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<第4話 チートは起動したものの>


「あ、逃げた」


 僕はそれに気付いて、持ち上げてるイメージが途切れて岩を地面に取り落とした。

 どわん、と岩が落ちる音でこっちもびびる。


『移動音が遠ざかります。これまでのあの生物の行動パターンを分析したところ、62%の確率で逃走したと見てよいでしょう。しかし再襲撃がないとは言い切れません。ここにあまり長居はしない方がいいでしょう』

「そ、そっか」


 ひとまず安心してよさそうだ。


『どうしますか? 生存者のあの三名は』

「あそうだ! 助けに行っといた方がいいよな」


 僕は馬の死骸の下敷きになっていたあの女の子を助けに向かう。

 川辺なんて久しく歩いてないしサンダルだから何度もコケそうになった。

 そんで彼らの近くに辿り着いたはいいのだけど……


「や、やあ。その、えーと、大丈夫ですか?」


 にへら、と締まりのないニートスマイルで声をかけてみる。


「イレェイレイ!」


 が、思い切り警戒された。


「クヘェンレイ!」


 立ち塞がるようにしてこちらに黒い刃のナイフを向けてくる子供。

 青いおかっぱ髪で、中性的で男の子にも女の子にも見える。

 細身で背は小さく、年齢的にはまだ十歳は迎えてないように感じられた。

 でも、目つきが凄い。単に怒ってるとかじゃない。威嚇していると言った方が正しいような剣幕だ。


「うひい!? だ、大丈夫だよ! 僕は敵じゃないから」


 僕は子供相手に超びびっていた。


(うう……思えばうっかり小学校の下校時間にコンビニに行った時、何もしてないのに子供に防犯ブザー鳴らされたことあるもんな僕)

「フウウウウウ!!」


 犬歯と歯茎を剥き出しにして、まるで狂犬だ。


(あれ、狂犬っていうか……)


 ここに至って気付く。


(この人たちの耳と尻尾、装飾じゃなくてほんとに生えてない!?)


 近くに来て見てると、耳は音に反応してぴこぴこと動いてるし、尻尾も感情に併せてぴんと立ったりする。

 装飾ならこんな動きはしないはずだ。

 この少年の犬歯の鋭さも、単なる迫力がそう見せてるわけじゃなくて、実際に鋭いんじゃなかろうか。

 あんな怪物がいたり、こんな異種族がいたり。

 ってことは、やっぱり――


(ここって、ほんとに異世界なんだ……!?)

『お気づきになられましたか』


 どっかの三国志の軍師みたいなことを言われる。

 でも気付いたところで目の前の現実は変わんない。


「えっと、そのお耳可愛いですね、はは、本物なんですか?」

「クヘェンレイ! カリウラァ!」

「駄目だ言葉が全然分かんねえ……」


 助けたはいいけど助けた後のことを考えてなかった。

 ギラリと光る刃物を前に後悔する。ニートの日常は後悔しかない。


「と、とにかくその人を助けるから!」


 僕は手をかざすと、馬の死骸を持ち上げるイメージをする。

 岩とは違うけど、うまくいった。


「アオっ!?」


 三人が一様に驚いた顔をする。

 僕はそっと馬の死骸を脇に置き、その下にいた女性を自由にした。


「くっ……」


 彼女は褐色の肌のあちこちに傷を負い流血していた。

 それを、ぐっと堪えて立ち上がる。

 白銀の長髪をかき上げるように、割れかけていた木製の仮面を脱ぎ捨て、素顔が露わになる。

 そして、彼女と目が合う。


(うわ、凄いイケメンな美人!?)


 狼みたいな空色の瞳がこちらを見据えている。

 さっきの少年も目つきが凄かったけど、彼女はそれ以上だ。

 なんだか、殺気とかそういうのを通り越して、淀みのない澄んだ目っていうか。

 高潔さっていうんだろうか。そういう、怖さと美しさの狭間にある魅力が感じられた。

 堀の深い整った目鼻立ち。目元は部族の風習なのかアイラインで彩られ、より大人びて見える。

 年齢は何歳くらいなんだろう。二十代前半くらいだろうけど、日本人じゃないから判然としない。


(しかも背も高けりゃ胸もデカい!)


 ニートは三大欲求に素直な生き物である。

 大層立派な実りをたたえてらっしゃる胸にもついつい目がいってしまう。

 胸だけでなく、灰色のヒョウ柄みたいな毛皮で全身をぴっちりと締めてあるので、身体のラインが惜しみなくくっきりと浮かんでいた。

 パッと見でいえばSM女王様の着るボンテージファッションを民族衣装風にしたような感じだ。

 そこからふさふさの耳と尻尾が伸びているのだけど、とにかくエロカッコいい姿だった。


『感動中すみませんが、ファッションや異性へのアピールというより、身動きの取りやすさを追求した結果の服装ではないかと推測されます』

(夢のない話するなよ!)


 いやあ、それにしても引きこもってばっかりで久しく生身の女性なんて見てないのもあって眼福眼福。


「……タナンダッサルサンユゥ?」


 彼女が僕に向かい何か話した。

 低く、それでいて澄んだ綺麗な声だった。

 どうも何か質問したようだったけど、やっぱり分かるわけもない。

 美人に声を掛けてもらえるなんて、深夜徘徊していた時に女性警官に職質された時以来だ。

 何て言ってるのか気になる。


(なあアシュラ、スーパーAIなんだろ? あの人らの言葉翻訳できないわけ?)

『データベースにもない言語です。翻訳は現状では、難しいでしょう。あと私はスーパーAIという名ではありません。シナプス共有型統合サポートAIです』


 AIでもなんかそこは譲れないらしい。


(ああはいはい。シナモンAIね。でもマジかあ……言葉分かんないと大変だな)

『それより大変なことがあります』

(え、何さ?)

『突然に能力を使いすぎました。脳が限界を迎えそうです。安全のため間もなくあなたは意識を失います』

(は? どゆこ……と)


 そう警告された次の瞬間、スイッチが切られたみたいに僕の目の前はすとんと真っ暗になった――

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