぐっ」


 ヴォルフは呻きながらも、その異形の腕を切り落とそうとした。魔女が目を見開き、その頬がぴくりと動いた。


「本当に、忌々しい!!!」


 ヴォルフの身体は、風を切るような速度で、包囲網を軽々と超えて投げ捨てられたのだ。




⭐︎



 包囲が崩れた。

 レオニールは、目の前の光景に奥歯を噛み締めた。

 放り投げられたヴォルフが、土埃を上げながら転がっていった。起き上がった姿を見て、安堵しながらも、魔女を面前に油断は許されない。


 フィンとローエンが、なんとか体勢を持ち直し立ち上がった。


——隊長が戻るまで、魔女を抑え込まなければ。ローエンとフィンだけでは、荷が重いぞ


 しかしレオニールが策を練り終える前に、魔女の背から伸びた異形の腕が、どろりと崩れ落ちた。


——弱っているのか


 崩れ落ちた腕が、ぶくぶくと泡立つように蠢く。

 何が起ころうとしているのか。レオニールは魔女の思惑に気がつき、慌てて声を上げた。


「……っ。迎撃体制!散開しろ!!」


 騎士たちは、復唱しながら陣形を変えた。

 小隊ごとにまとまりながら、剣を構える。


 黒い塊は、次々と狼の姿へ形を変えた。

 魔女を守るように現れたそれらが、勢いよく騎士たちに襲いかかる。


——これでは魔女に近づけない


 レオニールが歯噛みする。

 その時、空気を割くような雄叫びが聞こえた。


「お前らぁ!隊長に、道を、作れぇぇ!!」


 それは、ローエンの熱くたぎった雄叫びだった。

 ローエンが剣を振り下ろし、獣の身体を真二つにぶった斬った。


 その熱気に答えるように、騎士たちの雄叫びが地を震わせた。



⭐︎



 土埃を上げながら転がったヴォルフが、剣を支えに身体を起こせば、身体に鈍い痛みがあることに気がついた。


(肋骨がいったか……)


 痛みに眉を顰めながら顔を上げると、それはいつか見た光景だった。


 黒い獣が、次々と騎士たちに襲いかかっている。


(終わらせなければ)


 ヴォルフは、獣の魔女がいる方に視線を向けた。

 巨躯の獣が騎士たちに襲いかかる。


 騎士たちは懸命に戦っていた。


(あの魔女さえいなければ。誰も死ななかった)


 剣を握る手に力が入る。


(もう誰も死なせたくない。失いたくない)


 乱れた呼吸を整える。

 その時、勇ましい男の声が轟いた。


「お前らぁ!隊長に、道を、作れぇぇ!!」


 その声に、心がたぎった。

 信じる仲間がいる。それだけで、ヴォルフの身体が熱く震えるのだ。


(やってくれるな、ローエン!!)


 身をかがめ、ヴォルフは力強く地を蹴った。

 真っ直ぐ、ただひたすらに真っ直ぐ。

 ヴォルフに向かって獣たちが向かって来る。


 盾を持った騎士が、獣たちを押し返す。

 また別の騎士が投げつけた鎖が、獣の足を絡め取って引きずりあげていく。


 ヴォルフと魔女を繋ぐ、一本の道。

 騎士たちの奮闘によって生み出されたその道を、ヴォルフは真っ直ぐ駆けていく。


 魔女の首まで、あと少し。

 その時、魔女の足元から巨躯の獣が湧き上がった。


「ゔぉおおおおおお!!」


 ローエンが雄叫びをあげ、その獣に突貫した。

 剣を獣の横腹から突き刺し、押し倒す。


 獣の横を通り抜け、ヴォルフの剣がさらに真白に燃え上がる。

 想いが、昂りが、その命の炎をより強く燃え上がらせるのだ。


 獣の魔女は、光のない目でヴォルフを見ていた。

 ヴォルフが剣を構える。

 身をかがめ、横薙ぎに一閃を放つ。


 肉を断つ、確かな手応えと共に。

 重たい魔女の首が、落ちた。


(終わった、か)


 ヴォルフが魔女の身体を見据える。

 残った身体の首から、真っ黒の泥が吹き上がった。

 粘度の高いその液体が、ヴォルフの顔に、身体にどろりと降りかかる。

 騎士たちに襲いかかっていた獣たちは、突如その原型を失い、泥のように崩れ落ちていった。


——ウオオオオオオオ!


 騎士たちの雄叫びが、歓声がこだまする。

 ヴォルフは、乱れた呼吸を整えながら目の前の魔女の死骸を見据えた。

 首を失った身体が、その後ろに倒れ込む。


 そのはずだった。


 魔女の身体がふらりとバランスを取り戻し、その両の腕でヴォルフを抱きしめたのだ。


「なにを……」


 身を捩っても、魔女の拘束から逃れられない。

 魔女の首から吹き出た黒い泥が、魔女とヴォルフの周りに広がっていた。

 ずぶりと、足元が沈み込んでいく。


「隊長!!」


 騎士の動転した声が響く。

 あっという間に身体の半分が泥の中に飲み込まれていった。


「うおおおおお!」  


 若い雄叫びの声が響いた。

 ヴォルフを包み込むように泥が伸び、視界を覆っていた。

 その隙間から、フィンがヴォルフに向かって飛び上がっているのが見えた。

 フィンの刃が、泥の塊に突き刺さる。

 弾けるように飛び散った泥の塊は、フィンさえも飲み込み、ヴォルフたちを取り込んでいく。

 なすすべもなく、ヴォルフたちは泥の中へ姿を消したのだった。



 ⭐︎



 レオニールは、呆然とヴォルフたちが黒い泥に飲み込まれていく様を眺めていた。


——何が起きたんだ


 乱れる思考の中で、ローエンがめいいっぱいに地面を殴った。


「レオニール!!」


 その声に、レオニールはハッと我に帰った。


「指示を出せぃ!わしらも追うぞ!」


「……負傷者を報告しろ!小隊を組み直す。これより当初の予定通り“生きた狼の巣“を探すぞ!!」


 指示を出すレオニールの横に、ローエンが血走った目で近づいてきた。


「あんの小僧、恐れ知らずにもほどがあるぞ」


 ローエンが思い浮かべるのは、騎士団の若い副官だった。


「そうですね。あそこでああも立ち回れるのは……」


 レオニールが遠い目をした。

 それは、勇気か、無謀か。レオニールには取れない選択を、若い副官がこなしたのだ。

 ローエンが鼻を鳴らした。


「気合いを入れ直すぞ。あいつ1人じゃぁ隊長の足をひっぱりかねん。わしらもすぐに追いつかねば」


「ええ。当然です」


 慌ただしく騎士たちが走り回る中、一枚の花びらがその陣営を通り過ぎていった。

 菫色の、柔らかな花びらが。

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