20.複腕
◆◆◆ エコレSide
重たく鈍い音が鳴り響き、目の前で翔護が殴り飛ばされる。
「しょうごさん!!」
「へへ!まずは一匹!」
複腕のオークがこちらを振り向く。その顔にはニタリとした笑みが浮かんでいた。
「お前もすぐにDPに変えてやるからな!」
オークが振り上げた太い腕は、あらぬ方向へ曲がり、使い物になりそうにないのが見て取れる。
「い、いでぇぇ!!!」
オーク自身も今、自分の身に起きた異変に気が付いたようで、遅れて痛みに声をあげる。
(な、何が起こったかは分からないけど、きっと翔護さんがやってくれたんだ。このチャンスを逃しちゃダメだ)
殴り飛ばされた方に目を向けると、翔護の肩が上下しているのが見えた。死んではいない事にホッとし、次の行動を考える。
一瞬だけ思考し、オークが痛みで怯んだ隙に距離をとり、弓で狙いを定める。
限界まで張り詰めた弓から放たれた矢が、狙い通りオークの首を目指して飛んでいく。
しかし矢が到達する直前、オークは腕を首の前に割り込ませ、首ではなく腕に深々と刺さった。
「いてぇ!ゆ、ゆるさねぇ!」
「ヒッ!」
今まで急所を射れば倒せた相手しか戦った事のないエコレにとって、激昂するオークの殺気は、身をすくませるには十分だった。
(あ、足が……動かない……)
膝が笑い思うように足を踏み出せず、その場で尻餅をつく。そんな大きな隙を待ってくれるはずもなく、オークの重い足音が近づいてくる。
するとまた罠を踏んだのか、壁から無数の矢がオークを襲う。しかし、人にとって脅威であっても、オークにとっては威力が低かったようで、歩みを止めるには至らなかった。
「くそ!なんで俺がこんな目に!」
悪態を吐きながら体に刺さった矢を抜き、こちらに向かってくる。
(こ、これだ!)
それから覚悟を決め立ち上がると、オークを罠に誘導しながら逃げ出した。
多くの罠を踏ませても矢が飛んでくるだけで、致命傷には至らなかったが、それでも少なく無い傷を負わす事に成功した。
「はぁ……はぁ……諦めろ! ここからは逃げられない!時間の無駄だ!」
「い、いやです!」
罠に誘い、距離が開けば弓を射りながら逃げる。
いつしか手持ちの矢は底をついていた。それでも諦めず罠を見極め誘い込み、後ろから追ってくるプレッシャーにも耐え続ける。
「やっと追いついたぞ」
「イタッ!」
しかし、永遠に逃げ切れるわけもなく、先に体力が無くなったのはエコレの方だった。いつの間に減速していた所をオークに掴まれてしまう。
大きな手で肩を掴まれただけで、肩が潰されたと錯覚するほどの激しい痛みが襲う。
「鬼ごっこもこれでお終いだ!」
「……えぇ、もう終わりにしましょう」
振り返りオークと向かい合う。するとオークの胸から銀色の刃物が生えた。そのまま、もたれるように前屈みに倒れるオークを横に躱した。
「ありがとう。お待たせエコレ」
倒れたオークの後ろから翔護が顔を出した。
◆◆◆ 翔護Side
今回ばかりは本当に死ぬかと思った。
エコレが機転を効かせ、ポーションで回復する時間を作ってくれなければ、2人ともやられていただろう。
「ループする罠を逆手に取るのは、めっちゃ良かった!おかげで不意打ちもできたし!」
「う、上手く行って良かったです。それで体は大丈夫ですか? それにどうやって攻撃を防いだんですか?」
質問攻めに合うのを一つ一つ答えていく。
「あれはダイラタンシー流体っていって、普段は柔らかいけど、衝撃を加えると硬くなるんだ。魔力を捏ねたら操れるようになったから、空き瓶に入れて持ってきて正解だったよ。まぁ殴られた衝撃までは消せないからこの通り、満身創痍だけどね」
ポーション使い切り、エコレが時間を稼いだおかげで歩けるまでには回復したが、蓄積した疲れは取れない。
「へへ、衝撃は消せないか」
聞こえるはずのない声が聞こえ、反射的に前に飛び出る。
何かが通った風を背中で感じ、振り返ると先ほど倒したはずの複腕のオークが腕を振り下ろした状態で立っていた。
「チッ!避けやがったか」
「な、手応えは確かにあったのに」
ひしゃげた腕は元通りになり、矢でボロボロになった体も綺麗に何事もなかったようになっていた。
「ハハッ……DPさえあれば、回復だってできるんだ。さぁリベンジマッチだ」
「あ、あぶない!」
再び繰り出される拳。ダイラタンシー流体でそのまま受け止めたのであれば、先程と同じ様に翔護にもダメージが届いてしまう。満身創痍のこの体では、次の攻撃は耐えきれないだろう。
迫る拳がスローに見え、周りの音や色さえも感じなくなる。
極限状態の中、咄嗟に液体そのものを流動させ、衝撃を斜めにずらす事で耐え凌ぐ。
「エコレ!罠の位置!」
「それでは、しょうごさんまで危険に!」
「いいから!」
エコレから聞き出した罠をわざと踏み抜く。
両サイドから飛んできた矢がオークと翔護を襲う。オークは肉体で、翔護は流体でガードする。力が無くなり音を立て地面に落ちた矢を、エコレの方へ蹴り飛ばした。
「これで援護を!」
罠の矢を補充したエコレに援護を任せ、ラストスパートだと自分を鼓舞し、流体を操作する。
元々DPが枯渇していたのか2度目の回復は無く、少しづつ確実にオークの体に傷が増えていく。
お互い決定打に欠けていたが、オークが傷を覚悟で溜めに入る。
嫌な予感がし、尽きかけてる魔力を気絶するギリギリまで使い、『粘着弾』を片足に浴びせる。
エコレも何かを察したのか、逆の膝に矢を放ちオークの動きを固定させる。
スキルを使ったと思われるオークは、バランスを崩しそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
魔力の使いすぎによる頭痛や吐き気を無視して、トドメを刺しに近づく。
「もう嫌だ!俺は何も悪くないのに!」
突然叫び出すオークに、思わず攻撃の手を止めてしまった。
「どれもこれもあいつのせいだ!あいつが俺に借金を持ち掛けなければ! こんな姿になる事も無かったのに……」
うつ伏せで倒れたオークから、嘆きの声が漏れ出す。
「……こんな姿?」
ただの時間稼ぎなのか、嘆きなのかわからないが、警戒は緩めずにオークの話に耳を傾ける。
「ああそうさ!笑えよ!ただの図体がでかいだけだったオークが、借金を返せないならって変な実験で腕を増やされたんだ!」
その話が本当なら、尚更ニャディーの借金をどうにかしないといけない。話し方からしてオークが嘘をついてるとは思えないが。
「人の計画を喋るのはー。よくないですよねー」
どこからか間延びした声が聞こえ、突風が横を通り過ぎる。
思わず瞑った目を開けると、今まで話していたオークが縦に切断されていた。
突然の出来事に、情報処理が追いつかず、遅れてオークが死んだ事を理解する。
慌てて声のした方を振り返る。そこにはメガネを掛け、質の良さそうな服を身に纏う二足歩行の猫が歩いてくる。
「おや、ケットシーを見るのはー。初めてですかぁ?」
にこやかに見える笑顔には、生前同じ職場で働いてた同僚と同じ、獲物を定めるような裏の顔が透けて見えた。




