3話
本日(2011/1/1)も三話程度の更新を考えています。
まずは第一弾です。
本編の第一章の三話目です。
では、どうぞ。
2050年12月18日。
冬至も近く、ただでさえ早い日没もとっくに過ぎている時間帯。
俺と潤、綾ちゃん、坂下さんの四人は、『機械仕掛けの箱庭』のオープンβテスト会場として指定された施設にやってきた。
ここは日本政府が出資しているVRS開発公社が所有する施設らしい。
ちなみにここまでの旅費はVRS開発公社持ちで、全額タダだったのはラッキーだった。
「ようやく着いたな」
「ホントだぜ。まさかこんな遠くにあるなんて思わなかったぞ」
最寄り駅まで電車で二時間。最寄駅から公社が用意した特設バスで三十分。最後に雪降る中を徒歩で十五分。自宅からかなりの距離を移動したことは間違いない。
テスト会場の施設は、外見も、内部もまるでビジネスホテルのような造りだった。今、俺たちがいるところは、さしずめフロントが見えるロビーといったところか。
潤はすでに備え付けのソファーでぐったりしている。
「私と綾が受付してきますので、お二人は休んでいてください」
「いいの?」
「はい。途中、私たちの荷物も持って貰いましたし、それくらいはさせてください」
「んじゃ、お願いするわ」
「はい。それじゃ行こ、綾」
「ええ」
二人が受付に行くと俺もどっかりとソファーに座り込んで、改めて周囲を眺めてみた。
「これなら朝食付きで一泊七千円ってところか?」
「あ? なに言ってんだ?」
「いや。この施設の設備レベルが、だよ」
俺は格ゲーの大会に出るために、たまに他県に遠征することがある。その時はだいたいビジネスホテルに泊まるようにしているから、だいたいの相場を知っているんだ。大会前日にネットカフェとかに泊まって、体調を崩したくないからこその贅沢だが。
ちなみに他県に遠征すると、ただでさえゲーセン通いで季節に関係なく木枯らしが吹いている俺の財布の中身は、ブリザードが吹き荒れる真冬のシベリアとなる。俺の財布に暖かな春が訪れるのはいつになるのやら?
「兄さん、ダイさん」
綾ちゃんが戻ってきた。でも一緒に行った坂下さんがいないな。
「受付は奥の部屋みたいですね。四人いなきゃいけないみたいなので、行きましょう」
「了解。坂下さんは?」
「美咲なら、受付でもう並んでます。結構な数の人が並んでたので」
「よし。んじゃ、行こうか」
綾ちゃんが言ってた通り、受付にはかなりの人数が並んでいた。坂下さんと合流後も、順番が来るまでだいたい二十分くらいは待ったと思う。
それにしても老若男女と参加者のバリエーションは豊かだ。それだけの注目度が『機械仕掛けの箱庭』にはあるってことなんだろう。だけど、やはり10~20歳台の若い世代と、定年を迎えたリタイア済み世代の比重が大きい気がする。まあ小学生以下は参加不可になってたし、仕事に忙しい世代はなかなか参加したくても、参加できないからだろう。
受付の後には、全員の体型情報などのスキャンを行った。
専用のマシンの中に入り、受付時にもらったログインIDを入力する。するとマシン側が、内部の磁気共鳴を利用して骨格に至るまでの精密な体型情報を取得する仕組みらしい。
今は水原家の兄妹がそれぞれスキャンしている。
「そういえば綾って小柄ですけど、胸は結構あるんですよ。知ってました?」
なぜか坂下さんが、脈絡もなく変なことを言い出した。
「いや、知らなかったけど……どうして、それを俺に?」
「さあ? なんででしょうね」
だから、その意味ありげな笑みはなんだ?
受付と身体情報のスキャンが終わった後、俺たちは指定された客室に荷物を置き、着替えをしてから夕食のため、食堂へと向かった。ちなみに客室は全員に個室が割り当てられている。
夕食はこの施設でプレイする人たちが全員集まっての合同夕食会が開かれた。
オープンβテスト自体は、明日からクリスマスまで一週間に渡って続くの予定だ。この夕食会は、そのβテスト開始の記念セレモニーを兼ねているらしい。
明日以降のイベント予定だの、ログイン時の注意事項だの、お偉いさんのスピーチだのが延々と続き、最後にようやく乾杯。もちろん未成年な俺たちはジュースだ。
それにしても、やっと飯だ。夕食会とやらが始まってから、すでに一時間。おあずけを食らいっぱなしな俺の腹の虫は、すでにグーグーと抗議し続けている。
そこからしばらくは食欲を満たすことに終始する俺。ついでにお隣の潤。
俺らに遠慮してたのか、綾ちゃんが明日から始まるβテストの話題を振ってきたのは、俺がメインディッシュのチキンのトマトソース煮を食べ終わった後。
ちょうど腹の虫も機嫌がよくなってきた頃合いだった。
「そういえば明日、ログインした後ってどうします? 一応、私と綾はモブ狩りしてレベルとスキルを上げつつ、VRの感覚をつかもうって思ってますけど」
「ま、俺は綾に付いていくのが基本だな。後は状況に応じてテキトーだ」
「えー、兄さん憑いてくる気ですか?」
イヤですと言わんばかりの表情の綾ちゃん。潤、なんと不憫なやつめ。ある程度までは自業自得なのかもしれないが。それしても、綾ちゃんの発音が少し変だったような気が……?
