21.魂の牢獄
「それにしてもー、人間が面白い匂いをしますねぇー。ふむ。ニャルディア君のダンジョンですか?冒険者なら殺せばいいけどー、ダンジョン関係者なら無闇に殺す訳にはいかないですねぇー」
ひとまず戦いになる事は避けそうだ。さっきの攻撃を見るに、戦えばろくな抵抗もできずに、やられていただろう。
「そうだ。はい、これ。ダンジョンコアですねぇー。良いデータが撮れたので、あげますよー。吸収すれば10万DPほどになるはずですよー」
まるでゴミを渡すように、雑に投げられたソレをキャッチする。サッカーボールほどの大きさの球体はヒビが入り、くすんだ色をしていた。
「ついでにいい事を教えてあげましょう。貴方は周囲にダンジョンが密集してると思った事はありませんかー?」
言われてみれば、徒歩圏内に2つのダンジョンがあり、少し引っ掛かりはしていたが、そういうものだと思っていた。
「あれは競い合って強いダンジョンを作るためですよー。このコアが10万DPと言うのも、最初の方では大きな価値になりますからねー。中堅になればはした額ですけど」
まるで蠱毒の様で、いい気分はしない。
しかし、ダンジョンを作った存在の思惑通り、10万もするなら他のダンジョンを狙ったり、狙われたりして、強いやつが生き残るのは理にかなっている。借金もあるならより戦いは起きやすくなるだろう。
「ニャルディア君のダンジョンにも他のダンジョンが何か仕掛けていたと思いますよ。急いで帰った方がいいかと。ダンジョンコアを壊したのでトラップも消えてますよ」
「……何故そんな事を教えてくれる」
コチラの警戒をよそに、肩をすくめる。
「ただ強い人が好きなだけですよー。それが知識でも立派な力です。あなたとはまた今度話したいですねぇー」
ケットシーに急かされる形で、オークのダンジョンを後にした。
特訓でニャディーの実力を知っている身としては、簡単にやられる事は無いと思うが、妙な胸騒ぎに駆り立てられ、エコレに頼み最短でニャディーのダンジョンへ向かった。
道中モンスターに見つかるも《水弾》を目に浴びせ、怯んだ隙に逃げる。
ダンジョンボス級の敵でなければ、避けられることもなく命中させられた。
「き、休憩しましょう!」
気が付けば辺りも暗くなりつつあった。アドレナリンで疲れを感じにくくなっていたが、戦闘でぼろぼろになった体では森の中をずっと走らせるには限度がある。
本当は休憩などせず、ニャディーの所へ向かいたいが、魔力も体力も尽きてる状態で帰っても、戦闘になったらお荷物になるだけだ。
はやる気持ちを押し殺し、野営の準備に取り掛かる。
行きとは違い、モンスターのエンカウント率は下がり、ダンジョンコアを吸収した時のDPもあるので、少しはまともな準備が出来る。
それでも節約するためモンスター避けのお香と、接近を知らせるトラップだけ《召喚》して、葉っぱを敷いた地面に横たわる。
壁や屋根は無く、雨が降れ大変だが、寝るだけならそこまで困らない。
ニャディーの事での心配や、初の野営ということもあり、気が張っていたが、いざ横になると強力な睡魔に襲われ、いつの間にか眠りについてた。
モンスターに襲われる事も無く、無事朝を迎えることが出来た。まだ肌寒さが残り、辺りも薄暗く、疲れも抜けきらない負の三拍子だが、ニャディーの危機だと自分に喝をいれ、動き出す。
しばらく森の中を歩き、順調にニャディーのダンジョンに戻ってきた。そのまま入口をくぐるとすぐに、ゴブリンの死体が転がっていた。
やはりと言うべきか、嫌な予感というもの程よく当たる。 中に進めば進むほど、死体の数は多くなり、歩く邪魔にならないよう道の端に寄せられていた。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「まだ俺が生きてるから、ニャディーも死んではいないよ」
