第3話 【旅立】
季節は巡って夏となった。
夏は一年を通して日照時間が最も長く、長距離の旅には最も適した時期である。
この世界では、夜間になると魔物たちの活動が極めて盛んになるため、陽の長い夏場の移動が最も安全なのだ。
ヴェルニ帝国の帝都イスニアに所在する、大陸最高峰の学び舎「帝国高等学院」の入学時期がこの夏に設定されているのも、そうした旅路の安全面を考慮してのことであった。
帝国高等学院とは言えども、受入れ対象は帝国国民だけに留まらない。
他国からの推薦と厳しい入学試験さえクリアすれば大陸全土からの入学が認められるため、まさに大陸各地から十四歳を迎えた若者たちが集う大イベントなのだそうだ。
私も一週間前に故郷アケロンで両親と別れ、乗合馬車に揺られながらようやく帝都へと到着した。
道中の宿場町で夜を明かす際、同じように学院の入学試験を目指す受験生たちと交流を持つ機会があったが、私が入学試験免除・学費免除・さらにお小遣いまで支給される「特待生」であることは、波風を立てぬよう内緒にしておいた。
到着した帝都イスニアは、想像を絶するほど巨大な大都市だった。
街並みを探索する楽しみは存分にありそうだったが、一歩路地に入れば容易に迷子になりそうなスケール感だ。
ひとまず「帝都に着いたら真っ先に宿を確保しろ」という宿場町でのアドバイスに従い、学院近くの宿屋になんとか部屋を確保して早めに体を休めることにした。
翌朝、長旅の揺れで痛む腰をさすりながら身支度を整え、意気揚々と学院へ向かう。
学院の正門前に到着した私は、数百人を超える入学希望者が形成する果てしない長蛇の列を目にして絶句した。
しかし、故郷を発つ際に神官様から授かった助言を思い出す。
「到着したら列には並ばず、そのまま校内の特別受付へ向かいなさい。そこが特待生の受付です。」
照りつける太陽の下、この絶望的な長蛇の列に並ばずに済むというだけでも、特待生の恩恵は絶大だった。
校内の特別受付へ向かうと、そこには豊かな胸元が目を引く獣人族の女性スタッフが座っていた。
「特待生でのご入学ですね? こちらに必要事項のご記入と、推薦人である神父様の書状の提出をお願いします。」
そう言われて差し出された一枚の書類には、以下の項目が並んでいた。
◯名前・種族
◯年齢
◯出身都市
◯加護の名前と効果
(これは……バカ正直に書かない方がいいな。いかなる加護であろうと特待生扱い、って話だったし……。)
「記入が終わりました。お願いします。」
「はい、受け取りますね。あら……? 加護は【創造】で、効果は【不明】ですか?」
やはり確認が入った。
「すみません。効果については未だに謎が多くて、自分でも探している最中なんです。大丈夫でしょうか……?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。ただ、授業の専攻などで迷うこともあるかと思いますので、不安があればいつでも学生課に気軽にお声がけくださいね。」
無事に受付を済ませることができた。
この帝国高等学院では、生徒は「一般生」と「特待生」に分かれて入学するが、入学してしまえば身分上の区別は特にないらしい。
ただし授業に関しては、特待生には「剣術・魔術・体術・錬金術・戦術」の五部門が用意されており、どの授業をどれだけ履修しても基本的に自由とのことだった。
一方で一般生は、その五部門の中から二つを専攻として選ばなければならないという制約があるらしい。
とりあえず、私は周囲の様子を見ながら柔軟に選択していくとしよう。
ちなみに、この夏までの間に【創造】の加護をいろいろと検証してみた結果、現在の私のステータスは以下の通りになっている。
名前:アルファ(人族)
年齢:14歳
職業:無職
基本能力:
腕力72 魔力00 走力64 知力74 魅力70
特殊能力:
なし
加護:
【創造】【鑑定】【基本能力倍】
【能力複製】
入学までの準備期間、色々と実験を重ねて分かったのだが、一度【創造】の加護で新しいスキルを作ると、その後一週間は再発動しない仕組みになっているようだ。
