第23話 【義心】
暖かなある日、エマとカイは仕事の用件を済ませるため、城下町の冒険者ギルドを訪れていた。
活気と怒号が交錯するギルドの喧騒の中、受付カウンター付近で一際大きな揉め事が発生していた。
中心にいたのは、先日の赤髪の少女、ソーンだった。
「何度言われようと納得できません! 依頼人を騙すような真似、冒険者として絶対に認められません!」
「うるせえなDランクのガキが! ギルドの決定に文句言うんじゃねえ! 嫌なら廃業しろ!」
目元を腫らしたソーンが、悔しそうにボロボロと大きな涙をこぼしながら、それでも引かずに受付職員へ食ってかかっている。
正義感は人一倍強いが、感情があふれるとすぐに涙が零れてしまうのが彼女の性分だった。
見かねたエマが間に入り、優しくその場を仲裁した。
エマはソーンをカイに紹介し、事態を穏便に収めると、カイは持ち前の観察眼を働かせ、すぐさま彼女の身元調査へと動いた。
調査は迅速だった。
カイがもたらした報告により、ソーンの過去が明らかとなる。
彼女は帝国の南に位置する都市エリスタンの出身だった。
父親はエリスタン騎士団の団長を務める高潔な人物だったが、彼の失脚と権力を狙う不義の者たちの暗計により殺害されてしまったのだという。
騎士団長だった父を失ったことでソーンの実家は無残にも離散。
身寄りをなくした彼女は、父譲りの正義感を胸に抱いたまま単身でこの街へ流れ着き、涙を拭いながら一人で冒険者として生きていたのだった。
カイからの報告を受けた私は、彼女の過酷な境遇と折れない信念に静かに頷いた。
報告を聞いたエマは居ても立ってもいられず、すぐさまソーンの滞在する安宿を訪れた。
「ソーン、少しお話しさせてくださいね」
エマは部屋の椅子に腰掛け、まっすぐにソーンの目を見つめた。
「あのね、私たちはただの商人や冒険者ではありません。私たちが所属しているのは『オメガファミリア』――主であるアルファ様のもとで、世界の不条理や悪意と戦うための強い絆で結ばれた家族なのです」
エマはソーンの手を優しく包み込み、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私はね、あなたのことが大好きなの。実力も足りなくて、すぐに泣いてしまうかもしれない。でも、どれだけ打ちのめされても、誰かが泣いているのを見過ごせないあなたのその美しい心……それこそが、本物の戦士に必要な資質だと思うの。その正義の心を、こんな冷たい路地裏で潰させてしまいたくありません」
「エマ……様……っ」
ソーンの大きな瞳から、ボロボロと溢れ出る涙が止まらなくなった。
「私と一緒に来ませんか、ソーン。私の従者として、私と一緒に強くなって、正しい者がちゃんと報われる世界を作っていきましょう。あなたが必要なのです」
「私……私なんかが、そんな素晴らしい場所に行っていいのでしょうか……! 私、すぐ泣いちゃうし、弱くて……何もできなくて……っ!」
ソーンは溢れ出る涙と鼻水を袖で何度も拭いながら、しゃくりあげた。だが、その瞳には強い光が宿っていた。
「でも……っ! エマ様と一緒に……正しくありたいです! 私を……私を弟子にしてください……っ!」
ソーンはエマの手を両手でギュッと固く握りしめ、ボロ宿の部屋に声をとどろかせて加入を快諾したのだった。
後日、ソーンは正式に屋敷へと招かれた。
広間に集まったファミリアの全メンバーに対し、エマの従者として加入したソーンの顔見せが行われた。
緊張でガチガチになり、挨拶の途中で感動のあまりまた泣きそうになるソーンを、みんなが温かく迎え入れた。
部屋はメイド達が生活する別棟の一室が与えられ、彼女の新たな生活がスタートした。
当面の仕事内容は、エマの側について行動を共にすること、そして実力を磨くための過酷な稽古に励むことだった。
訓練場では、剣聖の加護を持つエマの容赦のない稽古が連日繰り広げられた。
何度も叩きのめされ、悔しさに涙をボロボロ流しながらも、ソーンは「絶対に強くなります!」と叫びながら必死に食らいついていった。
その泥臭くも真摯な姿を見て、私は静かに彼女へ歩み寄った。
「ソーン、よく頑張っていますね。あなたに力を授けます」
私は右手をおろしかざし、基本能力向上の加護を発動させた。
光が全身を巡り、身体構造が書き換えられていく。
強い気力で軽いだるさ程度で済んだ『黒鉄の獅子』の四人とは異なり、ソーンの場合は身体改変に伴う過酷な副作用が発生した。
「ぐっ……! あぁっ……! 痛い……熱いよぉ……っ!」
激しい高熱と激痛という「中度」の状態異常が彼女を襲い、ソーンは膝をついてボロボロと涙を流した。
だが、彼女は持ち前の凄まじい根性と父ゆえの意志の強さで歯を食いしばり、涙を拭いながら意識を保ってその試練に耐え抜いてみせたのだった。
副作用の激痛が引いた翌朝、体内の魔力と身体能力が爆発的に覚醒した。
Dランクだったソーンの潜在能力は一瞬にして『Aランク冒険者相当』へと引き上げられたのだ。
「体が……信じられないほど軽く、力が溢れてきます……! うぅ……アルファ様、エマ様……ありがとうございます……! この恩義、生涯をかけてお返しいたします……っ!」
泣き虫な顔に涙と笑顔を浮かべながら、覚醒した赤髪の騎士ソーンは、新たな力と誓いを胸に、エマの従者として逞しく歩み始めたのだった。




