第26話 【契与】
オメガファミリアの規模が拡大するにつれ、幹部たちの足回りとなる存在が増えつつあった。
バッシュ率いる『黒鉄の獅子』をはじめ、先日カイが自らの右腕としてスカウトした獣人族のヒュー。
それぞれの信頼関係は強固だったが、より組織的かつ機密を守り抜く強固な仕組みが必要だと感じていた。
「アルファ様、少々ご相談がございます」
夜の執務室。カイ、エマ、ミュー、ラムダ、アモル、ロザの6人が一堂に会していた。口を開いたのは参謀であるカイだ。
「ヒューを私の従者として迎えたことで、ファミリアの諜報網は飛躍的に向上しました。しかし、今後私たちが各地域で独自の配下や従者を増やしていくにあたり、組織の統制と情報の機密保持をより強固にする仕組みが必要だと考えております」
「確かにそうね」
エマが腕を組みながら頷く。
「私やカイが個別に配下を従えるにしても、ファミリアの理念やアルファ様への忠誠を破らせないための絶対的な約束――つまり『従者契約』の術式や契りが必要になるわ」
魔人族のラムダがおてんばに胸を張って笑う。
「私の故郷の貴族社会でも従者契約はあったけど、あんなのは嫌な呪詛ばかりだったわ。アルファの力で、絶対に裏切れない最高の契約が作れないかしら?」
アモルもぴくぴくと猫耳を揺らしながら言った。
「商会としても、今後信用できる直属の部下を雇う際に、双方の信頼を証明する明確な証があれば、安心して大きな取引や機密を任せられますにゃ」
彼女たちの言葉に、私は静かに頷いた。
「なるほど。君達の懸念はもっともだ。ならば、僕の【従者契約】の力で、君達幹部全員に『従者契約』を執り行う権限と加護を付与しよう」
私は立ち上がり、デスクの前に並ぶ6人の女性たちへと歩み寄った。
「僕がこれから授けるのは【従者契約】の加護だ。これを持つ君達は、自らが認めた対象と一対一の主従契りを交わすことができるようになる。契約を結んだ従者は、主に対する裏切りや機密の漏洩が不可能な精神的防壁を得ることになる。そして各従者には同時に、主との通信ができる【念話】を付与する」
「主からの支援に、絶対の機密保持……! まさに理想的な契約の加護ですね」
カイの瞳が感銘に揺れる。
私は右手を掲げ、【付与】の加護を発動させた。
掌から解き放たれた温かくも神聖な光の粒子が室内を満たし、エマ、カイ、ミュー、ラムダ、アモル、ロザの6人の胸元へと静かに吸い込まれていく。
光が体内に溶け込むと同時に、彼女たちの身体から圧倒的な魔力の波動が揺らめいた。
「ん……なんだか、身体の奥から温かい力が満ちてくる感じがする……!」
ロザが己の掌を見つめながら、感嘆の声を漏らす。
「すごいです……! 私たち自身が『主』として、従者と魔力や意志を繋ぐ回路がはっきりと脳裏に刻まれました!」
ミューが、輝く瞳で自身の加護の芽生えを確かめる。
「ふふ、これで私も『主』としての貫禄がついちゃったかしら?」
エマが優雅に微笑み、銀髪のポニーテールを揺らすカイも凛とした表情で私に向かって深々と一礼した。
「アルファ様、素晴らしい加護をありがとうございます。これで私たちが、自らの従者と正式に契約を交わす準備が整いました」
「まずはカイとヒュー、そしてエマとソーンで『従者契約』を執り行うんだ。ミュー、ラムダ、アモル、ロザも、今後信頼できる従者を得た際は同じように契りを交わすといい」
こうして6人全員へ【従者契約】の加護が授けられた直後、そのまま執務室にて契約の儀式が執り行われることとなった。
呼び出されたのは、帝国南部都市エリスタン出身であり、亡き父の遺志を継ぐ正義感あふれる剣士ソーンと、エスクワ共和国の闇から抜け出しカイの影となった獣人族のヒューの二人であった。
