「正式登録」
《第3層観測対象:正式登録》
その文字が消えない。
視界の端に焼き付いたまま、佐倉 恒一の呼吸だけが浅くなる。
「……正式、登録?」
誰に? どこに? 何のために?
答えは出ないまま、教室の空気だけがいつも通りに戻っていく。
戻っている“ふり”をしているだけのようにも見えた。
放課後。
何も起きない。
戦闘も来ない。転送もない。
だが、それが一番不気味だった。
(監視されてる)
(見られてるっていうレベルじゃない)
(“扱われてる”)
佐倉は自分の手を見下ろす。
普通の手だ。変わっていない。
けれどもう、この手は“人間の手として扱われていない気がする”。
その瞬間。
机の上に、黒いカードが戻っていた。
最初に見たあのカード。
《戦闘権限:再同期》
「……は?」
次の瞬間、カードの表面にノイズが走る。
今までと違う。
文字が“揺れている”。
《対象変更》
《戦闘機構:第1層→第2層→第3層連結試験》
「試験……?」
佐倉はカードを握りしめる。
その瞬間、世界が“軽くなる”。
嫌な感覚。
重力が一瞬だけ消えたような。
《接続開始》
もう抵抗する前提すらない。
視界が割れる。
転送ではなく、“接続”。
現実がそのまま別の層に接続される。
そこは、これまでと違っていた。
第1層の白い空間でもない。
第3層の情報空間でもない。
その中間。
歪んだ都市。
建物はある。人もいる。
だが全員の動きがどこか“ずれている”。
同じ動作が繰り返される。
視線が一定方向に固定されている。
(……これ、現実?)
違う。
現実“だったもの”だ。
《連結試験領域》
《対象:記録保持体》
《戦闘ではなく適応観測を実施》
声が直接響く。
周囲の人間たちが一斉にこちらを見る。
だがその目は“人間の目”ではない。
観測装置のような、空洞の視線。
その中から、一人だけが動いた。
普通の人間のように見える少年。
しかし、その目だけが明らかに違う。
「……お前も、連れてこられた側か?」
佐倉は警戒しながら答える。
「お前は誰だ」
少年は少し笑った。
「第2適応体」
「簡単に言うと、お前の“前の試験体”だ」
「……前?」
嫌な単語だった。
少年は肩をすくめる。
「ここはな、実験の途中結果をまとめて観測する場所だ」
「第1層で戦わせて、第2層で壊して、第3層で“意味を付けて”」
「その途中で耐えたやつだけを、こうやって混ぜる」
佐倉の頭が冷える。
(混ぜる?)
(実験動物みたいにか?)
少年は続ける。
「俺は第2層で“残った側”だ」
「でも第3層には行けなかった」
「だからここにいる」
その瞬間、空間が歪む。
《試験開始》
全員の動きが一斉に“戦闘モード”に切り替わる。
だがそれは戦闘というより——
比較。
誰が一番“適応しているか”。
誰が一番“変化に強いか”。
それを測るだけの空間。
少年が走る。
佐倉も動く。
だがすぐに気づく。
(戦う必要がない)
(これは勝ち負けじゃない)
(“データ化”されてる)
攻撃が当たる瞬間。
世界が一瞬だけ停止する。
《記録更新》
《適応値:上昇》
誰かが評価している。
どこかの上で。
佐倉は歯を食いしばる。
「ふざけるな……!」
踏み込む。
攻撃ではなく、視線の“起点”を壊す。
観測されている場所をずらす。
存在の焦点をずらす。
少年が目を見開く。
「……お前、それやるのか」
「普通は気づいてもやらない」
「やったら“ズレる”からな」
佐倉は答えない。
もう迷っていない。
次の瞬間。
空間にノイズが走る。
《試験エラー》
《観測対象逸脱》
世界が揺れる。
気づけば、教室に戻っていた。
だが今回は違う。
佐倉の机の上に、もう一つカードが増えている。
《第3適応体:承認》
「……承認?」
そしてその下に、小さく一行。
《次段階:設計体接触予定》
窓の外。
空が一瞬だけ“開く”。
そこにはもう、層ではない。
何かが“こちらを見ている場所”そのものだった。




