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氷血月下の鬼士団長 今宵そなたを娶りに参る  作者: 犬上義彦


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(5-2)


   ◇


 その日二度目の地震に町の人々が様々な憶測を語り合っている頃、小林を乗せた軍の車が目抜き通りを駅へ向かって通り過ぎた。


「あら、小林さんじゃないの」


 月光堂の窓から外を見ていた文乃が瑠璃を呼んだ。


 悠真の腕に抱かれて地下神殿から奥社へ連れていかれた瑠璃は、そこで彼と別れ、山を下りてきていた。


 月光堂は窓ガラスに穴が開いたままだったが、文乃は瑠璃を抱きしめて迎えてくれた。


 ただ、以前と同様に、瑠璃がどこへ行っていたか、何が原因でこうなったのかといった記憶が曖昧になっていた。


『とにかく無事で良かったわよ。それでいいの』


 ガラスが割れたことについては、祭りの騒ぎで起きたことだと勘違いをしているようだった。


『朝起きたら割れてたのよ。酔っ払いが石でも投げていったんじゃないの。迷惑よねえ。もう修理は頼んだから、心配しないでね』


 そんな不思議な状況でも、不正を暴くために尽力してくれた小林が連行されていくのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。


 悠真が残した証拠ももみ消されたら大変だ。


「文乃さん、すみません。ちょっと行ってきます」


 瑠璃は軍の車を追って人混みをかき分けて走った。


 みすぼらしい着物の裾が揺れ、通りを行く人々が迷惑そうに道を空ける。


「小林さん!」


 声を限りに叫んでも小林には届かない。


 ただ、あれだけ瑠璃を疫病神扱いしていた町の人々の記憶からも、新聞記事に扇動された騒動は消えてしまっているらしく、追いかけられたり非難されることはなかった。


 かろうじて車が連隊本部に入っていくところは見届けたものの、瑠璃は門の前で兵士に止められた。


「民間人はこの先へ入ることは許されん」


「今の車に乗っていた新聞記者さんに会わせてください」


「ならん。帰れ」


 軍を刺激して小林に不利になることを心配して瑠璃はおとなしく引き下がった。


 門の近くの木陰に座って様子を観察していると、目抜き通りから騎乗の指揮官と徒歩の隊列がやって来た。


 坂巻将一郎だ。


 胸を張って軍服の金ボタンを陽光に輝かせ、傲慢な笑みを浮かべて道行く人々を見下ろしながら通り過ぎていく姿を、瑠璃は木に隠れてやり過ごした。


 それから少しして、小林が門から出てきた。


「小林さん、無事でしたか」


 駆け寄る瑠璃に小林も帽子を振りながら応えた。


「瑠璃さん、わざわざ待ってくれていたんですか」


「軍に連れていかれるのを見たもので」


「それは、ご心配をおかけしました。でも、やつらの尋問なんて、たいしたことはありませんよ」


「殴られたんですか」


 小林は痣になった唇の端を指でなぞり、笑顔を見せた。


「なあに、新聞記者の勲章ですよ」


 二人は連隊本部に背を向け、駅に向かって歩いた。


「瑠璃さん、とうとうつかみましたよ。決定的な証拠です」


 小林は鳥打ち帽の裏を見せた。


「ここに書類を隠してあります。僕はこれから帝都へ行って記事を書きます。この町を脅かす不正をペンの力ですべて暴いてやりますよ」


 晴れやかな表情で青空を見上げる小林の横顔を、瑠璃も目を細めて見つめた。


「如月家の名誉も回復されて、瑠璃さんの生活も変わるでしょう。そうしたら……」


 小林の耳が赤く染まる。


「そうしたら?」


「ああ、いや、なんでもありません」と、帽子をかぶり直す。「またこの町に取材に来ますよ。その時は、またあの名物の草団子を一緒に食べましょう」


「ええ、ぜひ」と、瑠璃は笑顔でうなずいた。


 駅では、帝都行きの汽車が蒸気を上げて出発時刻を待っていた。


 客車の踏み台に足をかけた小林が振り向く。


「じゃあ、僕は行きます」


「お元気で」


「瑠璃さんも。あと、文乃さんにもよろしく伝えてください。お茶とお菓子、ごちそうさまでしたって」


 汽笛を鳴らして列車が力強く動き出す。


 瑠璃は胸の高さで小さく手を振る。


 踏み台から身を乗り出した小林も手を振り返す。


「瑠璃さん!」


「はい」


 小林の口が動く。


「もし帝都に来ることがあったら……」


 吹き出す蒸気と動輪の軋み、それに甲高い汽笛にかき消されて、続きの言葉は聞き取れなかった。


 胸に吊した勾玉を大きく揺らしながら、列車が見えなくなるまで瑠璃は手を振り続けていた。



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