第4話 ゼロの測定値
冒険者登録の試験は、三日後に組まれた。
規定では、登録は十二歳から。俺は今年、十二になる。ただし孤児は、出生の記録が曖昧なため、通常はさらに一、二年、待たされるのが慣例らしい。だが、マスターが、推薦状を書いてくれた。試験に通れば、歳の件は、特例が下りるという。
なぜ俺に、と聞いた時。マスターは、顎鬚を撫でて、少しだけ、遠い目をして、こう言った。
「……まあ、俺なりの、約束みたいなもんだ。気にするな」
約束。誰との、とは言わなかった。詮索する理由もないので、俺は、頷いた。
*
試験は、三部構成だった。筆記、実技、面接。
筆記は、手記の知識と、下働きで覚えた実務で、足りた。問題は、実技――ではなく、その前の「適性測定」だった。
「これは、測定水晶。手を乗せると、魔力量と、戦闘中の精神の揺らぎを、測る。まあ、緊張するなとは言わんが、正直に出るもんだから、楽にやれ」
初老の試験官は、そう言って、台座の上の、水晶球を示した。俺の前に受けた受験生は、三人。水晶は、それぞれ、黄色、橙、赤と、落ち着きなく明滅していた。緊張の色だそうだ。
俺が、手を乗せると、水晶は――無色のまま、動かなかった。
「……ん? 故障か?」
試験官が、水晶を叩く。反応はない。俺が手を離すと、水晶は、正常を示す青に、ぽっと灯り、俺が再び触れると、また、無色に沈黙した。
「魔力量の目盛りは……おいおい、成人の平均を、超えとるぞ。なのに、揺らぎが、ゼロ?」
試験官は、眉根を寄せて、手元の、古びた手帳を、めくった。そして、あるページで、手を止め、俺の顔と、手帳を、二度、見比べた。
「坊主。……いや、何でもない。次、実技に行け」
去り際、試験官が、小声で呟いたのを、俺の耳は、拾ってしまった。
「――ゴーレムでも、あるまいし。こんな測定値、“あの時”以来だ……」
あの時。それが、いつのことか、俺は知らない。知らないことは、記録だけして、先へ進む。
*
実技は、C級冒険者の試験官との、木剣勝負だった。一本取れれば、文句なしの合格、三分、逃げ切りでも可、という条件。
「悪いが、手加減はせんぞ。怪我しても、恨むな――」
試験官の言葉が、終わる前に。俺は、半歩、斜めに、踏み込んでいた。
足裏全体で、地面に置くように。呼吸は、中間で止める。あの日から、毎朝三百回ずつ積んだ、ヴォルフの半歩の、俺なりの再現。
「――は?」
試験官の木剣が、まだ上段にある間に。俺の切っ先は、相手の喉元、拳ひとつ手前で、止まっていた。
場内が、静まり返った。
「い、一本! ……合格!」
審判の声が、裏返っていた。見学席の隅で、リゼが、両手を挙げて、飛び跳ねているのが見えた。歓声を上げかけて、受付見習いの立場を思い出したのか、両手で口を押さえて、それでも、足だけは、跳ねていた。
(一本目で決めたのは、効率の問題だ。三分の逃げ切りより、短くて済む)
それだけの話だ。……ただ、跳ねているリゼを、見ていたら。早く終わらせたこと自体は、悪くなかったと、思った。
*
面接での問答は、ほとんど覚えていない。ひとつだけ、答えに詰まった質問があった。
「――君は、なぜ、冒険者になりたい?」
金のため。名誉のため。家族のため。模範解答は、いくらでもあるらしい。だが、俺は、嘘の申告を、好まない。書類に嘘があると、あとで、手続きが、二度手間になるからだ。
「……強くなる以外に、やることがない」
面接官たちは、顔を見合わせた。憐れむような、測りかねるような、複雑な沈黙だった。
嘘は、言っていない。俺の中は、空洞で。その空洞には、積み上げた反復だけが、詰まっている。それを取り上げられたら、俺には、本当に、何も残らない。
「……合格だ。F級冒険者、レイン。登録、おめでとう」
*
「おめでとう!! ばんざーい!!」
ギルドに戻るなり、リゼの体当たりが、直撃した。今日のは、勢いが乗っていたので。俺は、一歩引いて、受け流す――のをやめて、そのまま、受け止めた。避けると、床に転がるのは、リゼの方だからだ。
「見てた!? あたし、見てたからね、一本目のあれ! 会場中が、ぽかーんってしてた!」
「見ていたのは、知っている。跳ねていただろう」
「はっ、跳ねてないもん! ……ちょっとだけ、だもん」
リゼは、真っ赤になって、俺の胸を叩き、それから、ふと、真顔になって、俺を見上げた。
「ね、レイン。ひとつ、聞いていい? ……なんで、冒険者になろうと、思ったの?」
面接と、同じ質問。俺は、同じ答えを、返した。強くなる以外に、やることがない、と。
リゼは、怒らなかった。悲しい顔も、しなかった。ただ、少し考えてから、こう言った。
「じゃあさ。いつか『やること』が、他にも見つかったら。あたしに、一番に、教えてよ」
「……なぜ」
「一番に、知りたいからに、決まってるでしょ。約束ね。はい、指切り」
差し出された、小指の意味が分からず、三秒静止した俺に。リゼは、呆れながら、俺の小指を、勝手に絡めて、勝手に、約束の歌を歌って、勝手に、満足そうに、頷いた。
指に残った、体温を、俺は、例によって、記録した。今日の測定水晶は、俺の揺らぎを、ゼロと言ったが。この体温の記録だけは、どこか、数値にならない気がした。
それだけの話だ。……と、書き加えるまでに。昨夜より、少しだけ、時間がかかった。
(次話:初依頼。崖の下から、助けを呼ぶ声が。)




