第16.5話 【カイ日和】
「——よし、これで今の流通ルートの確認と、得意先への手数料の削減案は完了です。……ふう、お疲れ様でした、アルファ様」
カイとのデートは、オメガ商会の提携店舗の視察という、実に彼女らしい『仕事』の延長から始まった。
街の商業区を歩きながら、カイは手帳を片手にテキパキと指示を出し、問題点を一瞬で見抜いていく。
その知性と冷静さは、まさにオメガの誇る優秀な参謀そのものだった。
しかし、予定していた案件をすべて片付けると、カイはパタンと手帳を閉じた。
そして、いつもの厳しい表情を崩し、どこか照れくさそうに唇を指でなぞった。
「さて……ここからは『参謀』としての時間は終了です。事前に私が予約しておいた、最高のレストランへ参りましょう。今日は……あなたと二人でお酒を飲みたいのです」
案内されたのは、街で最も高い塔の最上階にある高級レストランだった。窓からは絶景が広がり、極上の料理とワインがテーブルを彩る。
グラスを傾けながら、カイは普段の任務の話ではなく、幼少期の思い出や、私と初めて出会った頃の思い出を静かに語った。
酒が回るにつれて、いつもは隙のない彼女の頬がほんのりと桜色に染まっていく。
店を出た後、私達はアモルが手配した貸切の高級馬車へと乗り込んだ。
車内は外の喧騒が遮断された完全な密室。
すると、カイは事務仕事中にだけ掛けているメガネを静かに外し、座席の上に置いた。メガネを外した彼女の素顔は、驚くほど可憐で、どこか儚げな美しさを秘めている。
「カイ……?」
私が声をかけると、彼女は返事をする代わりに、私の膝の上へと滑り込んできた。
いつもは完璧な指示を出す彼女が、まるで甘える子供のように私の胸に顔をうずめ、細い腕でその腰を強く抱きしめてくる。
「……アルファ様。私はいつも、あなたの隣で恥じない『参謀』でいようと、気を張っています。……ですが、この立場は時に、あなたとの間に距離を作ってしまう気がして……怖くなるのです」
顔を上げたカイの瞳には、少し酒に酔った熱と、溢れんばかりの愛着が宿っていた。
彼女は私の頬に手を添え、至近距離で囁く。
「今夜だけは……参謀の肩書も、知性も、すべて捨てさせてください。ただの『あなたの女』として……私を、ぐちゃぐちゃに乱してください……っ」
宿へ着き、部屋へ入るとカイは自分から私の首に抱きついてきた。
「参謀としての分析ですが……今夜の私は、少し理性を保てそうにありません」
少し潤んだ瞳でじっと私を見上げるカイ。
知的な雰囲気が吹き飛び、一人の愛を求める女性として、縋るように私の服の裾を掴んできた。
その必死で愛らしいギャップに胸を打たれ、私もそれ以上彼女を焦らすのをやめ、優しく唇を重ねてベッドへと押し倒した。
彼女の滑らかな肌を撫でさすり、愛の言葉を重ねるたびに、カイは恥ずかしそうに吐息を漏らしながら、固く私を抱き返してくる。
「……っ、あまり見ないでください。こんな乱れた姿、あなた以外には口が裂けても見せられません……」
翌朝、昨夜の激しさを物語るように散らかったシーツの中で、カイは顔を真っ赤にして背を向けていた。
その素顔は熱を帯びており、背中越しに伝わってくる体温が、彼女の秘めた愛おしさを何よりも物語っている。
「カイ、昨夜はとても可愛かったよ」
「〜〜っ! それ以上言わないでください! 参謀としての威厳が崩壊してしまいます……っ」
恥ずかしさのあまり枕に顔をうずめるカイ。だが、私を拒絶するように向けられた背中とは裏腹に、彼女の手はしっかりと私の手首を掴んで離さない。
私がその手を握り返し、髪に口づけると、彼女は小さく吐息を漏らし
「……今夜も、メガネを外してもいいですか?」
と、照れくさそうに囁くのだった。




