第5話 【覚醒】
【好感度最高】の加護を作成してから、あっという間に一週間が経過した。
いよいよエマの攻略を次の段階へと進めるにあたり、この一週間で思考を煮詰めてきた新たな加護を作成する時が来た。
加護:【従者契約】
効果:対象者を自身の『従者』として契約する(奴隷契約とは異なり、対象者の意志と行動の自由は完全に保障される)
私が求めているのは、理性を奪った奴隷などではなく、対等な信頼で結ばれた頼もしい仲間だ。
ゆえに、この加護は対象者の自発的な合意を必要とする。
だが、私に対して【好感度最高】の状態にあるエマが相手であれば、断られる心配など万に一つもないという計算だった。
そしてさらに一週間後。
私はこの計画において最も重要となる、もう一つの加護の作成に着手した。
加護:【能力付与】
効果:自身が保有する能力値の範囲内で、対象者へ自由に能力を付与・強化する
他者の能力を奪い取る【能力複製】が成り立つ以上、その対義となる【能力付与】も作成可能だろうという私の見立ては正解だった。
これで、エマを真の仲間として迎え入れるための準備は完璧に整った。
午前中の激しい授業を終え、活気にあふれる食堂でエマとテーブルを挟んで向き合った。
私は周囲の雑音に紛れさせるように、意を決して切り出した。
「エマ、僕の従者になってくれないかい? 実は僕には誰にも言えない秘密の加護があってね。もし君が僕の従者になってくれるなら、その加護のすべてを打ち明けるし、君がなりたい自分へと成長させてあげることもできるんだ。どうかな?」
エマは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべ、大きな瞳でじっと私を見つめた。
「私、孤児院育ちだし友達もいないの。そんな私を気にかけてくれるアルファ君と一緒にいられるなら、従者でも何でも喜んでなるわ。」
好感度最高、恐るべしである。
「ありがとう。じゃあエマ、今から僕の加護の一つである【従者契約】を発動するよ。」
「え……? アルファ君、加護って一人につき一つじゃないの? どういうこと……?」
「しーっ! 声が大きいよ、エマ。詳しい種明かしは後でたっぷり教えてあげるからね。」
私は困惑するエマをじっと見つめ、心の中で静かに唱えた。
(――【従者契約】!)
その瞬間、エマが何かに息を呑むような素振りを見せた。
脳内で契約を承諾するか否かの意思確認が行われているのだろう。
……対象者『エマ』との従者契約が正常に完了しました……
無事に契約が成立したようだ。
さっそく彼女のステータスを覗き込んでみると、名前の欄が見事に書き換えられていた。
名前:エマ【アルファの従者】
手探りの状態ではあるものの、これで念願の『真の仲間』第一号が誕生したわけだ。
これからは私とエマの能力値を共に底上げしつつ、彼女の戦型に合った最適な加護も吟味していかねばならない。
ひとまず続けて【能力付与】の実験も試みたかったが、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いてしまったため、下校時に再び合流する約束を交わして一旦別れることにした。
すべての授業が終了し、校舎から学生寮へと続く木漏れ日の道で、エマは私を待っていた。
「エマ、明日はちょうど休日だしね。どうかな、今から少し時間はあるかい? 僕の加護の秘密と、これからのエマの能力について大切な話があるんだ。」
「ええ、分かったわ。じゃあ一度寮に行って荷物を置いてから、またここで待ち合わせましょう。」
エマと一度別れてから再合流するまでの間、私は頭の中でどこまで真実を語るべきかを静かに整理していた。
(まあ、僕の命を預ける従者になってくれたんだ。今さら隠し立てすることなんて何一つないよな。)
落ち着ける場所へ移動した私は、自分が持つ能力のすべてをエマへ打ち明けた。
エマは開いた口が塞がらないといった様子で呆然としていたが、私が複数の加護を自在に操っているという途方もない事実だけは、なんとか理解してくれたようだ。
もちろん、彼女の好意の根源である【好感度最高】の存在だけは墓場まで持っていく覚悟である。私は腹黒い男なのだ。
「……というわけなんだ。そこでエマ、君の能力値を僕のスペックの範囲内で一気に底上げできるんだけど、やってみてもいいかい?」
「なんだかちょっと怖い気もするけれど……私、アルファ君のことを心から信じているから大丈夫よ。やってみて!」
他人の肉体に直接介入する加護の使用は私にとっても初めての経験であり、正直なところ不安がなかったと言えば嘘になる。
だが理論上、失敗するリスクはないはずだ。
私はエマの現ステータスの中で、私の数値から大きく劣っている三項目に狙いを定めた。
腕力70 → 100
走力43 → 100
知力48 → 100
(――【能力付与】!)
