第5章 約束の絆(5-1)
月影山の虹が淡く消えゆく頃、小林が目を覚ました。
「いったい、僕は……」
体を起こそうとした小林は自分が書類を握っていることに気がついた。
丸眼鏡をかけ直し、すすけた書類を広げる。
「こ、これは!」
そこには、坂巻家の不正、隠し銀山の鉱毒事件、中央政府との癒着を示す証拠が克明に記されていた。
月影大社の神紋が記された一枚には、帝都にある政府調査機関の連絡先が墨で綴られている。
「これさえあれば真実が、世に暴かれる!」
小林の声は興奮に震え、記者としての使命感が胸に燃え上がった。
彼は急いで書類を鳥打ち帽の裏地に押し込んだ。
そこには隠しポケットが仕込まれているのだった。
埃を払い、帽子をかぶり直した瞬間、谷間に軍靴の音が響いた。
「貴様、そこで何をしておる!」
坂巻将一郎が軍服に身を包み、数人の部下を率いて現れた。
鋭い眼光には焦りと苛立ちがにじみ、軍帽の影で顔が歪んでいる。
「坂巻少尉、なぜここに?」
小林は平静を装い、眼鏡の奥で目を細めた。
「それはこっちが聞くことだ。ここで何をしていた?」
「月影大社の伝承を取材していたら、道に迷いまして」
「ごまかせると思うなよ」
将一郎は小林の襟を力任せに掴み、頬を平手で叩いた。
乾いた音が谷に響き、鳥打ち帽が地面に転がる。
「何を見つけた。言え!」
唇から血を滲ませ、小林は不敵に笑った。
「残念ながら、空振りでした」
将一郎の顔が赤らみ、憤怒に歪む。
「嘘をつくな!」
鋭い平手打ちが再び頬に直撃する。
帽子は軍靴で踏みつけられ、泥にまみれた。
「新聞記者が軍に逆らうとどうなるか、教えてやる!」
だが、小林は動じず、ゆっくりと帽子を拾い上げると、唇の血を拭いながら目に力を込めた。
「あまりペンの力を甘く見ない方がいいですよ」
「なんだと! 貴様、調子に乗るなよ」
「部下の皆さんの目もありますよ。人の目のあるところ、口を塞いだつもりでも、噂は必ず広まります」
将一郎は一瞬たじろいだが、すぐに冷酷な笑みを浮かべた。
「生意気な。こいつを連隊本部に連行しろ」
「はっ!」
兵士に両腕をつかまれ、小林は引きずられていった。
将一郎は残りの部下に目をやり、低く命じた。
「この洞窟を爆破しろ」
「隊長殿」と、下士官が戸惑いを見せる。「そのようなことをしてよろしいのですか」
「今朝の地震でこの洞窟は危険な状態にある。二次災害を防ぐためだ。早くしろ!」
もっともらしい言い訳をでっち上げたものの、部下たちは不安げに顔を見合わせている。
「早くしろ!」と、将一郎は軍靴の踵を鳴らして一喝した。
一斉に部下が散っていき、洞窟のあちこちに爆薬をしかけていく。
――父上、証拠隠滅はお任せください。
「隊長殿、準備完了いたしました」
「よし、ただちに爆破せよ」
将一郎の命令により、大量の爆薬が炸裂し、大地を揺るがせながら地下洞窟は完全に埋もれてしまった。
――これでいい。
昼の空に逃げていくコウモリの群れを見上げながら将一郎は一人ほくそ笑んでいた。




