第22話 【正義】
太陽が眩しく照りつける城下町の大通りは、行き交う商人や買い物客、飛び交う威勢の良い掛け声で活気に満ち溢れていた。
その華やかな雑踏の中を、エマと、ミューの二人が楽しげに歩いていた。
屋敷での日用品や夕食の食材を買い出すための外出だったが、珍しい露店を覗き込みながら会話を弾ませる様子は、仲の良い姉妹のようでもあった。
しかし、その際立った美貌と洗練された佇まいは、人混みの中でも嫌でも目を引いてしまう。
大通りの雑多な喧騒の片隅、悪質な露店や酒場が連なる路地裏の入口付近で安酒をあおっていたガラの悪い男たちが、品定めをするような下品な視線を二人に向けた。
「おいおい、見ろよ……とんでもねえ上玉が二人も歩いてるぜ」
「あの腰つきといい肌の白さといい、たまらんねぇ。極上品だ」
冒険者四人組が、ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら足早に近づき、エマとミューの進行方向を塞ぐようにして立ちふさがった。
リーダー格の男が酒臭い息を撒き散らしながら、ニヤついた顔を覗き込む。
「やあやあ、可愛いお嬢さんたち。こんなところで二人きりで買い出しかい? 俺たちと一発、景気良く美味い酒でも飲みに行こうぜ。奥の店でいい酒が入ってるんだ。奢ってやるからさぁ」
「お断りいたします。急いでおりますので、道をあけていただけますか」
エマは足を止め、氷のように冷ややかな視線と声で短く拒絶した。
だが、男たちはその冷淡な態度にかえって興奮したように下劣な笑い声を上げる。
「つれねえこと言うなよ、お姉さん。減るもんじゃねえだろ? 俺たちと楽しくおしゃべりするだけでさ。ほら、ちょっと裏の店に入ろうや」
リーダー格の男がズカズカとさらに一歩踏み込み、エマの手首を強引に掴もうと手を伸ばしてきた。
「気安く触らないでちょうだい!」
エマが咄嗟に手を引き、ミューがすかさずエマの前へと立ちはだかって、男を鋭い獣の眼光で睨みつける。
「しつこい! 嫌がってるのが分からないのですか? 」
だが、男たちは悪びれる様子もなく、二人の周りを囲むように徐々に輪を縮めてきた。
他の男たちも下品な声を上げながら、ミューやエマの薄い服越しに見える腰元へ触れようと執拗に迫る。
「可愛い口叩いてくれちゃってさぁ! そうやって強がってるのもたまらんねぇ! 照れるなって、ちょっと奥で可愛がってやるだけだって!」
「そうそう、俺たちこう見えてもCランクの冒険者様だぜ? 遊んで損はさせねえよ!」
逃げ場を塞ぐようにジワジワと距離を詰め、服の袖を引っ張り、体に触れようと手を伸ばしてくる男たち。
エマとミューは溜め息をつき、本気で身構えて腕ずくで排除しようとした、まさにその時だった。
「――そこまでだ! 嫌がっている女性に無理強いをするなど、冒険者の恥を知れ!」
静寂を切り裂くような甲高い叫び声と共に、一人の女性が路地から勢いよく割って入ってきた。
鮮やかな赤髪のショートカットを揺らし、身の丈に合わない古い剣の柄に手をかけている。彼女の名はソーン(17歳)。
Dランクの駆け出し剣士だった。
その瞳には、一点の曇りもない強い正義感が宿っている。
「なんだぁ……? このガキは……。大人の楽しみに水を差しにきたのか? 引っ込んでろ!」
「嫌がる相手を強迫し、力尽くで連れ去ろうとする無法行為を目の前で見過ごせるか! 直ちにその汚い手を放し、彼女たちに謝罪してこの場から立ち去れ!」
ソーンは二人を背中に庇うように立ちふさがり、威風堂々と男たちを喝破した。
だが、相手は数々の修羅場を潜り抜けてきた粗暴なCランク冒険者たちだ。
ソーンの気迫に一瞬気圧されたものの、彼女が胸元に付けている「Dランク」の銅プレートを目にすると、男たちは鼻で笑い飛ばした。
「Dランクのクソガキが正義の味方気取りかよ……! 身の程を知れ、ボケが!」
「くっ……!?」
男の一人が容赦なく踏み込み、ソーンの顔面に容赦のない硬い拳を叩き込んだ。
鈍い衝撃音が響き、ソーンの華奢な体が路上へ吹き飛ぶ。
彼女は鼻血を流し、唇を破りながらも、必死に剣を抜いて立ち上がろうとした。
「私は……絶対に屈しない……! 正しい者が泣きを見、悪がのさばるなど……絶対に許されないんだ!」
ソーンは痛みに耐えながら果敢に剣を振るい、男たちに飛びかかった。
しかし、実力差はあまりにも歴然だった。
彼女の稚拙な剣筋はいとも簡単に払いのけられ、みぞおちへ強烈な前蹴りを叩き込まれる。
「ガハッ……!? ぐ、ふっ……!」
「威勢だけはいいじゃねえか、このガキが!」
「調子に乗って首突っ込んでんじゃねえぞ!」
