第24話 【商脈】
王都の目抜き通りに新たに構えられた『オメガ商会』の代表執務室。
木製デスクの向こうで、一人で膨大な書類の山と格闘していたのは、獣人族のアモルだった。
現時点で商会に部下や従業員はおらず、店舗の運営、帳簿付け、商品の管理、顧客への対応に至るまで、アモルがたった一人ですべての業務を切り盛りしている。
普段は人間の商人となんら変わりない落ち着いた言葉遣いと洗練された仕草で商会を回している彼女だが、流石に多忙を極め、感情の起伏に合わせて頭上の猫耳と長い尻尾は忙しなく動いていた。
「ふぅ……アルファ様からいただいた商品は、相変わらず引き手あまたですね。検品も仕入れ手続きも、一人だと手が回りそうにありません……」
アモルが溜め息交じりに微笑みながら視線を向けたのは、執務室の壁際に設置された厳重な鍵と魔導鍵がかかる特注のショーケースだ。
そこには、一見すると歴史ある美術館の目玉のような神々しい光沢を放つ貴金属、精緻な彫刻が施された置物、美しい宝石が散りばめられた装飾品が整然と並んでいる。
しかし、これらの「元々の姿」をアモルはよく知っている。
元々は市場のジャンク市や廃品回収で投げ売りされていたような、錆びついた粗悪な貴金属やひび割れた壺、歪んだ古びた装飾品に過ぎなかった。
それらはすべて、主であるアルファの【設計】の加護によって、見た目は新品同様でありながら秘められた歴史と芸術性は歴史ある名匠の手による国宝級の一品へと化けた代物だった。
アモルは自身でまとめた本日のオークション結果の帳簿を確認し、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「伯爵家からの提示額は300万ギル……ですが、提示額をもう少し引き上げさせましょう。『この品は一国に二つとない歴史的逸品であり、他の公爵家からも熱烈な打診が来ている』と私が直接伝えれば、あの見栄っ張りの伯爵なら400万ギルまで積むはずです。顧客である大貴族や富豪たちは、この圧倒的な美しさと品格、そして『所有するステータス』に狂喜して相場の何十倍もの金貨を惜しみなく積み上げてきますからね」
完璧な手腕で商談と接客を一人でコントロールし、商会には連日のように莫大な利益が転がり込んでいた。
しかし、一人で切り盛りしながらもアモルは決して現状の成功に満足していなかった。
「……ですが、一人で回せる範囲にも限界がありますし、これだけではまだ不十分です」
アモルは猫特有の鋭い瞳を細め、一人思案に暮れた。
「国宝級の骨董品や高価な調度品は、確かに一回の取引で膨大な利益を生みます。ですが、顧客が一部の超富裕層や貴族だけに偏ってしまいますし、一度購入されれば次の買い替えまでに長い年月がかかってしまいます。商会としてもっと盤石で途切れのない経済基盤を作るには、日常的に消費される高級品や、これまでアプローチできていなかった新しい顧客層への販路開拓が必要です」
アモルがデスクの上で新しい構想を書き走らせていると、執務室の扉がトントンとノックされ、護衛を務める『黒鉄の獅子』のバッシュとルークが入ってきた。
「アモル代表、定期見回りと本日の商会周辺の警護配置の完了報告だ。……ふむ、何か難しい顔をして悩んでいるようだな?」
バッシュが重厚な鎧の音を響かせ、低い声で問いかけてくる。
「……ええ、オメガ商会の新しい取扱商品と、それを売り込むための新しい販路について考えていたところです」
アモルの言葉を聞き、攻撃魔術士のルークが肩をすくめて不敵に笑った。
「おいおいアモル代表、贅沢な悩みだな。部下も置かず一人で接客から帳簿付けまでこなして、貴族ども相手の高級骨董品売りだけで毎日山のようなギルを稼いでるじゃねえか。俺たち警備の立場からしても、今のままでも十分すぎるほどの成果だと思うがね」
「それだけじゃダメなんですよ。アルファ様の【設計】の力は、骨董品や武器だけに使うのはあまりにももったいないです! 例えば……市場で安く出回っている大量の粗悪な羊毛や綿を、アルファ様の【設計】で極上のシルクや王族御用達のようなしなやかな最高級生地に変えたり、そこら中に生えている安価な香草から皇室御用達レベルの極上香水や高品質な化粧品を作り出せたらどうでしょう!?」
アイデアが次々と頭の中に溢れ出し、熱を帯びてきたアモルの猫耳がピクピクと興奮気味に跳ね始める。
