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第176話:第零格納庫の攻防(後編)

「撃て! 一斉掃射だ! あのドワーフからハチの巣にしろ!」


 敵の魔導師部隊の指揮官が叫び、数十人による一斉詠唱が完了する。


 猛烈な吹雪、鋭利な岩槍、そして爆炎の連弾が、先頭を走るガンドへと殺到した。


「甘ぇな! そんなチャチな魔法で魔導師を名乗ってんじゃねぇ!」


 ガンドは足を止めると、肩に担いでいた巨大なスパナを片手で構えた。


 ドワーフ王家には、他国から恐れられる奥義がある。


 クールタイムこそ長いが『金属製の武器であれば、いかなる質量・形状であっても自在に手元へ戻すことができる』という、物理法則が目をひん剥いて殴りかかるようなデタラメ技だ。


「見せてやるよ! ドワーフ王家の秘伝をなァ!」


 ガンドは凄まじい腕力で、巨大スパナを横薙ぎに全力でぶん投げた。


「『王家秘伝・鋼鉄回帰刃(アイアン・ブーメラン)』!!」


 ギュルルルルルルッ!!


 不気味な風切り音と共に、巨大な鉄の塊がプロペラのように高速回転しながら魔法の弾幕へと突っ込む。


 炎も、氷も、岩も、圧倒的な質量の前では紙クズ同然。スパナは魔法をすべて粉砕しながら、魔導師の群れへと飛び込んだ。


「ぎゃあぁぁぁっ!」


「ひぃっ! ス、スパナが飛んできたぁぁ!?」


 ドゴォォォォォンッ!!


 先頭にいた十数人の魔導師たちをボウリングのピンのように一撃で吹き飛ばすと、巨大スパナは空中で滑らかな弧を描き、そのままガンドの分厚い手の中へとスッポリ戻ってきた。


 あまりにも理不尽な光景に、背後に続く王子たちも思わず苦笑する。


「相変わらずデタラメな技だな!」


「あんなの食らったら、麺どころか骨まで粉々だね」


 カイザルとルシアンが、飛んでいく敵兵を見送りながら肩をすくめる。


「へっ! まだまだ行くぜ! 師匠には指一本触れさせねぇよ!?」


 ガンドの先制攻撃により、敵の陣形は完全に崩壊した。


「ひ、ひぃっ……! 相手は王子だぞ!?」


「関係あるか! 我々は枢機卿の命を受けている! 邪魔するなら王族だろうと排除する!」


 魔導師隊長が半狂乱になって叫んだ。


 彼らには後がない。ここで引けば、任務失敗の責を問われて処刑されるだけだ。


 ならば、数に物を言わせて押し切るしかない。


「撃て! 撃ちまくれ! 相手はたったの5人だ! 装備もない我々と同じ生身だぞ!」


 数十人の裸の魔導師たちが、やけくそ気味に魔力を練り上げる。


 晶の防衛システムによって杖を奪われ、制御を失った魔力は暴走気味に膨れ上がり、不格好な炎や雷となって王子たちに殺到した。


「「「死ねぇぇぇッ!!」」」


 雨あられと降り注ぐ魔法の弾幕。


 だが。


「……五月蝿うるさい」


 ヴォルフが前に出た。


 彼は魔法を避けるどころか、大きく息を吸い込んだ。


「失せろぉぉぉッ!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!


 物理的な衝撃波すら伴う、凄まじい咆哮が轟いた。


 それは単なる大声ではない。生物としての格の違いを魂に刻み込む、王者の叫び。


 【野生の咆哮(ウォー・クライ)】が発動した。


 空気が震え、飛来していた火球がかき消され、魔導師たちが「ヒィッ!?」と白目を剥いて硬直する。


 広範囲スタンが戦場を制圧した。


「隙だらけだぜ」


 硬直した敵陣に、赤い旋風が突っ込む。


 カイザルだ。


 彼の全身から、赤黒いオーラが立ち上っている。


「神様への懺悔は済ませたか!?」


 ギロリ。


 カイザルが眼光を飛ばしただけで、数人の魔導師が泡を吹いて倒れた。


 クレーマーの行列すら瞬時に整列させるその威圧感は、半裸の兵士たちには劇薬すぎる。


 さらに、カイザルは巨大な戦斧を振りかぶった。


「消し飛べ! 【竜尾薙ぎ(ドラゴン・クリーヴ)】ッ!!」


 ブンッ!!


 カイザルの巨斧が唸りを上げた。


 ドラゴンの巨大な尻尾による一薙ぎを彷彿とさせる、暴力的な一撃。


 ガード不能の横薙ぎから生み出された物理的な破壊力が、凄まじい衝撃波となって走り、前列にいた魔導師たちをまとめて吹き飛ばす。


 人間離れした怪力と帝王としての覇気が、敵がなけなしの魔力で張った障壁ごと粉砕していく。


「安心しろ、平打ちだ。無益な殺戮はやめろと姐さんから言われてるからな」


「ちっ、化け物どもめ……! 詠唱だ! 広範囲魔法で……」


 後方の魔導師たちが、慌てて呪文を唱えようと口を開く。


 だが、その言葉が紡がれることはなかった。


 ヒュヒュンッ!