それにしても明日の予定か。やりたいことくらいしか決まってねーしな。
「俺は特に決めてない。コンボ技の練習と実践ってくらいで。だけどせめて明日いっぱいは、『ステップ』や『ジャンプ』の練習を中心にしたいな」
クローズドβテストでのプレイ結果を検索してみたが、『機械仕掛けの箱庭』におけるコンボとは、どうやら『ステップ』や『ジャンプ』を、攻撃系スキルの間に挟んで実行するものらしい。つまり<攻撃スキル⇒ステップorジャンプ⇒攻撃スキル>という一連の動作を、通称してコンボというのだとか。
ということは、だ。
このゲームにおいては、『ステップ』と『ジャンプ』を極めるものは、コンボを極めると言うこともできるだろう。なにごとも基本が大事だと言うし。
「練習って……これβテストですよ? もっと色々と試したり、遊んだ方がいいのでは?」
「綾、諦めろ。DAI乱舞モードになったら、こいつは止まんねーよ。なんつっても俺らの行くゲーセンで、史上類を見ないほどのガン攻めコンボマニアだしな。前に話しただろ?」
「……ええ。話半分くらいに聞いてましたけど、ホントだったんですね」
綾ちゃんが意外そうな視線を向けてくる。
おいおい、潤。お前は俺のことをどんな風に言ってるんだ? 俺はただ、格ゲーのコンボ研究には妥協を許さないストイックな男ってだけで、後は平凡で常識的な男だぞ?
「なんだか趣味は速攻、特技は即殺って感じですね」
「ああ、そんな感じ。機会があれば、今度一緒にゲーセン来てみるか? 普段のダイとは全然違う、まさにDAI乱舞が見られるぞ」
「ああ。それはすごく面白そうですね。今度、ぜひ綾と一緒に見に行きます」
しかも坂下さんも、人聞きの悪いこと言ってる。俺にはそんな趣味も特技も……いや、対戦やってる時は、それが趣味だし特技なのか?
ま、なにはともあれ明日はひたすらステップとジャンプの練習だな。
その後はなごやかに夕食が進んで、今はデザートの時間だ。今日のデザートは、イチゴのフロマージュが、温かい紅茶と一緒に供された。
パティシエの腕がいいのか、それとも材料がいいのかは、わからないがホントにうまい。
女の子二人も幸せそうな笑みを浮かべながら食べている。
潤だけは、さっさと食べてしまって手持ち無沙汰な様子で、周囲を眺めまわしている。
「それにしても、ここ、すげー警備だよな。VRSや『機械仕掛けの箱庭』で使われてる技術が、それだけ機密情報だってことなんだろーな」
「はい? 警備ってどういう意味ですか、兄さん」
「いや、だってこの建物、監視カメラもすげー数があちこちにあるし。それにこの施設でプレイするのは千人だって言ってたはずだけど、ここに座ってる人数って、明らかに千人以上いるよな。主催者側が用意した座席の数には狂いがないみたいだし、私服警備員が参加者の中に紛れ込んでるんじゃないのか? 後は……ほら、あそこの窓ガラスもすげー分厚いな。あれって防弾ガラスじゃねーのか?」
「そ、そうだったんですか?」
「ぜ、全然、気がつかなかった……」
「わ、私もです……」
実際、俺なんて普通のビジネスホテルとまったく変わらないなって思ってたのに。警備員なんて制服着て入り口に立ってた人しか気がつかなかったぞ?
「これでもだてに、MI6に入りたいなんて言ってないぜ。毎日、そっち方面の勉強をしてるからな」
エヘンと胸を張って、完全にドヤ顔の潤だった。
「ちなみに聞きますけど、兄さんはどうやって勉強してるんですか?」
「そりゃその手の映画を毎日一本は見たり、ゲーセンでガンシューティングしたりしてだな」
あまりといえば、あまりの返答にがっくりと来る、俺たち三人。
「……もういいです、よくわかりましたから。兄さんのガッカリ度合いが」
だけど後から考えてみれば、この時にもう少し追及すべきだったんだろう。
VRSなどの研究成果があるだろう研究所とかならともかく、一介のテスターたちの宿泊施設にどうしてそこまで異常なほどの警備をするのかを。
これが施設の警備じゃなく、テスターたちの監視だったと気づくのはもう少し後のこと。