(3-4)
◇
翌朝、目を覚ますと瑠璃は家にいた。
いつどうやって戻ったのかは覚えていないが、光の衣はちゃぶ台の上にきれいにたたまれている。
寝不足のような疲労感が残っていて、かすかに聞こえる祭り囃子に耳を傾けながら体に血が巡るのを待つ。
月下の祭りはたしか、今日が最終日だ。
いつもの粗末な着物姿で身支度を調えていると、障子の向こうから声をかけられた。
「瑠璃さんいますか。小林です」
「おはようございます」と、瑠璃は障子を開けて顔を出した。
「朝からすみません」と、遠慮しつつも小林は隙間に体を差し入れてきた。「今朝の新聞です」
《黒い霧は集団催眠か》
《鬼の幻影に隠された陰謀を暴く》
威勢の良い見出しが並ぶわりに、本文は確証もなく、ただの憶測だらけで、ありきたりな内容で埋められているだけだった。
「あの、小林さん、朝ご飯は?」
「まだですけど」と、小林はちらとかまどに目をやる。
「何もないですけど、召し上がりますか」
「今朝もいいんですか」と、遠慮のふりをしつつ、期待にあふれた笑顔で畳に上がり、ちゃぶ台の前であぐらをかく。「いや、なんか、押しかけちゃってすみません」
雑穀米を炊き、ぬか漬けを切り、汁物を作る。
朝食の香りに鼻をひくつかせながら小林がつぶやいた。
「瑠璃さん、昨夜はどこに行ってたんですか?」
――えっ?
瑠璃は動揺を隠しながら答えた。
「いえ、どこにも……」
「昨日の夜、お宅にうかがったんですけど、真っ暗で、呼んでも出てこなかったじゃないですか」
「いつ頃ですか?」
「そんな遅い時間でもなくて、お仕事から帰ってる頃だったかな」
「ええと、たぶん、それだと大社にお参りに寄ってたからじゃないかしら」
「へえ、お参りですか」
いぶかしがる小林に瑠璃は適当な理由をでっち上げた。
「小林さんが黒い霧に巻き込まれないように、神様にお願いしに行ってきたんですよ。町のために尽力してくださってるんですから」
「でも、夜中にですか?」
「お祭りで結構人通りはありましたから」
「そうでしたか。でも、気をつけてくださいよ。夜道には、黒い霧よりもたちの悪い連中もいますからね。祭りで無礼講なんて浮かれてるし、特に瑠璃さんは美じ……」
「え?」
「いや、とにかく、気をつけてくださいよ」
ちゃぶ台の衣装を片付け、用意ができた朝食をならべる。
「その衣装、着てみたんですか?」
「いえ」と、とっさに瑠璃は嘘をついた。
理由はないが、なぜか隠してしまった。
説明できないからか、それとも後ろめたいからか。
脳裏に昨夜の悠真の顔が思い浮かんでいることはなおさら言いにくかった。
「私には着る機会がないみたいで」
「でも、お祭りは今日までやってるわけだし」
「お仕事があるので、行けませんから。それに、着ていって、また騒動になったら、それこそなんて言われるか分からないじゃありませんか」
気まずい朝食を終えてちゃぶ台を片付けたところで、小林が巻物を取り出した。
「実はこんな物を見つけたんですよ」
瑠璃には読めない書体で書かれた古文書らしい。
「なんですか、古い物みたいですけど」
「まだ全部読めたわけじゃないんですけど、隠し銀山について書かれてるらしいんですよ」
広げていくと、地図も描かれている。
「この地図がね、くせ者でして、月影山であることは間違いないんですけど、どこからどうやって行けばいいのか、距離とか方角が歩いてどれくらいとかいい加減みたいで、今までも探した人がいたそうなんですけど、誰もたどり着けなかったそうです」
「書かれていることは本当なんでしょうか」
「まあ、それもあやふやですよね」と、小林は巻き戻す。「でも、調べてみる価値はあると思うんですよ。もしこれが今でも採掘されているとしたら、鉱毒事件の真相が分かるかもしれませんよ」
悠真とは別の方法で如月家の名誉回復を目指そうとしてくれている。
それなのに自分は小林に隠し事をしている。
「ま、とにかく、今朝もごちそうになってんですから、僕が探りに行ってみますよ」
鳥打ち帽をかぶって掛けだしていく小林を、胸の痛みを抱えながら瑠璃は黙って送り出すしかなかった。