「……遅いよ」


 高台に位置取ったエルウィンが、冷ややかに弓を構えていた。


 彼が放ったのは、目にも止まらぬ二本の矢。


 放たれた無刃矢(むじんし)は、詠唱しようとした魔導師たちの眉間に正確に飛び込み、彼らの意識を奪う。


 殺しはしない。だが、詠唱は封じる。


 エルウィンは次々と矢をつがえる。


 魔力の収束する指先、踏ん張ろうとした足の甲。


 急所を外した「無刃矢」の射撃が、雨のように降り注ぐ。


 さらに矢には精霊の力が宿り、物理的な矢でありながら魔導障壁すら貫通していく。


「ひ、ひぃぃぃッ! 勝てない……! 近づけない!」


 遠距離からはエルウィンに狙撃され、近づけばヴォルフとカイザルのスタンと横薙ぎが待っている。


 敵の戦線は崩壊しつつあった。


 そんな中、戦場の後方では、静かに、しかし油断なく確実に守りを固める者がいた。


「第一小隊、散開! 鼠一匹たりとも、このラインを越えさせてはなりませんわよ!」


 シャルロットが扇子を振るい、的確な指示を飛ばしていた。


 彼女の指揮の下、アステル家の私兵団が迅速に展開し、崩れ落ちたセシリアと第零格納庫の入り口を鉄壁の守りで固める。


 シャルロットは、膝をつくセシリアの元へ歩み寄り、その肩を優しく抱いた。


「……よく耐えましたわね、セシリア」


「シャルロット様……」


「貴女が命懸けで守ったこの場所、ここからはわたくしが引き受けますわ。……安心してお休みなさい」


 シャルロットの言葉に、セシリアの瞳から涙がこぼれる。


 前線で暴れ回る王子たちと、後方を鉄壁に守る領主の娘。


 その完璧な布陣に、残った魔導師たちはパニックに陥り、出口を求めて逃げ惑う。


 だが、その退路には、最も華麗で、最も危険な男が立っていた。


「おや、ダンスのパートナーをお探しかな?」


 ルシアンが優雅に微笑む。


 彼の周囲には、目眩がするほど濃厚な薔薇の香りが漂っていた。


 【薔薇の牢獄(ローズ・ジェイル)】。


 香りを吸い込んだ敵兵たちは、目に見えぬ茨の檻に閉じ込められたかのように自由を奪われ、戦意を削がれ、足元がおぼつかなくなる。


「くそっ、囲め! 殺せ!」


 半狂乱の魔導師たちが、無茶苦茶に魔法を放ちながらルシアンに殺到する。


 彼はレイピアを構え、ステップを踏んだ。


 それは剣術というより、舞踏だった。


「【薔薇の輪舞曲(ローズ・ワルツ)】」


 シュバババババッ!!


 ルシアンの姿がブレる。


 敵の弾幕を紙一重で回避しながら、すれ違いざまに連撃を叩き込むカウンターの嵐。


「ぐわぁぁぁっ!?」


 一瞬にして十数人が崩れ落ちる。


「……ふぅ。マントが汚れてしまったな」


 こうして、敵は全滅した。


 パンツ一丁の魔導師団数十名が、たった5人の王子によって、文字通り「手も足も出ずに」制圧されたのだ。


「す、すごいです……」


 セシリアが、シャルロットの影でへたり込んだまま呆然と呟く。


 あれほど苦戦した魔導師部隊が、ものの一分足らずで壊滅させられたのだ。


 これが、各国の頂点に立つ者たちの実力。


 そして何より、アキラの下で「ブラック労働(しゅぎょう)」を積んだ彼らの連携は、完璧だった。


「終わったな」


 ヴォルフが拳についた返り血を拭い、乱れぬ呼吸のまま言った。


 その防御力と【超回復(ハイ・リジェネ)】のおかげで、彼には疲労という概念がないらしい。


 カイザルも巨大な斧を担ぎ直し、周囲を睥睨(へいげい)する。


 彼のスキル【鉄壁号令(アイアン・コマンド)】のおかげか、味方で深傷(ふかで)を負っているものはいない。


「立てるかい? セシリア嬢」


 ルシアンが手を差し伸べるが、シャルロットがその手前でパンッ! と扇子を開いて遮った。


「結構ですわ、ルシアン殿下。女性の扱いはわたくしの方が心得ておりましてよ?」


「おっと、これは失礼」


 ルシアンが肩をすくめる。


 シャルロットは優しくセシリアの腕を取り、その体を支えるようにして立たせた。


「感謝いたします……シャルロット様、皆様……」


「礼には及ばないよ。……アキラは、我々にとっても大切な人だからね」


「それにしても、フローラ嬢には感謝しなきゃな。彼女のアナウンスがなければ今ごろアキラ殿は……」


 エルウィンは戦慄しながら十数分前のアレを思い出していた。


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