意識を集中させ、数値を書き換えたその瞬間だった。
エマが突然、糸の切れた人形のように激しく膝から崩れ落ちたのだ。
私は肝を冷やし、間一髪のところで彼女の華奢な体を抱きかかえた。
「エマ! 大丈夫かい!? 一体どうしたんだ!?」
「わ、分からないの……っ。頭の中で誰かの声が響いて……副作用で約五時間、状態異常が発生しますって……。」
「くっ……そうか! 凡庸な肉体に無理やり高負荷の能力値を付与したから、強制的に反動が出たのか……っ。」
過剰なステータス上昇に肉体が追いつかず、重い拒絶反応を引き起こしてしまったらしい。
私は通りかかった親切な女子生徒に協力をお願いし、ぐったりとしたエマを彼女の自室まで大切に運び込んだ。
そして、明日丸一日を安静に過ごすよう強く告げて部屋を後にした。
【能力付与】の加護――。
あまりにも破格すぎる効果の反面、使用にあたっては細心の注意を払わねばならない危険な能力だと痛感した。
自分自身に作用させる【能力複製】は私の固有能力ゆえに無害だが、何の加護も持たない素身の他者へ力を分け与えるには、それ相応の代償を伴うということなのだろう。
しかし、運ばれる途中でエマが不意に漏らした言葉が、私の胸を強く締め付けていた。
「私、孤児院育ちだから失うものなんて何もないの。でもね、昔見た騎士団の英雄譚が忘れられなくて……ずっと憧れていたんだ。こんな私でも、なりたい自分になれるのかなって……。」
せっかく私を信じて従者になってくれたエマだ。
どんな代償があろうと、私は彼女を誰もが羨む最強の美しき剣士へと育て上げてみせる。
それこそが、彼女の人生を背負った私の果たすべき責任なのだから。
来週、エマの体調が完全に回復したことを確認してから、次の行動を起こすことにしよう。
そして翌週の週明け――朝の光が差し込む校庭で、エマは満面の笑みを浮かべて私の前に姿を現した。
「アルファ君! 聞いてちょうだい! 昨日まで大人しく休んでいたんだけど、なんだか体が驚くほど軽くてね、剣術の自主トレをしてみたの! そしたら、自分の動きじゃないみたいで……もう、凄いのよ! 速くて、力が溢れてきて!」
興奮を抑えきれない様子で、目を輝かせて語りかけてくるエマ。
腕力と走力が格段に上がったことで、身体能力の跳ね上がりを肌で実感したのだろう。
私自身も、初めて【基本能力倍】を使った翌朝に覚えたあの異次元の感覚を思い出し、懐かしい気持ちになった。
「ははは、良かったよ。でもエマ、前に説明した通り、この加護は使い方を誤れば命に関わる危険な力なんだ。だから、僕たちの秘密は絶対に誰にも話しちゃダメだよ。」
「ええ、分かっているわ! 絶対に秘密にするわね!」
私はエマに念を押して柔らかく微笑むと、彼女の頼もしい横顔を見つめながら、次なる仲間探しの計画へと思考を巡らせるのだった。




