第10話 リゼの帳面(幕間)
※今回は、リゼの視点でお届けします。
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お父さんは知らないけど、あたしも帳面をつけている。
受付の練習用って言って買ってもらったやつ。最初の三頁だけ本当に受付の練習で、あとは全部、あいつのことだ。
『今日のレイン。素振り千回。八百回過ぎたあたりで、ちょっとだけ首をかしげてた。うまくいかない日の癖。夜ごはん、ちゃんと食べたか確認すること』
『今日のレイン。弁当のパン、焦げた方が「いい」って言った。今度からわざとちょっと焦がす』
『今日のレイン。ギルベルトに犬って言われても平気な顔してた。あたしが代わりに怒った。あいつは「非効率だ」って言った。ばか』
我ながら、乙女の日記がこれでいいのかとは思う。
でも、仕方ないのだ。あいつは自分のことを何にも言わない。言わないんじゃなくて、たぶん、言うための言葉を持ってない。だから観察して、記録するしかない。あいつが自分で気づかない分まで、あたしが覚えておくしかない。
――だって、あたしには視えるから。
これは誰にも言ったことがない。お父さんにも。
あたしは、人の「色」がなんとなく視える。正確には、視えてしまう時がある。嬉しい人はあったかい色。怒ってる人はちりちりした色。嘘をつく人は、色が濁る。小さい頃はみんなそうなんだと思ってた。違うって気づいてからは、黙ってる。気味悪がられるのは、やだから。
リボンを着けてると、色はほとんど視えなくなる。だから楽。お母さんはたぶん、それを知ってて、これをくれた。
でもね。
レインだけは、リボンを着けてても、視える時がある。
あいつの色は、へんだ。いつもは何にもない。ほんとうに、何にも。夜の窓みたいに真っ暗で、最初に見た時は、こわくて泣きそうになった。人の形をしてるのに、色がないなんて。
だけど、ずっと見てたら、わかった。
真っ暗な窓の、いちばん奥。ろうそくの火よりもっと小さい、豆粒みたいな光が、たまに、ちらっとゆれる。
あいつが素振りを終えて空を見上げた時。あたしの弁当を食べてる時。あたしが「わかるんだから」って言った時。
ゆれるのだ。ちいさく、ちいさく。
だからあたしは、毎朝窓から見てる。あの光が今日も消えてないか、確認してる。消えそうなら、あたしが騒いで、袖をつかんで、弁当を押しつけて、ゆらしてやる。
『今日のレイン。橋の上で「また来てもいい」って言った。……光、今までで、いちばんゆれた』
その行を書いたあと、あたしは帳面に顔を押しつけて、しばらくじたばたした。
いつか、あの窓ぜんぶに、あかりが灯ればいい。
そのときあたしは多分、世界でいちばん先に、それを見つけるんだ。毎日見てるんだから、当然でしょ。
――約束、覚えてるからね。レイン。
『やること』が見つかったら、一番にあたしに教えること。
(次話:白い部屋の夢。あの匂いは、どこの匂いだ。)




