表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/40

第17話 フィノ

「とうろくを! おねがいします!」


 その日、受付カウンターの前で仁王立ちしていたのは、狐色の耳と尻尾を持つ小柄な少女だった。


 歳は俺やリゼより二つ三つ下だろう。継ぎの当たった旅装に、背丈に合わない大きな背嚢。獣人だ。この街では、数が少ない。


「え、ええと、冒険者登録ね。お名前は?」


「フィノ! 北のほうの村から来ました! 字はかけません! でも力もちで、鼻がきいて、足がはやいです!」


「じ、自己申告ありがとう。ええとね、登録には身元の保証か、住まいの届け出が要るの。宿はどこかな?」


「……やすいところを、これからさがします」


 リゼの眉が下がった。カウンター越しにも分かる。あの背嚢の中身の少なさと、頬のこけ方。数日、まともに食っていない体だ。灰色区で散々見た。俺にも覚えのある姿だった。


 俺は依頼板から今日の分を剥がし、カウンターに置いた。


「リゼ。ギルドの屋根裏部屋は、まだ物置のままか」


「え? うん、下働きの子用の部屋だけど、いまは誰も――あっ」


「規定第十二項。住み込みの下働きは、住所要件を満たす」


 リゼは目を丸くして、それから、ぱあっと顔を輝かせた。


「そうと決まれば! ちょっとマスターに話してくる! フィノちゃん、待ってて!」


 奥へ駆けていくリゼを見送って、フィノはきょとんと俺を見上げた。


「……おにいさんが、たすけてくれた?」


「規定を読み上げただけだ」


「そっかー。ありがとう!」


 フィノは笑って――それから、ふいに真顔になり、すん、と鼻を鳴らした。俺の袖のあたりで、もう一度。すんすん。


「……おにいさん、へんなの」


「何がだ」


「におい。……なつかしいにおいが、する」


「昨日は薬草の納品だった。薬草の匂いだろう」


「ちがう。もっと、おくのほう」


 フィノは小首を傾げて、自分の胸のあたりを、ぽんぽんと叩いた。


「うちの村のね、ふるい祠のにおいに、にてる。……なんでだろ。村、とおいのに」


 北の村の、古い祠。俺は例によって、意味の分からない情報を帳面の頁へ送った。獣人の嗅覚は魔力の残滓を嗅ぎ分けるという記述が、手記の余白にあったはずだ。俺の「奥のほう」にある匂い。点が、また増える。


「――お待たせ! マスターの許可出たよ! フィノちゃん、今日からここの子ね!」


 戻ってきたリゼが、フィノの手を取った。


「お風呂とごはんが先! 登録はそのあと! ついてきて!」


「ごはん!!」


 尻尾が、ぶわ、と膨らんだ。獣人の感情表出は尻尾に出る。分かりやすい。帳面の新項目にする。


    *


 その晩、食堂で三人前を平らげたフィノは、屋根裏部屋に案内される途中、俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。


「おにいさん! あのね、フィノ、きめました!」


「何をだ」


「おにいさんの、でしになります!」


「断る」


「そくとう!?」


 廊下の奥でリゼが吹き出した。フィノは尻尾を垂らしたが、三秒で復活した。


「じゃあ、でしじゃなくて、こぶん!」


「変わっていない」


「じゃあ……いもうと!」


「血縁がない」


「むずかしいなあ!!」


 頭を抱える獣人の少女を眺めて、リゼが笑いながら助け舟を出した。


「フィノちゃん、あのね。あいつはね、朝、裏庭で素振りしてるの。千回。毎日。……見学は、たぶん自由だよ」


 余計なことを教えるな、と思ったが、フィノの耳はもう、ぴん、と立っていた。


「せんかい! フィノもやる! 力もちだから!」


「……好きにしろ」


「!! いまの、いいって意味!! リゼおねえちゃん、いまの聞いた!?」


「聞いた聞いた。……ふふ。あんたの朝、にぎやかになるね」


 リゼは笑って、それから俺にだけ聞こえる声で、こそっと付け足した。


「……でも、窓からの一番の特等席は、あたしのだから。譲らないから」


 翌朝。裏庭には、木剣を構える俺と、拾った棒きれを構える狐耳の少女と、二階の窓の特等席がいた。


 千回の朝に、頭数が増えた。積むものは変わらない。ただ、朝の記録の頁が、少しだけ埋まるのが早くなった。


(次話:フィノの初依頼と、消えた村の話。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