表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/28

ep3-4.幼子の目に映るもの

 ヴォルフたちは食事を終えると、仕事のために本邸へと戻って行った。

 それを見送る頃、リナリアはいつもの庭作業の格好に着替えていた。

 玄関から出て行こうとするリナリアを見て、ノラは驚きで目を丸くした。


(庭師は、奥様本人だったの?)


 一度はノラの横を素通りしたリナリアだったが、突然立ち止まり、振り返った。


「ノラ」


 リナリアに呼びかけられ、ノラは思わず背筋を伸ばした。


「は、はい」


 緊張で声が強張っていた。


「夜、眠るときだけこの屋敷に来てくれたらいいわ。それ以外は本邸にいてもいいし、好きなように過ごしてね。夜着で本邸に戻るのは嫌でしょうけど、ごめんね」


 リナリアの言葉にハッとして、ノラは自分の姿を見た。


「困ったことがあったらあれに聞いて」


 リナリアが指差した方に視線を向けると、メイドの人形がこちらに近づいてきた。


「ありがとう、ございます」


 なんとか返事をしたノラだったが、大変なことに気がついて心臓が跳ねた。


「あっ。私、今日の朝当番が……」


 思わず口に出た言葉にリナリアが首を傾げた。


「仕事のこと?」 


「あ、あ。はい、そうです」


 慌てながらも、どうしていいか分からずただオロオロしているノラを見て、リナリアがその手をノラの頭に乗せた。


「えっ」


 突然の出来事に、ノラが固まる。


「大丈夫よ。あの人がどうにかしているでしょう。あなたは私のところで傷を治すことだけ考えていればいいの」


 ノラがリナリアを見上げると、リナリアは穏やかに微笑んでいた。


「私は夜には戻るわ。遅くなるかもしれないけど、先に休んでいてね」


 そう言うと、リナリアはノラを残して出て行ったのだった。

 1人になった途端、静寂が屋敷を包む。


(私、どうしたらいいの……)


 ノラは玄関の前で立ち尽くした。振り返ると、メイド服を着た人形が立っていた。


(この子、どうなっているのかしら)


 ノラが恐る恐る人形に手を伸ばした。

 人形は、ただじっとノラの手を受け入れていた。

 冷たくて、硬い感触がノラの指先に伝わる。


「ねぇ。あ、あなた。喋れる?」


 ノラが問いかけると、人形が首を振った。

 思わず肩を揺らして驚いた。


「あっ、ごめんなさい……」


 咄嗟に悪いことをしたような気になって、謝罪の言葉が口に出る。

 人形は、首を傾げていた。

 ノラの言葉に反応する人形に、気がつけば興味が湧いた。


「私も、あなたと同じ、メイドなのよ」


 ぽつり、ぽつりと口に出せば、人形が両手でメイド服の裾をつまみ、左右に揺らした。


「うん、そう。同じよ」


 ノラの頬が緩んだ。

 無意識に人を避けていたノラにとって、無言の人形との会話は心地の良いものだった。

 

「私も、お屋敷に戻った方がいいかしら」


 人形が首を傾げた。


「お仕事、は、しなくてもいいのかしら。でも着替えとか、そういうのは、取りに行かないといけないよね」


 まるで自分に言い聞かせるようにノラは呟いていた。

 しかし本邸に戻るということも、今のノラにとっては不安の1つだったのだ。


(マリルと顔を合わせるのが怖いわ。あの子はきっと、私が奥様を魔女なんて言ったから、旦那様に言ったのよね)


 それが善意だったのか、悪意だったのか。

 それはノラには分からない。

 しかし心を許していた友達が、悪意で告げ口したのかもしれないと考えると、ノラの気持ちはどうしようもなく深く沈んでいった。

 ノラが俯いていると、人形の指先がノラの肩にふれた。


「なあに?」


 ノラが顔を上げる。

 人形がメイド服の裾を広げていた。


「ん?うん。そうよ、私もメイドなの」


 そう告げると、人形はどこかに歩き出した。そして途中で振り返ると、ノラに手招きをした。


(付いてきてってこと?)


 ノラは、人形のあとを小走りで追いかけた。



 ⭐︎



 階段を上がり、廊下を歩く。

 屋敷の中には、箒や雑巾を持った人形たちがせっせと掃除をしていた。

 目の前の人形のあとに続いて歩きながら、ふいに窓の外を見ると、外には洗濯物を干している人形までいた。


「ねぇ、あなたたちはこの屋敷に何人いるの?」


 人形の横に並んで問い掛ければ、人形が指を伸ばし、折り曲げてを繰り返していた。

 いつまで立っても指の動きは止まらない。


「そんなにたくさんいるの?」


 ノラが問いかけると、人形の首がノラの方に向く。そしてそのまま片手を頬にあてた。


「ああ。分からないのね」


 ノラの言葉に人形が頷いた。

 そして人形は、ある部屋の前で立ち止まった。

 人形が扉を開けると、その中は真っ暗だった。

 人形が部屋の中に入っていくが、ノラはその暗い部屋に入ることができず、扉の前で立ちすくんでいた。


「中がよく見えないし、怖いわ。どうしたらいいの?」


 人形の歩く音と、布の擦れる音がして部屋の中に光が差した。

 人形が分厚いカーテンを開けたことで、ようやくそこが、木箱や樽が雑多に積み重ねられた物置だと分かった。


「入ってもいいの?」


 人形が頷く。

 そして積み重ねられた木箱を幾つか下ろし、その中の一つを開けた。 


「何が入ってるの?」 


 ノラが箱の中を覗き込むと、中には見慣れた黒い布が入っていた。


「あ、これ!」


 布を取り出すと、それが普段着ている仕着せだと分かった。同じ箱の中には、エプロンもあった。


「メイド服、あるんだ」


 ノラから安堵の声が漏れた。しかしメイド服だけでは生活できない。


「下着とか、そういうのもあるのかな」


 人形が他の木箱を開ける。そこには、使用人に支給される生活用品が入った鞄があった。

 

「よかった……」


 ノラが人形に渡された鞄を受け取ると、そのまま人形は床に下ろした木箱を持ち上げ、積み上げ直そうとした。


「手伝うよ」


 手を差し出すが、思いのほか重たかった木箱が傾いてしまい、中からガチャンと音が鳴った。


「これは、重いよ。重いものは下においた方がいいよ」


 人形は、しばらく考えた後、物置の空いているところにその木箱を置き直した。


「何が入ってるのか、見てもいいかな」


 もしかして中の物が割れてしまったかもしれない。

 そう不安に思って人形に問いかけると、人形が木箱の蓋を開けた。


「ああ。食器が入っていたのね」


 食器が割れていないか、手に取って確認していく。そしてあることに気がつき手が止まった。

 

「どれもお花の柄だわ」


 屋敷の中は、至る所に花瓶が置かれ、花が生けられていた。

 ノラは、このカトラリーがヴォルフの好みではなく、リナリアの好みに合わせて準備されたものだと気がついたのだ。


「旦那様、奥様のこと、大切にしてるんだね」


 ノラの言葉に、隣の人形はただ首を傾げていた。


「魔女殺しの英雄なのに。でも……」


 ノラは言葉に詰まっていた。


「でも、奥様は、魔女……」


 ノラの言葉が静寂に溶けて消えていく。


(魔女は怖い。魔女は嫌い。村を焼いた魔女は、許せない。……でも奥様は?)


 ノラはしばらく、その物置から動けなかった。



最後の文に誤記がありました。

訂正しました。2026/07/16 19:40

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