(3-5)
◇
家を出て月光堂へ向かう間ずっと、瑠璃の胸には小林の言葉が引っかかっていた。
隠し銀山なんて、本当にあるのだろうか。
それは悠真の言っていた闇の勢力と関係があるのだろうか。
考えても分からないことだらけで不吉な予感しかわいてこない。
文乃はいつもの笑顔で迎えてくれたが、言われた言葉に瑠璃は驚いてしまった。
「瑠璃ちゃん、昨日はお祭り楽しかった?」
「えっ、お祭り……ですか?」
「あのきれいな衣装着ていったんでしょ」
文乃はただの世間話をしている様子でしゃべっている。
瑠璃は困惑しつつも、話を合わせた。
「ちょっとお参りして帰ってきただけですよ」
「あら、そうなの。なんだったら、小林さんでも誘えば良かったのにね」
文乃は本当に瑠璃が祭りに行ったと思い込んでいるらしい。
もしかしたら……記憶が塗り替えられているのかも知れない。
瑠璃自身もどうやって帰宅したのか覚えていないし、宙に浮いたり、梟を操ったりするのだから、心を書き換えるくらいやってのけるのだろう。
無理に問いただしたり、深掘りするのは避けた方が良さそうな気がして、瑠璃は今朝小林が来たことを話した。
「小林さんが、古い巻物を見つけたってさっき見せに来たんですよ。隠し銀山のことが書かれてるって」
「そんなのがあるの?」と、文乃は興味ありげに身を乗り出してくる。「もしかして、鉱毒事件に関係あるとか?」
「小林さんも同じことを言ってました」
「なかなかやるじゃない。新人のわりに」
「でも、自分で調べに行くって出ていっちゃったから、ちょっと心配で」
「それなら大丈夫じゃないかな。あの人は猪突猛進だけど、意外と抜け目ないんだから」
たしかに将一郎の動きを見張って助けに入ってくれたり、古文書まで調べて手がかりをつかんでくるのだから、そういう面ではたいした腕なのだろう。
だが、神話と銀の鉱脈には深いつながりがあるのだ。
小林一人で行かせるべきではなかったのではないか。
文乃の軽い口調に、瑠璃は無理やり笑みを浮かべたが、胸のざわめきは収まらなかった。
「それより、朝から小林さんと会ってたの?」
「へっ?」
不意打ちのような質問に、思わず変な声が出てしまった。
「えっと、朝ご飯を召し上がっていかれました」
「へえ、そうなの」と、文乃の顔に意味深な笑みが浮かぶ。「昨日から、うちに食べに来ないからどうしたのかと思ってたんだけど、そういうことなのね」
「え、ずっとここに食べに来てたんですか?」
「そうよ」と、わざとらしく歌うような言い方を返す。「都合のいい帝都のカフェーかなんかだと思ってたんじゃないの」
瑠璃が困惑ぎみに黙り込んでしまうと、ちょっとからかいすぎたと反省したのか、文乃は肩をすくめて言い直した。
「開店前に、取材に来てただけよ。ほら、新聞記者って、夜討ち朝駆けって、勤務時間なんて決まってなくて忙しいでしょ」
「そうですよね」
生返事を返しつつ、瑠璃は隠し銀山の取材がうまくいくことを願っていたが、見つかったところで、それをどうするつもりなのか、小林本人の安全よりも、むしろ、そちらの方が気になっていた。
結局、その日、小林は月光堂には現れなかった。
日暮れに瑠璃が帰宅すると、坂巻家に移ったはずの彩花と美津子が戻っていた。
目に飛び込んできた光景を瑠璃は理解できなかった。
二人は瑠璃がしまっておいた光の衣をほどいて布地に戻していたのだ。
もちろん、季節ごとの手入れなどではない。
草履を飛ばす勢いで畳に駆け上がり、瑠璃はただの布地となった衣装の上に覆い被さった。
「何をしてるんですか!」
「邪魔しないでよ」と、彩花が布を引っ張る。「私に恥をかかせた着物だけど、生地は上等だもの、外出用のドレスに作り替えるのにちょうどいいでしょ。今時和装より、洋服の方がおしゃれなんだし」
「なんてことを! やめてください」
「口答えするんじゃないよ」と、美津子が瑠璃の腰を突き飛ばす。
囲炉裏端に転がされた瑠璃はなおも布地に戻った衣装に取りすがった。
「駄目です。これは大事な着物なんです」
「どうせ今日で祭りも終わりなんだし、あんたみたいな薄汚い娘には上等すぎて着こなせないでしょ」
――着こなせない。
その言葉に瑠璃は唇をかむ。
たしかに、着ると体の奥からこみ上げてくる不思議な力に自分は負けてしまう。
だけど、この衣装がなければ悠真との誓いは守れない。
町のため、悠真のため、そして、自分のために……。
――この衣装は私が守らなければならないの!
瑠璃は着物を抱えて家を飛び出した。
「ちょっと、瑠璃、待ちなさい!」
もうあの家には帰れない。
月下の祭りが終わった町は気が抜けたように人通りも途絶え、閑散としている。
白く輝く布を抱えて走る瑠璃を、通りすがりの人たちが何事かと迷惑そうに道を空ける。
行く場所は一つしかない。
『いい、忘れちゃだめよ。ちゃんと帰ってくる場所があるってことをね』
文乃の言葉を思い出し、ひとりでに足が向く。
月光堂の明かりはすでに消えていた。
それでもかすかにシャンソンの音が聞こえてくる。
ガラス扉をコンコンとたたくと、中から瑠璃を見つけた文乃が開けてくれた。
「どうしたの、瑠璃ちゃん」
こらえていた涙があふれ出し、嗚咽ばかりで声にならない。
瑠璃が胸に抱く布地を見て察したらしく、抱き寄せながら中へ入れてくれた。
「泣かないの。泣いても何も解決しないの。負けちゃダメよ。針と糸さえあれば、着物なんて直せるでしょ」
美津子と彩花の着物は季節ごとにほどいて入念な洗濯をし、干してからしまっていた。
それをやらされていたのは瑠璃だ。
彩花の成長に合わせて仕立て直しまでしていたのだ。
「文乃さん、針と糸を貸してください」
瑠璃の決意に文乃が微笑む。
「それはもちろんいいけど、今日は遅いから、ゆっくり休んで明日やりましょうよ」
文乃の胸にもたれながら、瑠璃は静かにうなずいていた。




