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オメガ建国記  作者: 九十九(つくも)
第二章 組織拡大編
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第20話 【絆救】

 城下町の活気がピークを迎える午後、アモルは、オメガ商会との取引調整のため商会ギルドの裏口を訪れていた。

 書類の手続きを終え、ギルドを出ようとしたその時、薄暗い路地裏の片隅で激しい押し問答をしている男たちの声が耳に入る。


「頼む! 相場の半額……いや、三分の一でいい! 食糧の護衛でも討伐でも何でもやるから、仕事を回してくれ!」


「無茶を言うな! お前たち『黒鉄の獅子』は腕は立つが、情に流されて依頼料を勝手にまけたり、路頭に迷った孤児を助けて無償で働くから困るんだ! 先週の村の警戒仕事も、貧しい村だからとタダ同然で引き受けたろう! ギルドとしても仲介手数料が取れん商売など斡旋できん!」


 身包みを剥がされたかのようなボロボロの革鎧を着た、三十代半ばの体躯の大きな剣士が、受付の職員に何度も頭を下げていた。

 商人の鋭い勘を持つアモルは、その男たちの異質な空気と、実力に見合わない破格すぎる報酬設定に違和感を覚え、屋敷に戻るやいなや参謀役に報告した。



「――というわけです、アルファ様。アモルがギルドで見かけたその傭兵団『黒鉄の獅子』について、直ちに詳細な調査を完了させました」



 屋敷の執務室。

 参謀のカイは、知性的で冷静な光を宿した瞳で私を見つめながら、一枚の報告書をテーブルの上に滑らせた。


「結果から報告します。彼らは全員が数々の死線を潜り抜けてきたベテランですが、経営能力が皆無……正確には『人情味が溢れすぎている』ために壊滅状態に陥っています。困窮した村の警護を無償同然で引き受け、得た僅かな報酬も孤児院への寄付や貧民街への施しに消えている始末。完全に赤字経営です」


「……典型的なお人好しか」


「ええ。そして事態は極めて急を要します。明日までにギルドへの上納金と高利貸しへの返済を行えなければ、彼らは強制的に奴隷落ち……借金の担保として身売りされることが確定しています。メンバーは全員三十代の男性で四人。解散寸前どころか、人生の崖っぷちに立たされています」


 報告書を読み進めていたカイの手が、ある一行でピタリと止まった。

 カイは私に潤んだ瞳を向け、低く語りかけた。


「そして……これが最大の理由です、アルファ様。この傭兵団のリーダー、名をバッシュという男ですが――彼の出身地は、あなたと同郷の『アケロン』です」


「アケロン……」


 故郷の名を聞き、私の眉が微かに動いた。

 アケロンは厳しい風土と独自の文化を持つ帝国第二の規模を誇る都市だ。

 同郷の者が異境の地で人情ゆえに身を滅ぼし、奴隷に落ちようとしている。

 見過ごす理由はなかった。


「行くぞ、カイ、アモル。彼らのアジトへ」



 城下町の最下層、雨漏りのする薄暗いボロ宿の一室。

 ドアを叩き、私たちが室内へ踏み込むと、内部にいた四人の男たちが警戒露わに一斉に身構えた。


「誰だあんたら……? ここは見た目通りの一すさびの部屋だぞ。身ぐるみ剥ごうにも何もありはせん」


 中央で重々しい声を上げたのが、リーダーのバッシュ(35歳・剣士)だった。

 無精髭を生やし、眼光は鋭いが、その目元には隠しきれない疲弊と諦感が漂っている。

 質の良い大剣も今は質屋に入れられ、手元には手入れの行き届いた古い短剣が一本あるのみだった。


 彼の隣には、大柄で強面だが根は一番涙脆い大剣使いの副リーダー、ガゼル(34歳・大剣士)。

 後ろには、擦り切れた魔術衣を着た気弱だが緻密な魔法構築が得意な支援魔術士のジーク(32歳・魔術士)と、貧民街出身で情報収集と攻撃魔術を担当する器用貧乏なルーク(31歳・魔術士)が、身を寄せ合うように立っていた。


「バッシュですね。私はアルファです。……あなた、アケロンの西地区、赤土の谷の出身ですよね」


 私がアケロン独特の古い訛りを交えて語りかけると、バッシュの表情が劇的に変わった。

 目を見開き、一歩前へ踏み出してくる。


「なっ……!? あんた、その訛り……アケロンの人間か!? なぜそれを……いや、こんなところで同郷の奴に会うとは……」


 バッシュの強張っていた顔が、郷愁と驚きで一気に綻んだ。

 赤土の谷は、冬になれば激しい吹雪に見舞われる過酷な土地だ。だが、そこで育った人間は互いを家族のように助け合う風習がある。

 だが、すぐに彼は己のボロボロの姿を恥じるように視線を落とした。


「……すまん、不甲斐ないところを見せたな。同郷のよしみで言わせてもらうが、俺に関わらん方がいい。明日には俺たちは借金のカタに奴隷として売られる。仲間たちには……俺の身を売ってでも逃げろと言っているんだが、この馬鹿どもが聞きやがらん」


