第6話 マスターの面談
「入れ」
初依頼の翌日、俺は、マスターの執務室に呼ばれた。
ギルドマスター、ドルガン=ヴェイル。元Aランクの斧使いで、リゼの父親だ。岩のような体格に、手入れの行き届いた顎鬚。執務机の書類の山の向こうから、彼は、俺の初依頼の報告書を、つまみ上げた。
「規定量の倍の薬草、遭難者一名救助、ゴブリン四体討伐。……初日の報告じゃ、ねえな、これは」
「事実を書いた」
「知ってる。お前は、嘘の書けない性分だ」
マスターは、報告書を置き、机の引き出しから、小さな革袋を取り出して、俺の前に滑らせた。中を検めると、銀貨が、二十枚。F級の初依頼の報酬としては、桁が違う。
「受け取れん。依頼票にない金だ」
「装備支度金だ。規定にある。……まあ、満額出すかは、マスターの裁量だがな」
「なぜ、満額を俺に」
マスターは、しばらく黙って、俺を見た。それから、視線を、机の隅へ逃がした。そこには、小さな肖像画が、立ててある。亜麻色の髪の女性――目元が、リゼによく似ていた。
「……昔な。俺のかみさんが、よく言ってたんだ。『灰色区から来る子には、よくしてやって』と」
「リゼの、母親か」
「ああ。リゼが五つの時に、死んだ。流行り病でな」
マスターの声は、平坦だったが、平坦さの種類が、俺のそれとは違った。俺のは、何もない平坦で、彼のは、押さえつけた平坦だ。この違いも、記録しておく。
「かみさんは、灰色区の出でも、ねえのに、妙に、あすこを気にしてた。理由を聞いても『そういう約束だから』としか、言わねえ。……で、死ぬ間際に、もう一回、言われた。だから、守ってる。それだけの話よ」
――それだけの話。
俺の口癖と、同じ言葉を、マスターは言った。そして、俺は、経験から知っている。人が、その言葉を使う時、大抵、それは「それだけ」では、済まない話だ。
「もうひとつ。仕事の話だ」
マスターは、手を組んだ。
「リゼの奴が、来月から、受付見習いの研修で、週に一度、隣町の商業ギルドまで、書類を運ぶことになった。護衛依頼として、お前を、指名する」
「F級に、護衛依頼は、出せない規定のはずだ」
「『荷物運びの補助』って、名目にする。抜け道は、俺が探す。……頼めるか」
「受ける。どのみち、あいつは、一人で歩かせると、危なっかしい」
マスターの眉が、ぴくりと動いた。それから彼は、なぜか、複雑そうな顔で、長い息を吐いた。
「……お前なあ。そういう台詞は、本人の前で、言ってやれ」
「事実の指摘は、本人の前だと、訂正の反論で、時間を食う」
「はっはっは! 違いねえ!」
何が可笑しいのか、マスターは、机を叩いて笑った。人は、事実の確認で、笑う。これも、記録しておく。
*
執務室を出ると、廊下の角で、リゼが待ち構えていた。壁に背中を貼りつけて、明らかに、聞き耳を立てていた体勢のままだ。
「き、聞いてないからね? 何にも、聞いてないから」
「そうか。来月から、週一で、隣町まで送る。以上が、用件だ」
「~~~っ、聞いてたけど!! 聞いてたけども!!」
リゼは、袖を掴んで、俯いたまま、小さく言った。
「……危なっかしいって、何よ。あたし、そんなに、頼りない?」
「頼りなくは、ない。だが、荷物を抱えると、お前は、足元を見ない。先月も、階段で二回、転びかけた」
「見てたの!?」
「ギルド内の事故報告は、下働きの仕事だった」
「もー! ……もう」
彼女は、顔を上げて、結局、笑った。
「じゃあ、来月から、よろしくね。護衛さん」
「荷物運びの、補助だ」
「あたしにとっては、護衛なの!」
廊下の窓から差す光で、彼女の青いリボンが、揺れた。肖像画の女性は、リボンをつけていなかったな、と、俺は、ふと思った。思って、例によって、記録だけした。
(次話:世界は、記録でできている。ある古株冒険者の教え。)