最初に二回目の発動を試した時、反応がなくて「加護が消えてしまったのか」と血の気が引いたのは良い思い出である。
そして、入学までに地力を上げておこうと考えて作成した【基本能力倍】だが、これは「一晩眠ると基本能力の数値が倍になる」という、もはや反則以外の何物でもないイカサマ加護だった。
あまりの数値の跳ね上がり方に恐怖を覚え、結局一度使っただけで封印している。
さらに試行錯誤の末に生み出したのが【能力複製】だ。
これは【鑑定】で読み取った対象者の能力をそのまま複製し、自分の能力として取り込めるという夢のような加護なのだが……どこか人の能力を盗む泥棒のように思えてしまい、気後れして未だ一度も使えていなかった。
しかし、問題は私の「魔力」が未だに「00」であるという点だ。
いくら基本能力を倍にしたところで、ゼロに何を掛け算しても「00」のままである。
今後、この恐ろしい【創造】という加護を隠し持ちながら生きていく以上、己の身は自分で守れる強さを身につけねばならない。
そのためには、まずこの「魔力00」という致命的な弱点を克服することが最優先課題だった。
入学手続きと寮への入居は無事に完了したものの、現在一般生たちは入学試験の真っ最中であり、校内への立ち入りは一時的に禁止されている。
手持ち無沙汰になった私は、帝都の街を散策してみることにした。
冒険者たちが集う場所へ行けば、多様な能力や珍しい加護を持つ者たちに出会えるかもしれない。そう考えた私は、冒険者ギルドへと足を向けた。
冒険者ギルドは帝都の中心部に位置しており、学院からも目と鼻の先であったため、迷うことなくスムーズに到着できた。
故郷アケロンにもギルドの支部はあったが、流石は帝都イスニア、建物の規模も活気も桁違いだ。
重厚な扉を押し開けると、そこには多種多様な種族の冒険者たちが溢れ返り、熱気に満ちた大空間が広がっていた。
私は目立たないよう、一番壁際の端にある椅子にひっそりと腰掛けた。
そして視界に入った一人のエルフ族の男性に向け、そっと【鑑定】を発動させてみる。
魔力:245
(!? に、二百四十五!? 100が上限じゃなかったのかよ!?)
やはり、実際に自分の目で確かめてみなければ分からないものである。
「流石にいきなり245もの魔力を複製するのは、体が破裂しそうで怖いな……。」
独り言を呟きながら店内をじっくり見渡すと、端の方に新人冒険者といった風体の二十代前半の男性が目に留まった。
(――『鑑定』。)
魔力:42
(よし、これくらいなら丁度いい!【能力複製】!)
……能力複製:魔力42を複製付与します……
自分の能力値はいつでも頭の中で確認できるため、提示された最新のステータスを覗き込んでみると、見事に「魔力42」と書き換えられていた。
そして予想通り、【能力複製】を発動したことで再びクールタイムに入り、連続使用はできないことが判明した。やはり一週間は新しい複製が使えないようだ。明日以降、経過を観察しながら仕様を確かめるとしよう。
その後、初めて訪れた大都市の人酔いもあって少々気疲れしたため、私は早めに学生寮へと戻ることにした。
だが、本日最後に試しておきたいミッションが一つ残っている。
夕食時に寮の食堂へ足を運んだ際、同じ新入生と思われる学生たちを何気なく『鑑定』してみたところ、優秀な者になると能力値が90代という化け物がゴロゴロ存在していたのだ。
いくら目立たず秘密裏に動くとはいえ、自分の身を確実に守るためには、彼らに遜色ない水準までベースの能力を引き上げておく必要がある。
夕食を終えて自室に戻った私は、ベッドに横たわりながら最後のコマンドを心の中で唱えた。
(――【基本能力倍】。)
明朝、目を覚ます頃には、それなりに頼もしい数値になっているはずだ。
さあ、明日からは待ちに待った学院生活が始まる。
勉強や訓練はもちろんのこと、可愛い女の子たちともたくさん仲良くなれるといいのだが――。