「何を言ってるんだバッシュさん!」


 後ろから、大柄なガゼルが大粒の涙を流しながら叫んだ。


「俺たちがここまで生きてこれたのはバッシュさんのおかげだ! あんたが俺たちの飢えを凌ぐために自分の装備まで質に入れたのを俺たちが知らんと思ってるのか!? あんた一人を奴隷にして俺たちだけ助かるなんて、冗談じゃねえ! 売られるなら全員一緒だ!」


「そうです……! ガゼルさんの言う通りです! 僕たちが病気になった時、薬代のために自分の報酬を全部差し出してくれたのはバッシュさんじゃないですか! 僕たち四人は『黒鉄の獅子』なんですから……っ!」


 ジークとルークも声を詰まらせ、バッシュの前に立ち塞がるように庇い合った。



 三十代のむさくるしい男たちが、本気で互いを庇い合い、涙ぐんでいる。

 カイの調査通り、彼らは救いがたいほどにお人好しで、そして固い絆で結ばれていた。


「……話は分かりました」


 私はバッシュの肩を強く叩き、カイへ合図を送った。

 カイは深く頷き、懐からずっしりと重い金貨の袋を取り出すと、傷だらけの木製テーブルの上に置いた。

 ジャリ、と重厚な金属音が響く。


「これ……は……?」


「あなた方の借金と上納金、それから質に入れた装備を買い戻すのに十分な金額です。これで身売りは免れる」


 バッシュ、ガゼル、ジーク、ルークの四人は、目の前の金貨と私を交互に見つめ、言葉を失って絶句していた。


「な、なぜだ……!? 会ったばかりの俺たちに、なぜこんな大金を投じる!? 同郷だからという理由だけで払える金額じゃないぞ!」


「タダでやるとは言っていません。条件があります」


 私はバッシュの目をまっすぐに見つめた。


「あなた方の『黒鉄の獅子』を、私の傘下に引き入れます。あなた方の腕と、その無駄なまでに熱い人情を買うのです。これからはオメガ商会に加わり荷馬車や屋敷の警備として、表立って動けない私たちの代わりに引き受けてもらいたいのです。十分にせいかできる給金も支払います」


「アルファ……あんた……」


 バッシュの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 立ち尽くしていたガゼル、ジーク、ルークの三人も、膝から崩れ落ちるように床へ伏せ、声を詰まらせて嗚咽した。


「俺たちは……仲間を救うこともできず、ただ惨めに終わるはずだった……。それをあんたは……命どころか、俺たちの誇りまで救ってくれた……!」


 バッシュは床に深く頭をこすりつけ、アケロンの男が真の主にしか捧げない最敬礼の構えをとった。


「アケロンの神と赤土の誓いに懸ける! 俺たち『黒鉄の獅子』四人の命と剣は、今この瞬間からアルファ、あんたのものだ! どんな裏仕事だろうと、地獄の底だろうと、あんたの命とあらば笑って飛び込んでやる!」


「よろしくお願いします、期待していますよ」



 こうして、三十代のベテラン傭兵四人が新たに仲間に加わった。


 豪快で頼れる剣士バッシュ、人情深く力強い大剣使いのガゼル、緻密なサポートを得意とする魔術士ジーク、機転の利く魔術士ルーク。


 彼らは即座にオメガ商会の安全な宿舎へと移され、温かい食事とまともな装備を与えられた。

 長年の実戦経験を持つ彼ら四人の加入により、Sクラスパーティとして目立つわけにはいかない私たちの「外部の実動部隊」および「屋敷の防衛線」は一気に強固なものとなったのである。


 屋敷へ戻る夜道、カイが私の隣に並び、美しい素顔をほころばせた。


「見事なご決断でした、アルファ様。彼らの義理堅さなら、裏切りの心配は皆無です。非常に信頼できる戦力を得られましたね」


「そうだな。カイ、お前も案外、情に流された顔をしていたぞ」


「ふふ……主がお優しすぎるので、参謀の私も少し影響されたのかもしれません」


 カイは照れくさそうに微笑むと、私の左腕にそっと自身の腕を絡めてきた。

 夜風が吹き抜ける城下町の中、新たな絆と確かな戦力を手に入れた私たちは、静かに屋敷へと足を進めるのだった。



挿絵(By みてみん)


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