加護を得たばかりのミュー、ラムダ、アモル、ロザの4人が固唾をのんで見守る中、エマが一歩前へ踏み出し、背筋をピンと伸ばしてソーンと真っ直ぐに向かい合う。
かつてエリスタンの地で、元騎士団長であった尊敬する父を暗殺され、不正や理不尽を許せない強い正義感を胸に孤軍奮闘していたソーン。
真っ直ぐすぎるがゆえに思い詰めることもあった彼だったが、アルファやエマと出会い、本当の正義のために剣を振るう道を見出した彼女の瞳には、いまや迷いは一切なかった。
エマは温かいまなざしでソーンを見つめ、静かに問いかけた。
「ソーン。あなたは私の足となり、私の剣となり、このオメガファミリアが掲げる『理不尽のない世界』のために、その正義と力を捧げる覚覚悟はありますか?」
エマの言葉に、ソーンは胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑え込むように深く息を吸うと、迷いなく右膝をつき、胸に力強く右拳を当てて頭を垂れた。
「……もちろんです、エマ様! かつて父を失い、世の理不尽に打ちひしがれていた私に、真に為すべき正義と進むべき道を示してくださったのはあなたです。この命、この剣、我が身に流れる騎士の誇りにかけて、死が二人を分かつまでエマ様とアルファ様のために捧げます!」
ソーンの真っ直ぐで誠実な言葉には、微小な偽りすら含まれていなかった。
「はい。その気高き誓いと覚悟、確かに受け取りました」
エマが右手を静かにかざすと、アルファから授かったばかりの【従者契約】の加護が眩いばかりの純白の光を解き放った。
エマの指先がソーンの額に優しく触れると、光の紋章が滑り込むように彼の身体へと溶け込んでいく。
「ぐっ……おおおおっ……!」
ソーンの全身を、エマの温かくも力強い魔力が駆け巡る。
主からの強大な意思と正義の理念が魂の深い部分で結びついていく感覚に、ソーンは感極まったように身体を震わせた。
「誓いは成されました。今日よりあなたは、私の正当なる従者です」
「御身の赴くままに……我が主、エマ様! あなたの正義の剣となりて、この命を全ういたします!」
熱い絆の光を見届け、隣に立っていたカイもまた、ヒューの正面へと向き直った。
「ヒュー。あなたも準備はいいですね?」
ヒューは相変わらず不敵な笑みを口元に浮かべ、白髪に黒のアッシュが入ったショートカットを揺らしながら、しなやかな身体を折り曲げて片膝をついた。
「へいへい、準備なんてとっくにできてるよ、カイの姉さん。……いや、『カイ様』。あたしを道具扱いする暗闇から引きずり出してくれたあんたの『影』として、どこまででもついていくさ」
「……よしとしましょう」
カイは微かに口元を緩めると、ヒューの額へ静かに手をかざした。
澄み渡る銀色の光がふたりを包み込み、精神の深層へと契約の紋章が刻み込まれていく。
直後、ヒューの獣人特有の鋭い瞳が、より一層深い輝きを宿した。
「うわ……なにこれ! 姉さんの魔力が流れ込んできて、身体がめちゃくちゃ軽いんだけど! バッチリ繋がってる……!」
驚きに目を丸くするヒューに、カイは整った所作で頷いた。
「これが【従者契約】です。言葉に出さずとも私の意図を察し、即座に動いてもらいますよ」
「望むところさ! これで名実ともに、あたしはカイの姉さんの最高の右腕ってわけだ!」
ふたつの確固たる主従の契りが交わされ、見守っていたミューたち幹部陣からも温かい拍手が沸き起こった。
こうしてアルファから6人の幹部全員へと【従者契約】の加護が授けられ、エマとカイは信頼すべき従者を得た。
オメガファミリアの組織構造は、より強固で揺るぎないものへと進化を遂げたのだった。




