第17話 フィノ
「とうろくを! おねがいします!」
その日、受付カウンターの前で仁王立ちしていたのは、狐色の耳と尻尾を持つ小柄な少女だった。
歳は俺やリゼより二つ三つ下だろう。継ぎの当たった旅装に、背丈に合わない大きな背嚢。獣人だ。この街では、数が少ない。
「え、ええと、冒険者登録ね。お名前は?」
「フィノ! 北のほうの村から来ました! 字はかけません! でも力もちで、鼻がきいて、足がはやいです!」
「じ、自己申告ありがとう。ええとね、登録には身元の保証か、住まいの届け出が要るの。宿はどこかな?」
「……やすいところを、これからさがします」
リゼの眉が下がった。カウンター越しにも分かる。あの背嚢の中身の少なさと、頬のこけ方。数日、まともに食っていない体だ。灰色区で散々見た。俺にも覚えのある姿だった。
俺は依頼板から今日の分を剥がし、カウンターに置いた。
「リゼ。ギルドの屋根裏部屋は、まだ物置のままか」
「え? うん、下働きの子用の部屋だけど、いまは誰も――あっ」
「規定第十二項。住み込みの下働きは、住所要件を満たす」
リゼは目を丸くして、それから、ぱあっと顔を輝かせた。
「そうと決まれば! ちょっとマスターに話してくる! フィノちゃん、待ってて!」
奥へ駆けていくリゼを見送って、フィノはきょとんと俺を見上げた。
「……おにいさんが、たすけてくれた?」
「規定を読み上げただけだ」
「そっかー。ありがとう!」
フィノは笑って――それから、ふいに真顔になり、すん、と鼻を鳴らした。俺の袖のあたりで、もう一度。すんすん。
「……おにいさん、へんなの」
「何がだ」
「におい。……なつかしいにおいが、する」
「昨日は薬草の納品だった。薬草の匂いだろう」
「ちがう。もっと、おくのほう」
フィノは小首を傾げて、自分の胸のあたりを、ぽんぽんと叩いた。
「うちの村のね、ふるい祠のにおいに、にてる。……なんでだろ。村、とおいのに」
北の村の、古い祠。俺は例によって、意味の分からない情報を帳面の頁へ送った。獣人の嗅覚は魔力の残滓を嗅ぎ分けるという記述が、手記の余白にあったはずだ。俺の「奥のほう」にある匂い。点が、また増える。
「――お待たせ! マスターの許可出たよ! フィノちゃん、今日からここの子ね!」
戻ってきたリゼが、フィノの手を取った。
「お風呂とごはんが先! 登録はそのあと! ついてきて!」
「ごはん!!」
尻尾が、ぶわ、と膨らんだ。獣人の感情表出は尻尾に出る。分かりやすい。帳面の新項目にする。
*
その晩、食堂で三人前を平らげたフィノは、屋根裏部屋に案内される途中、俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「おにいさん! あのね、フィノ、きめました!」
「何をだ」
「おにいさんの、でしになります!」
「断る」
「そくとう!?」
廊下の奥でリゼが吹き出した。フィノは尻尾を垂らしたが、三秒で復活した。
「じゃあ、でしじゃなくて、こぶん!」
「変わっていない」
「じゃあ……いもうと!」
「血縁がない」
「むずかしいなあ!!」
頭を抱える獣人の少女を眺めて、リゼが笑いながら助け舟を出した。
「フィノちゃん、あのね。あいつはね、朝、裏庭で素振りしてるの。千回。毎日。……見学は、たぶん自由だよ」
余計なことを教えるな、と思ったが、フィノの耳はもう、ぴん、と立っていた。
「せんかい! フィノもやる! 力もちだから!」
「……好きにしろ」
「!! いまの、いいって意味!! リゼおねえちゃん、いまの聞いた!?」
「聞いた聞いた。……ふふ。あんたの朝、にぎやかになるね」
リゼは笑って、それから俺にだけ聞こえる声で、こそっと付け足した。
「……でも、窓からの一番の特等席は、あたしのだから。譲らないから」
翌朝。裏庭には、木剣を構える俺と、拾った棒きれを構える狐耳の少女と、二階の窓の特等席がいた。
千回の朝に、頭数が増えた。積むものは変わらない。ただ、朝の記録の頁が、少しだけ埋まるのが早くなった。
(次話:フィノの初依頼と、消えた村の話。)