「生地や香水、化粧品といったコスメは、一度使ってその素晴らしさを知れば、失われるたびに何度も繰り返し購入し続ける消耗品です! これなら貴族の女性だけでなく、裕福な商人の妻、さらには価格帯を調整すれば一般層にまで爆発的に販路を広げられますにゃ!」
興奮のあまり思わず語尾に「にゃ」が混ざってしまったアモルを見て、バッシュは感心したように深く頷いた。
「なるほど……一理あるな。一発大金の骨董品だけでなく、継続して売れ続ける買い替え需要が見込める日用品か。一人でこれほどの先を見据えて商売を組み立てているとは、流石はアモル代表だ」
その時、執務室の空間がぐにゃりと歪み、転移の術によってカイとラムダの二人が姿を現した。
「ふふ、素晴らしい着眼点ね、アモル」
銀髪のポニーテールを揺らし、カイが手帳を手に持ちながら優しく微笑む。
黒髪に赤い瞳を輝かせ、おてんばに腰に手を当てて胸を張ったのは魔人族のラムダだった。
「ちょっとアモル! さっきの話、聞いてたわよ! 高級生地に最高級の化粧品だなんて、すっごく良いじゃない! 私の故郷であるハイエス共和国の貴族社会の流行や好みなら、全部私に任せて頂戴!」
ラムダはハイエス共和国の貴族家出身であったが、かつて「加護がない」という理由だけで実家から理不尽に追放された過去を持っていた。
だが、それゆえに彼女は上流貴族社会の裏事情や流行の移り変わり、そして社交界の女性たちが求める美容やドレスへの異常な執着を誰よりも熟知していたのだった。
「あんな見栄っ張りでプライドだけは高い貴族の女たちなんて、アルファ様の力で作った極上のコスメや最高級の生地を見せつければ一コロよ! かつて私を見下して追い出してきた鼻持ちならない奴らも含めて、全員オメガ商会の顧客にして、骨の髄まで金を搾り取ってやるんだから!」
悪戯っぽく不敵に笑うラムダの言葉に、カイも手帳を開きながらテキパキと計画を補足していく。
「ラムダの社交界での知識と貴族社会のコネクションを活用すれば、ハイエス共和国への販路拡大は一瞬で軌道に乗るわね。ミューの故郷であるプラディア王国への流通ルート調査も順調に進んでいるわ。アルファ様の加護によって作られた『最高級の日常品・美容品』なら、国境を越えて他国の市場すら完全に独占できるはずよ」
「カイさん……ラムダさん……! ありがとうございます! 皆さん本当に最高の仲間ですにゃ!」
アモルはパッと表情を輝かせ、語尾を跳ねさせながら嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。
その日の夜、屋敷の静かな執務室。
アモルはカイやラムダ、そして護衛のバッシュと共に、今日一日の議論をまとめた詳細な事業計画書を携えて私の元へとやってきた。
「アルファ様! オメガ商会の新たな事業展開について、素晴らしいご提案があります!」
はじめはいつものように落ち着いた言葉遣いで説明していたアモルだったが、貴族向けの高級日用品やコスメ展開、そしてラムダの知見を最大限に活かした近隣国への新たな販路開拓について語るうちに、どんどん瞳が輝きを増していった。
一人で切り盛りしてきたこれまでの貴金属などの販売に頼るだけでなく、安定した継続収入と大陸全土を網羅する流通網を築くという見事な戦略だった。
「……実に素晴らしい計画ですね、アモル。たった一人で商会を切り盛りしながら、ここまでの商才と視野の広さを見せてくれることには毎回感服させられます。ラムダの過去の知見とコネクションを前向きに活かすという点も完璧な判断です」
私が計画書から目を離し褒めたたえると、アモルは一瞬で顔を真っ赤にした。
「あ、アルファ様にそんなに褒められたにゃ……! すっごく嬉しいにゃ……!」
感極まって隠しきれない語尾を漏らしながら顔をほころばせ、誇らしげに胸を張る。
「よし、【設計】の加護を使って、さっそく試作となる最高級の絹生地と、極上の香水・化粧品のベースを作成しましょう。販路の調整と貴族層への案内はラムダとカイ、そして輸送ルートの護衛はバッシュたち『黒鉄の獅子』に任せます」
「はいっ! アルファ様のご期待に絶対添えるよう、オメガ商会をこの大陸で一番大きな商会にしてみせますにゃ!」
優秀で従順な商人の頭を優しく撫でてやると、アモルは「うにゃう……」と満足そうに目を細めて気持ちよさそうに身を委ねたのだった。
こうしてオメガファミリアの経済基盤は、彼女の類稀なる商才によって、さらなる大飛躍の時を迎えようとしていた。




