第27話 リゼの誕生日
リゼの誕生日が近い、と俺に告げたのは、ガストンだった。
「坊主。……お前、知ってるか。来週、嬢ちゃんの誕生日だぞ」
「知らなかった。……なぜ、俺に言う」
「なぜって、お前……」ガストンは、麦酒の杯を置いて、呆れた顔をした。「はぁ。……いいか、坊主。祝ってやれ。贈り物の、一つも、してな」
「贈り物」
俺は、その概念を、帳面から、検索した。該当する経験が、ない。俺は、誰かの誕生日を、祝ったことも、贈り物を、選んだことも、なかった。前世でも、今世でも。
「何を、贈ればいい」
「そりゃあ、お前……相手の、喜ぶもんだよ」
相手の、喜ぶもの。
俺は、その日から、リゼを、"観察"した。いや――正確には、二年分の、帳面を、読み返した。
*
俺の帳面には、リゼの記録が、誰よりも、多かった。
『リゼは、青が好き(リボン以外の私物も、青が多い)』
『リゼは、甘いものに、目がない。特に、蜂蜜』
『リゼは、花を、よく摘む。だが、すぐ枯れると、寂しがる』
『リゼは、寒がり。冬、いつも、手をこすっている』
『リゼは、俺の帳面を、時々、羨ましそうに、見る。「あたしも、何か、記録したいな」と言った(三ヶ月前)』
二年分の、観察。その中に、答えが、あった。
(花が好きだが、枯れると寂しがる。記録に、憧れている。青が、好き)
俺は、決めた。
*
誕生日の、当日。
ギルドでは、ささやかな、祝いの席が、設けられた。ガストンが樽を開け、ノエルが花輪を作り、マスターが、娘のために、いい肉を、焼かせた。
「おめでとう、リゼ!」
みんなが、口々に、祝う。リゼは、照れながら、嬉しそうに、笑っていた。
そして、俺の、番が、来た。
「……リゼ。これを」
俺が、差し出したのは、小さな、包みだった。
リゼは、目を、丸くして、それを、受け取った。
「え……レインが、あたしに……? プレゼント……?」
包みを、開ける。
中身は――一冊の、小さな、帳面だった。表紙は、青。彼女の、好きな色。そして、その帳面の、間には、押し花が、挟んであった。青い、小さな花。枯れない、押し花に、加工した、花。
「これ……」
「お前は、花が好きだが、枯れると寂しがる。だから、枯れない花を。……青いのを、選んだ。お前の、好きな色だ」俺は、淡々と、説明した。「それと、帳面。……お前は、前に、記録に憧れると、言った。だから、お前専用の、帳面を。……好きなことを、書けばいい」
リゼは、その、青い帳面を、両手で、握りしめた。
そして――ぽろぽろと、涙を、こぼした。
「……っ、な、なんで、あたしの好きなもの、全部……知ってるの……」
「二年分、記録してある」
「二年……!」リゼは、涙を、拭いもせず、笑った。泣きながら。「あんた……あたしのこと、二年も、そんなに、見てて、くれたんだ……」
「観察対象、一号だからな」
「もー……! そういう言い方……! でも……」
彼女は、青い帳面を、胸に、抱いた。
「……うれしい。今まで、もらった、どんなものより。……ありがとう、レイン」
*
祝いの席が、終わった後。
リゼは、その青い帳面の、一頁目に、さっそく、何かを、書いていた。
「何を、書いてる」
「ひみつ!」リゼは、帳面を、隠した。「……でも、いつか、見せてあげる。あんたの帳面が、あたしから始まってるみたいに……あたしの帳面も、あんたから、始めるの」
――後に、俺は、知ることになる。
この、青い帳面の、一頁目に、彼女が、何を、書いたのかを。
だが、それを、俺が、読むのは。俺が、その言葉の意味に、追いつくのは――まだ、ずっと、先の話だ。
その夜、俺は、自分の帳面に、書いた。
『リゼの誕生日。青い帳面と、押し花を、贈った。リゼが、泣いた。だが、悲しい涙では、なかった。……贈り物をして、相手が、喜ぶと。俺の胸の空洞も、温かくなる。これは、"効率"では、説明が、つかない』
人に、何かを、与えて。自分も、温かくなる。
そんな、当たり前のことを、俺は、二十六年と、十二年、生きて、初めて、知った。
(次話:三年に一度の剣楽祭、開催。優勝賞品は「王都への招待」。)