路上に倒れ込み、苦しそうに喘ぐソーンに対し、男たちは集団で容赦ない蹴りを叩き込んだ。
ソーンは肋骨を折られるような激痛に顔を歪めながらも、倒れた姿勢のままミューやエマへ手が届かないよう必死に足を掴み、泥まみれになりながら抵抗をやめなかった。
「もうやめて!」
見かねたエマが叫び、一歩前に踏み出す。
エマとミューは本来なら一瞬でこの男たちを素手で叩き潰せるほどの実力者だ。
これ以上、自分たちを庇おうとする少女が目の前で惨烈に傷つくのを見ていられず、エマは冷酷なまでに凄まじい殺気を解き放った。
「あなたたち……いい加減にしなさい」
エマの全身から膨れ上がった凄まじい圧力が、周囲の空気を一瞬で凍りつかせた。
ミューもまた、普段の愛くるしさからは想像もつかない殺気を剥き出しにし、鋭い瞳を覗かせる。
「ひっ……!? な、なんだこの化け物みたいな圧は……!?」
「くそっ……! 覚えてろよ!」
底知れぬ実力差を本能で理解した男たちは、顔を激しく青ざめさせ、蜘蛛の子を散らすように路地裏へ逃げ去っていった。
大通りに残されたのは、荒い息を吐きながら路上に横たわる赤髪の少女だった。
全身泥と血に汚れ、肘や膝は痛々しく擦りむけ、痛みに耐えるように体を丸めている。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「無茶しすぎですわ! 」
エマとミューはすぐさま駆け寄り、ソーンの体を抱き起こした。
ミューは回復魔法を即座に行使し、彼女の傷口や打撲を塞いでいく。
ソーンは霞む意識の中で、なおも二人の無事を確認しようと、震える手を伸ばしてきた。
「よ、よかった……お二人とも……お怪我はありませんか……?」
「こちらのセリフです! どうしてこんな無茶を……!」
見ず知らずの自分たちのためにボロボロになるまで体を張った彼女の純粋すぎる正義感に、エマの胸は強く打たれた。
二人はソーンを抱えるようにして屋敷へと連れて帰ることにしたのだった。
屋敷の静かな応接室。
ふかふかのソファに腰掛けさせられたソーンは、アシュレーの手によって清潔な服に着替えさせられ、温かいお茶と念入りな手当てを受けていた。
ようやく落ち着きを取り戻したソーンは、膝の上で固く拳を握りしめながら、ぽつりぽつりと自身の境遇を語り始めた。
「申し訳ありませんでした……。お二人を助けようとしたのに、返り討ちに遭ってかえってご迷惑をおかけしてしまって……」
「いいえ、お気持ちは本当に嬉しかったです。でも、どうしてあんな危険な真似を?」
エマの優しくも真剣な問いかけに、ソーンは悔しそうに唇を噛み締めた。
「私は……昔から融通が効かないと言われます。目の前で曲がったことが行われていると、どうしても黙っていられないのです。自分の実力が伴っていないと分かっていても、頭で考えるより先に足が勝手に動いてしまって……」
ソーンには、己の過剰な正義感と頑固さゆえ、相手の実力や場の状況を顧みずにトラブルへと首を突っ込んでしまう悪癖があった。
その結果、ギルドでも「面倒な奴」「トラブルメーカー」と周囲の冒険者から忌避され、パーティを何度も追放され続けていた。
現在はどのパーティにも入れてもらえず、孤立無援の状態で誰にも相手にされていなかったのだ。
「誰もが『世の中はそんなものだ』と割り切って見過ごします。でも、私は正しくありたい……強い者が弱い者を踏みにじるのを、笑って見過ごすような大人にはなりたくないんです……っ」
ソーンの目から、ポロポロと大きな悔し涙がこぼれ落ちた。
愚直で、不器用で、器用に生きられない幼い正義。
だが、その根底にある芯は、泥の中に咲く花のようにどこまでも美しく澄み渡っていた。
手当てが完全に終わり、ソーンが何度も深く頭を下げて恐縮しながら屋敷を去っていった後、エマが執務室にいる私の元へと歩み寄ってきた。
その瞳には、いつになく真剣で、揺るぎない強い意志が宿っていた。
「アルファ君。先ほど連れて参りましたソーンという少女のことですが……」
エマは少しの間を置き、私をまっすぐに見つめて言葉を紡いだ。
「あの子は不器用で、実力もまだまだ未熟です。ですが……決して折れない素晴らしい『正義の芯』を持っています。私はあの真っ直ぐな目を、この冷酷な世界に潰されてほしくありません。アルファ君……私に許可をください。彼女を私の【従者】として屋敷に招きたいのです。私自身の手で、彼女を一人前の戦士へと指導してみせます」
実力は未熟だが、濁りのない誇り高き心を持つ赤髪の少女。
エマからの真摯で熱い打診を受け、私は静かに頷くのだった。




