第175話:第零格納庫の攻防(中編)
「……私の庭で、随分と好き勝手をしてくださいますのね?」
放たれた銃弾に、魔導師たちが驚いて振り返る。
瓦礫を踏み越えて現れたのは、深紅のドレスを纏い、孔雀の羽の扇子を武器のように構えた令嬢――シャルロット・ヴァン・アステルだった。
彼女の背後には、アステル家の紋章を掲げた精鋭の私兵たちが、発煙する銃と剣を構えて雪崩れ込んでくる。
「シャ、シャルロット様……!?」
セシリアが涙声で名を呼ぶ。
「遅くなりましてよ、セシリア。……よく持ちこたえましたわ」
シャルロットは優雅に、しかし絶対的な覇気を持ってセシリアと敵の間に立った。
そして、扇子をバチッと閉じて、敵の隊長――パンツ一丁の中年男を、汚物を見るような目で見下ろした。
「そこをどきなさい、ハイエナども。……それにしても、なんと浅ましい。下着姿でレディを囲むなど、まるで変質者ではありませんか?」
「なっ……!?」
図星を突かれた敵が赤面して狼狽える。
シャルロットはさらに一歩前に出て、隊長を冷たく睨みつけた。
「奥にいらっしゃるアキラ様は、我がアステル領が誇る最高の発明家であり……私の『獲物』ですわ。貴方たちのような薄汚い変質者が触れていい相手ではありませんことよ!」
「領主の娘だと!? 教会に逆らう気か!」
敵が色めき立つが、シャルロットは不敵に微笑んだ。
「あら、奇遇ですわね。逆らおうとしているのは私だけではありませんわよ?」
彼女の言葉を合図にするかのように、上空を覆うような巨大な羽ばたき音が響いた。
ガシャァァァンッ!!
天井の強化ガラスが砕け散る。だが、巨大な質量が着地するより一足早く、空いた大穴から甘いバラの香りを伴う風と共に、一人の男が優雅に舞い降りた。
髪をなびかせ薔薇の花びらを撒き散らす王子、ルシアンだ。
「やあ。アステルの姫君が露払いとは、贅沢な前座だね。……だが、あんなむさ苦しい裸の男たちに囲まれるのは、君の美学に反するだろう? ここは僕に任せたまえ」
「ル、ルシアン殿下……!?」
セシリアが震える声でその名を呼ぶ。
ロゼ王族だけが纏うことを許された純白のマント。甘いマスクに浮かぶ余裕の笑み。
それは、絶望的な戦場にはあまりに不釣り合いな、舞台劇の主役のような登場だった。
「待たせたね、セシリア嬢。……そして、ようこそ不届き者諸君」
ルシアンの碧眼が、氷のように冷たく細められた。
「愛しの君アキラが眠る場所を土足で荒らす、そんな無粋な輩に、死の舞踏をプレゼントしよう」
「な、なんだ貴様は! どけッ!」
下着姿の魔導師隊長が激昂し、魔力を練り上げる。
だが、頭上から、呆れたような声が降ってきた。
「おいおいルシアン。ワイバーンから勝手に飛び降りて、美味しいところを独り占めか? 抜け駆けは感心しねぇな」
ドガァァァンッ!!
ルシアンに遅れること数秒、巨大な影が隕石のように降り立った。
瓦礫を巻き上げて着地したのは、王子たちを乗せて空を駆けてきたワイバーンと、その主である男。
鋼鉄の鎧に身を包み、身の丈ほどもある巨大な処刑用戦斧を片手で軽々と担いでいる。
軍事大国『マカバリ・ヤシオ帝国』の第一皇子、カイザルだ。
「ハハハッ! ここか! ここが姐さんの寝室か! まったく、騒がしい寝室だなぁ!」
カイザルは豪快に笑いながらワイバーンを降りた。
だが一歩踏み出した瞬間、彼の表情は豹変し、死神のような圧倒的な覇気で敵兵たちを威圧した。
「おまえら、パンツ一丁で姐さんの寝込みを襲うたぁ……死ぬ覚悟は出来てんだろうな、あ!?」
「ふん、野蛮な筋肉ダルマは黙っていろ。……美意識が腐る」
同じくワイバーンの背から、音もなくふわりと舞い降りたのは、長い耳と翡翠色の瞳を持つ美青年。
エルフの国『エメラルド・フォレスト』の第二王子、エルウィンだ。
彼は愛用の世界樹の枝で作られた剛弓を引き絞りながら、絶対零度の視線を半裸の男たちに向けている。
「風の精霊が泣いているよ。……こんな醜悪な男たちの肌など、見たくもないとな」
そして。
最後の一人は、ワイバーンから凄まじい脚力で跳躍し、セシリアの背後に音もなく立っていた。
「……大丈夫か、セシリア」
低い、獣のような唸り声。
銀色の髪と、獣の耳。そして、極寒の地でも鍛え抜かれた肉体を晒す、野性味あふれる青年。
獣人国『ホワイト・ファング』の第三王子にしてポチの兄、ヴォルフだ。
「手酷くやられたようだな。……だが、よく耐えた。俺の姉御を守り抜いたこと、称賛に値する」
ヴォルフは懐から回復薬を取り出し、セシリアに手渡した。
無骨だが、その仕草には戦士への敬意が込められている。
「皆様……! どうしてここに……!?」
セシリアは涙ぐんだ。
この世界の次代を担う4人の王子たちが、勢揃いしているのだ。
「そんなの決まっているだろう。……アキラの危機を聞きつけたからさ!」
ルシアンがレイピアを掲げる。
その言葉に、他の王子たちも不敵に笑って頷いた。
「さあ、賊どもよ! ここから先は、我々『王』が相手……」
「ちょっと待ったぁ!!」
その時、入り口側から、野太い声が響いた。
「おいおい! 『4人』じゃねぇだろ! 俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
油と泥にまみれ、巨大なスパナを肩に担いだドワーフ――第一王子ガンドが、ニヤリと笑って歩み出てきた。
「ガンド殿! 無事だったか!」
「へっ、お前ら空からド派手に登場しやがって。こっちは地下で暗殺部隊に切られた配線を繋ぎ直してたってのによ!」
「ハハハ! 厨房じゃ麺茹で担当のお前が、今日は裏方の『仕込み』ってわけか!」
カイザルが豪快に笑い、エルウィンもふっと口元を緩める。
「メイン電源がなけりゃ、師匠が眠るポッドが止まっちまうからな! だが、復旧は終わった。……ここからは、俺も最前線に混ぜてもらうぜ!」
ガンドがスパナを構え、4人の王子たちの横に並び立つ。
華麗なる4人の王子と、泥臭い1人のドワーフ王子。
これで5人。
『王王亭』のオーナー陣が、ここに完全集結したのだ。
「さあ行くぞ! 師匠の寝床を荒らす不届き者どもに、俺たち『チーム王王亭』の完璧な連携を見せてやろうぜ!」
「「「「応ッ!!」」」」
ここに揃った5人の王子たち。
彼らは王族としてではなく、愛する女を救う、ひとりの男として、魔導師軍団に突撃した。




