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翌日、小林は精力的に動いていた。
午前中は月下の祭りについてまとめた記事を帝都に送り、昼過ぎには将一郎に取材を申し込んでいた。
三十畳はあろうかという坂巻家の大広間に通され、七三郎に付き添われた月影連隊少尉と対面した。
「このたびは私のような新人記者に時間を割いて取材に応じていただき、ありがとうございます」
「こうした広報も公務です。遠慮なくご質問ください」
軍人らしく背筋を伸ばし、将一郎は淡々と答える。
「まずは、華族の一員となられたそうで、おめでとうございます。よりいっそうのご活躍が期待できますね」
「まだ手続きは済んでいないので、記事にするのは公式発表の後にしてもらいたい」
「承知いたしました」
小林は連隊勤務についてありきたりな質問をした後、話題を変えた。
「最近噂になっている黒い霧について、少尉殿はいかようにお考えですか?」
「黒い霧だと?」と、将一郎の眉が上がる。「なんだそれは」
「帝都から戻ったばかりでご存じありませんでしたか。町では、祭りよりもこちらの話題で持ちきりですが。私が取材しただけでも、かなりの目撃者がいるようですよ」
同じ新人の立場でも詳細を知っていると含みを持たせた発言に、将一郎が初めて苛立ちを見せた。
「黒い霧だろうとなんだろうと、我々は精鋭だ。帝都におわす恐れ多き御霊を煩わせることなどあるはずがない」
「さすがは士官学校首席の少尉殿。たのもしいかぎりです。その立派なお覚悟、記事に書かせていただきます」
あからさまなお世辞に渋い表情で黙り込んだ息子の横で、七三郎が口を開いた。
「記者さんは黒い霧が鬼の仕業であることはもう聞き及んでおりますかな」
「鬼ですか」と、小林はペンを握り直した。「詳しく聞かせてもらえますか」
「月影大社の由緒にもあるとおり、月神に封じられた鬼が時として悪さをする。これは我が町に伝わる伝説です」
「まあ、どこの地方にもありそうな話ですよね」
「学のある記者さんは軽く考えておられるようだが、鬼というものは人の心に巣くう魔物。信じる者がいればそれが実在となってもおかしくはない。いやむしろ、信じるからこそ、存在するのではありませんかな」
「非常に哲学的ですね」
「なに、もっと単純なことですよ。鬼が悪事を働いている。そう人々が信じている。その迷信こそが黒い霧なのでしょう」
「なるほど。鬼は町の人の不安が具現化したもの。それを退治すれば黒い霧も消えると」
「その通り」と、七三郎は口ひげを撫でた。「せっかくですから、町の人々を啓蒙するためにも、地元の新聞に寄稿なさってはいかがかな。私から口利きをしてもいいですよ」
「本社に問い合わせてみます」と、小林は前向きな返事をした。「祭りに水を差すような不穏な噂はない方がいいですからね」
主役であるはずの自分を放置して話題が進んでいくのに耐えかねたのか、将一郎が割って入った。
「祭りにおいては軍も警備に参加することになっている」と、胸を張る。「鬼など我らが成敗してくれようぞ」
威勢のいい言葉をメモして取材を締めくくった小林はその足で電報局へと急いだ。
翌日の地元紙『月影日報』に、小林の記事が掲載された。
《黒い影は鬼の仕業か》
その見出しに続いて、鬼は人々の不安の象徴であって、文明開化を経た新しい時代にふさわしくない陋習であると、主張を述べたのだが、読者は難解な本文など目を通すことなく、扇情的な見出しに動揺するばかりだった。
「実は俺も見たんだよ」
「ああ、どこかの誰かも見たって言ってたらしいぜ」
「すんげえ角が生えてるんだってな」
噂が増幅し、拡散し、町中が鬼の話題で持ちきりとなるのはあっという間だった。
思惑通りの展開にほくそ笑みつつ、七三郎はさらに次の手を打つのだった。