エコレに答えるように、自分にも大丈夫だと言い聞かせる。何が起きてるか確かめるため、転移のタトゥーを使い、居住エリアに飛んだ。
視界が変わり、まず目に飛び込んだのは血まみれの冒険者だった。
鼻を突き刺す鉄の臭いに、胃から込み上げてくる酸味を押し戻す。
少し離れた所にも別の冒険者が転がっていた。
見たくない。受け入れたくないと、現実逃避する気持ちを押し殺し、目線を冒険者の近くに横たわるニャディーへ移した。
「ニャディー」
駆け寄るとニャディーはボロボロだが、幸い息はしている。
「大丈夫?!」
抱き抱えたニャディーは、少し震えていた。
「……にゃーは大丈夫だにゃ」
「良かったぁー」
無事では無いと思うが、喋れる程の元気はあるようだ。
しかし、どこか影がある気がする。
戦闘の後とはいえ、妙に疲れきっていると言うよりは、放心状態のような……。
「……ニャディー。……クロは?」
いつもニャディーの横に居たデフォルメされた熊が、今は姿が見えない。
「……」
思い出したように目を潤わせる。
それが答えのように。
悪い夢を見ているような、どこか現実とは思えない感覚が体を蝕む。
辺りを見渡すと、最初の冒険者の方に影になるような形で、冒険者の下敷きになっているクロが見えた。
「うそ……」
「……早く向かうにゃよ……。早くしにゃいとダンジョンに呑まれるにゃ。その前に生きた証を……毛を少し切り取るにゃ」
ボロボロの体で、クロの所へ向かうニャディー。
「ちょっと待ってよ! 蘇生は?!」
首を横に振るニャディー。
「DPなら10万もあるんだ! それに冒険者も倒したんでしょ? それだけあれば1人くらい蘇生できるでしょ!」
ダンジョンコアから得たDPをニャディーに渡すが、静かに頭を横にふる。
「どんなにDPがあっても蘇生はできないにゃ。ダンジョンに呑まれる前に、弔う事が精一杯にゃ」
その目には無力さが映る。
「……それなら俺がやる」
成功するかはわからないが、試さずに諦められるほど、死を受け止められていない。とことん足掻かせてもらう。
「DP全部貸してくれ」
「いいけど……。いや、よろしくにゃ」
ダンジョンがクロを呑み込むまで、あまり時間は残されていない。
何が正解か分からないため、思い付いた事を片っ端から試す。まずイメージしたのは、ゲームの復活の呪文だ。
心の中で唱えてみてるが、DPが減る気配はなくクロの反応も見られない。
すぐに諦め、次にアニメや漫画の蘇生シーンをイメージする。
反応なし。
キリストの復活、神話のイメージ。
反応なし。
ただ時間だけが流れ、次第にクロの体が透明になってく。
一瞬キョンシーやネクロマンスなど、死霊術も頭をよぎったが、死体のままでは意味が無い。
時間だけが無慈悲に流れ、目に見えて透明化が進んでいく。
(やっぱ蘇生は出来ないのか? もう体が消えかかっている……。カラダ? ……もしかして魂の問題?)
諦めが出てきたその時、ハッと閃く。
「そうだ。コペルニクス的転回だ!逆の発想だよ!」
「にゃ?」
「肉体は魂の牢獄と言う言葉がある。本質は魂という事だ!」
終始困惑しているニャディーを放置する。今は一瞬でも時間が惜しい。
「死を覆して生き返らせるんじゃなくて、死そのものを進化としての条件にするんだ」
自分でも無理やりな事はわかっているが、蘇生よりも進化させる方が可能性はあるだろう。
すぐにクロの魂を探りながら、進化のイメージを固めていく。
祈るような時間が流れ、まばたきすら長く感じるほど、時間が引き伸ばされる。
程なくして、体から何かが抜けてく感覚と共に、クロの肉体が鋭い光を放った。




