第27話 【芽生】
王都イスニアの近くに広がる大迷宮。
その30階層は、入り組んだ岩肌と怪しく揺らめく燐光に包まれた危険地帯であった。
「ふふ、今日は一段と魔物が元気ですね」
ミューはおっとりと微笑みながら、手にした木製杖を軽やかに振るった。
放たれた無数の『風の刃』が死角から襲い掛かってきた巨大な岩石蜘蛛の脚を正確に切断する。
言葉なく無言で頷いたロザは、静かに身の丈を超える大剣を振り抜き、ミューの風で体勢を崩した蜘蛛を一撃で粉砕した。
二人は休日を利用して、訓練を兼ねた迷宮探索へと足を運んでいたのだった。
普段は回復や薬草調合の印象が強いミューだが、風魔法による正確無比な攻撃魔術は、前衛を務める寡黙なロザの立ち回りを完璧にサポートしていた。
二人がさらに奥の空洞へと差し掛かったその時、突如として怪しい術式の詠唱と、少女の悲鳴が響き渡った。
「嫌ぁっ! 放してください~! 私、珍しい魔力鉱石を探しに来ただけなのに~!」
「黙れ、ダークエルフの娘。お前の持つ希少な二重属性の魔力は、我ら『闇の魔導会』の生贄実験に絶好の素材だ。大人しく縛につけ!」
岩陰から覗き込むと、怪しげな黒のローブを纏った『闇の魔術士集団』が5人、怪しい紫色の拘束陣を展開し、一人の少女を追い詰めていた。
囚われているのは、深い褐色の肌に銀の髪、そして長い耳を持ったダークエルフの少女だった。
16歳という若さながら、黒の薄手な魔術衣の上からでも一目で分かるほど抜群のプロポーションを誇っている。
彼女は手にした杖から激しい火柱と風の旋風を放ち、必死に抵抗していた。
「あわわわ、火よ、風よ、あっち行って~! っあ、外れちゃいました……! きゃあぁ、陣が縮んできます~!」
火と風の魔法力はかなりの高水準であるものの、どこか動きが天然でドジな一面が見受けられる。
闇の魔術士たちが不気味な笑みを浮かべ、黒い魔力の縄で彼女の身体を拘束しようとしたその瞬間。
「『風の領域』!」
ミューが瞬時に展開した高圧縮の風の衝撃波が、闇の魔術士集団を横合いから一気に吹き飛ばした。
「な、なんだッ!? 何者だーっ!?」
「人の自由を奪い、実験の道具にするような理不尽……見過ごせません!」
ミューは穏やかな表情を一変させ、溢れんばかりの精霊魔力を杖に宿らせた。
同時に、ロザは一切の無駄口を叩かず、鋭い眼光で大剣を構えて前に出る。
短い視線でミューと意思を通わせると、ロザは鋭く息を吐きながら地を蹴った。
「『聖精の閃弾』!」
ミューが解き放った眩い光の精霊弾が空中を乱舞し、闇の魔術士たちの防御展開を次々と穿ち破っていく。
間髪入れず、一瞬で距離を詰めたロザが無言のまま大剣の腹で敵を叩きのめし、あっという間に集団を無力化した。
ミューは即座にかけ寄り、尻餅をついていた少女に手をかざした。
「『聖霊の治癒』」
温かな緑の光が降り注ぎ、少女の身体の縄目痕や魔力酔いが瞬時に癒えていく。
「ふあぁ……身体の痛いの、全部消えちゃいました! すごいです~!」
少女は目を丸くし、自分の体をパチパチと叩いて確認すると、ふんわりとした笑みを浮かべた。
「助けてくれてありがとうございます! 私の名前はシェリル! 16歳の凄腕(自称)ダークエルフ魔術士です! 悪い人たちに捕まりそうになってて困ってたんです……えへへ」
「ふふ、無事でよかったです、シェリルさん。私はミュー、こちらはロザさんです」
ロザは静かに大剣を背に納め、シェリルへ一瞬だけ淡く頷いてみせた。
おっとりと微笑むミューの優しさと、戦闘で見せた攻防一体の圧倒的な魔力、そして寡黙ながら頼もしいロザの佇まいに、シェリルは目を輝かせた。
「ミューさん……凄くて、とっても優しいお姉さんですね! 私、あんなに強い魔法と癒やし、初めて見ました!」
「さて、危険ですし地上まで一緒にお送りしますね。あの方たちは自警団に渡しておきますから」
ミューと無口なロザは倒れた敵を素早く縛り上げ、シェリルを伴って無事に迷宮の地上出口まで送り届けた。
「本当にありがとうございました! 私、用事を済ませたらまた王都に戻ってきますから! 絶対にまた会いましょうね~!」
大きく手を振りながら街の奥へと走っていくシェリル。
その豊満な胸が揺れる後ろ姿を見送りながら、ロザは静かに口を開いた。
「……天然だが、火と風の資質は本物だな」
「ええ、ロザさん。凄く素直で素敵な子でしたね。……アルファさんにも報告しておきましょう」
その夜。オメガファミリアの執務室。
「ふむ、なるほどね。イスニア迷宮の30階層で、闇の魔術士集団に囚われかけていたダークエルフの少女、シェリルを救出したんだね」
報告を聞いた私は、穏やかに微笑みながら頷いた。
「はい、アルファさん。本人は天然なところがありましたが、火と風の二重属性を持ち、魔力の質と潜在能力は極めて高いものでした。私の魔法とも相性が良く、機会があれば是非ファミリアへお迎えし、私の従者として契りを交わしたいと考えております」
「うん、ミューがそう思うなら間違いないよ。火と風の二重属性なんて素晴らしい才能だし、何よりミューの魔法やサポートとも息が合いそうだね。王都に戻ってきたら、ぜひファミリアにスカウトしてみるといいよ」
「ありがとうございます、アルファさん! 必ずやお連れいたしますね」
ミューは嬉しそうに目を輝かせた。ロザもその横で静かに佇み、私の言葉に深く一言頷いて賛同を示した。
『命を救ってくれた憧れのミューと、もっと一緒にいたい』――立ち去り際にシェリルが見せた真っ直ぐな瞳を思い出し、ミューは胸の奥で秘かな確信を抱いていた。
彼女が再び王都の土を踏むその時こそ、自らの手で【従者契約】を結び、共に高みを目指す新たな家族として迎える日になるだろうと。
こうしてミューとシェリルの主従の絆を巡る物語は、静かに芽吹き始めていたのだった。




