(5-3)
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帝都に到着した小林は、都会の喧噪に懐かしさを感じる余裕もなく帝都新聞社へ人力車を急がせた。
活版印刷機の騒音やインクと紙の匂いが充満する階段を駆け上がり、編集室の扉を開けると、小林は鳥打ち帽を握りしめ、編集長の机へ真っ直ぐ歩み寄った。
「編集長、大変です」
刷り上がったばかりの紙面に目を通していた編集長の山岡は、煙草の煙を吐きながら太い眉を吊り上げ、小林を睨みつけた。
「なんだおまえ、新人のくせに勝手に帝都に戻って何のつもりだ!」
乱暴に机をたたくと、山と積まれた資料の束が崩れ、二人は慌ててそれを押さえた。
ばつが悪そうに頭をかく山岡に小林は迫った。
「編集長、特報のネタをつかんだんです」
「特報だと? ふん、何をほじくり返してきた?」
小林は鳥打ち帽を机に置き、裏地の隠しポケットから書類を取り出した。
「坂巻七三郎の不正蓄財と中央政府の政治家への裏金の流れ、銀山鉱毒事件の真相、それと坂巻少尉の士官学校時代の成績操作の証拠です」
山岡の顔が青ざめ、煙草を持つ手が一瞬止まった。
「馬鹿を言うな」
彼は書類を一瞥し、声を低くして吐き捨てた。
「中央政府のお偉方に楯突いたら、いくら帝都新聞といえども、ひねり潰されるぞ」
山岡の視線は、編集室の窓から見える帝国議事堂の尖塔に向いていた。
政界中枢の暗部と結びついた坂巻七三郎の不正献金は、編集長としての長年の経験からすれば、ただの火傷ではすまない危険な火種だった。
「編集長、だからこそです」
眼鏡の奥の瞳は若さに燃え、声には情熱がこもる。
「月影町の人々は、鉱毒で産業を奪われ、顔役だった如月家は責任を負わされ没落した。しかし、これがすべて欲望にまみれた隠し銀山のせいだったのなら、この真実を暴かなければ、誰が町を救うんですか。今こそ我々は『ペンは剣よりも強し』の信念を世に示すべきなんじゃありませんか」
山岡は煙草を灰皿に押しつけ、深いため息をついた。
他の記者達も二人の様子に注目している。
しばし沈黙が編集室を包み、活版印刷機の音だけが虚しく単調に響く。
やがて、山岡は目を細め、低く呟いた。
「小林、なんで貴様はそんなに一生懸命なんだ? 手柄を立てて帝都に舞い戻りたいのか?」
「そんなんじゃありませんよ」
脳裏には駅で手を振ってくれた瑠璃の姿が浮かんでいる。
つぎはぎだらけの服装でも失われることのない凜とした気高さ。
――僕にだって新聞記者として守らなければならない使命と誇りがある。
小林は帽子を握りしめ、耳まで赤く染めてつぶやいた。
「……あの町の人々のためです」
山岡は一瞬目を丸くし、ふっと笑みを漏らした。
「ふん、若造らしい情熱だな」
書類を手に取り、じっくりと目を走らせた山岡は、やがて煙草を再び咥えて火をつけ深く煙を吸って吐き出すと、編集長らしい威厳のある声で言った。
「いいか、中央政府のお偉方と一戦交えるんだ。慎重に裏どりしなければならないぞ」
そして、編集室を見渡す。
記者たちがみな熱を帯びた目で彼を見つめ返している。
「よし、手の空いてる者は取材に出ろ。この特報、帝都新聞の名にかけて世に届けるぞ!」
歓声が沸き、記者たちが机を叩いて応え、上着を羽織って駆けだしていく。
小林は帽子を握りしめて弾けるような笑顔を見せた。
「ありがとうございます、編集長!」
「小林、おまえはこの書類の写しを作って調査機関へ流せ。徹底的に張りついて政府の動きを逐一報告しろよ」
「はい、早速!」
帝都新聞の号外が、坂巻家の不正と政治家の闇を暴き、如月家の名誉を回復する日が、すぐそこまで来ていた。




