第12話 E級昇格と青い腕紐
「E級昇格審査、対象者、レイン!」
登録から三月足らずでの昇格審査は、支部の記録では最速だという。審査基準は実績と実技。実績は、依頼達成率百割、破損報告零件、苦情零件。実技は、D級審査官との模擬戦だった。
結果だけ言えば、三十秒で終わった。
俺が特別なことをしたわけではない。審査官は強かった。ただ、彼は模擬戦の緊張で最初の三手が硬かった。俺には緊張がない。最初の三手の間に、詰みまで運んだ。それだけの話だ。
「――ごっ、合格ぅ!! E級!! 最速昇格ですっ!!」
読み上げたのは受付のリゼだった。規定では淡々と読み上げる場面だが、彼女の声はギルド中に響き渡り、語尾が完全に裏返っていた。読み上げた本人が真っ赤になって俯き、酒場の古株たちがどっと笑った。
「嬢ちゃん、身内の欲目が声に出てるぞ!」
「ちちち違います! 規定の音量です!」
ガストンが麦酒の杯を掲げて、俺に向かって顎をしゃくった。
「坊主、最近、依頼板の右下が綺麗に片付いて助かるって、薬師と農家が言ってたぜ。……ま、なんだ。おめでとうさん」
「達成率の話なら、依頼の説明書きが正確だったおかげだ」
「そういうとこだぞ、と嬢ちゃんなら言うんだろうな」
言われた。今朝も言われた。なぜ分かるんだ、この男。
*
その晩、ギルドの食堂の隅で、ささやかな祝いの席が設けられた。と言っても、リゼが勝手に席を確保し、マスターが勝手に肉を焼かせ、ノエルが勝手に泣きながら乾杯の音頭を取っただけだ。
「兄貴のE級昇格を祝してぇ……! かんぱーい!!」
「兄貴はやめろと言っている」
宴もたけなわになった頃、リゼが俺の隣の席に滑り込んできて、小さな包みを机の下からそっと押し付けてきた。
「……はい、これ。昇格祝い」
包みの中身は、青い腕紐だった。細い革紐に、見覚えのある青の飾り紐が丁寧に編み込まれている。リボンの補修用に買った、あの余りだ。
「利き手と逆に着けるの。ほら、貸して」
返事を待たず、リゼは俺の左手首を取って、腕紐を結び始めた。彼女の指先が手首の内側に触れるたび、脈の位置に体温が乗った。
「編むの、三回失敗したんだから。感謝しなさいよね」
「対価は」
「い・ら・な・い。贈り物っていうの、これは。……それにね」
結び終えた腕紐の上から、リゼは俺の手首を両手で包むように、一瞬だけ握った。
「あんた、依頼でどんどん遠くに行くようになるでしょ。あたしは受付だから、ついていけない。だから――代わりにこれが、ついていくの。あたしの代わり。いい?」
「……効率で言えば、紐に護衛能力はない」
「あーもう! そういう話じゃないってば!」
「だが」
俺は左手首を持ち上げて、結び目を見た。青。彼女のリボンと同じ色。
「受け取る。悪くない」
リゼは目を見開いて、それから、口元を両手で覆った。指の隙間から、耳まで赤いのが見えていた。
「~~~っ、そういうことを、真顔で言うなあ……!」
*
その夜から、妙なことがひとつある。
腕紐を着けて眠った夜は、白い部屋の夢を見ない。
素材は革と絹糸。魔力反応はない。ただの紐だ。原理の説明がつかない。偶然として処理するには、以後の再現性が高すぎた。
帳面に、俺はこう書いた。
『青い腕紐。着用夜の白い部屋の夢、発生数零。素材に魔力なし。原理不明。――ただし、外す理由もなし』
最後の一文は、記録として必要だったかどうか、自分でも分からない。分からないが、消さなかった。
(次話:はじめての護衛任務。小川で、手を。)




