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第174話:第零格納庫の攻防(前編)

 ボルスがパンツ一丁の騎士団を相手に、一方的な無双劇を繰り広げていた頃。


 工場の最深部、『第零格納庫』の前では、より熾烈で、絶望的な攻防戦が展開されていた。


「ここか! ここに聖女が隠されているのか!」


 たどり着いたのは、敵の別動隊である魔導師部隊だ。


 彼らの目の前には、第零格納庫へと続く分厚い防護隔壁が立ちはだかっている。


「焼き切れ! こじ開けろ!」


 隊長の号令と共に、数十人の魔導師が一斉に杖を掲げた。


「「「『火球(ファイアボール)』!!」」」


 ドォォォォォンッ!!


 数十発の火球が直撃する。


 ミスリルコーティングされた特殊合金の隔壁が赤熱し、飴のように溶け落ちていく。


 物理的な鍵など意味をなさない。火力による強行突破だ。


「開いたぞ! 突入せよ!」


 ドロドロに溶けた隔壁の隙間から、魔導師たちが格納庫の前室へと雪崩れ込もうとした、その時だった。


「……一歩たりとも、通しませんわ」


 凛とした声が響いた。


 立ち込める硝煙と熱気の向こう。格納庫の最終扉を背にして、一人の少女が立ちはだかっていた。


 セシリアだ。


 かつては王立魔導院の制服を着こなし、傲慢な才女として知られていた彼女だが、今の姿は見る影もない。


 油と煤で汚れた作業着。乱れた髪。


 だが、その瞳だけは、かつてないほど強く、澄み切った光を宿していた。


「あの方は今、大切な休息をとっておられるのです。……薄汚い土足で踏み入ることは許しません」


 セシリアが杖を構える。


 そして、持っている魔力の全てを「守り」に注ぎ込んだ。


「氷よ、永遠の壁となれ!」


 セシリアは杖に魔力を込める。


「『絶対氷壁アブソリュート・アイス・ウォール』!」


 カキィィィン!!


 セシリアの足元から冷気が噴き上がり、通路を完全に封鎖する分厚い氷の壁が出現した。


 敵の炎を防ぎ、熱を遮断する、青白く輝く防御壁。


「氷魔法だと!? 小娘一人で何ができる!」


「構わん、溶かせ! 数で押し切れ!」


 敵の攻撃が再開される。


 炎、雷、風の刃。


 数十人分の魔法が、雨あられと氷壁に降り注ぐ。


 ドガガガガガッ!!


 氷壁の表面が削れ、砕け、蒸発していく。


 セシリアはその衝撃を、魔力を通して一身に受け止めていた。


「くっ……うぅっ……!!」


 セシリアの口端から、ツーッと鮮血が流れる。


 魔力の過剰行使による負荷だ。


 脳が焼けるように熱い。視界が明滅する。


 実力はセシリアの方が数段上。だが、相手は正規の魔導部隊。一人一人の実力はセシリアに及ばずとも、圧倒的な「手数」の暴力が彼女を蝕んでいく。


(……負けない。私はもう、逃げない!)


 セシリアは歯を食いしばり、震える足で踏ん張った。


 かつての自分なら、とっくに逃げ出していただろう。


 プライドばかり高く、失敗を恐れ、汚れることを嫌っていた自分。


 そんな自分を拾い上げ、トイレ掃除という「底辺」から叩き直し、働くこと、生きることの意味を教えてくれたのは晶だった。


 ――『お前にも、できることがあるはずだ』


 あのぶっきらぼうな言葉が、今の彼女を支える唯一の柱だった。


 だが、多勢に無勢。氷壁には次々と亀裂が走り、限界は近かった。


 ――ピーーッ。


 突如、格納庫前のスピーカーから、無機質な電子音が鳴り響いた。


『警告。不法侵入者多数確認。これより、防衛システム【強制お焚き上げ(リサイクル)モード】を起動します』


 それは、ボルスを救った、あの武装解除プロトコルだった。


 ボウッ!!


 青白い鬼火が敵陣を包み込んだ。


「な、なんだ!?」


「杖が……俺の杖が消えた!?」


「魔道書もだ! ローブが消えていく!」


 魔導師たちが悲鳴を上げる。


 彼らの手から、高価な魔石が埋め込まれた杖が消滅し、身につけていた対魔法防御のローブが塵となって消え失せる。


 一瞬にして、彼らもまたボルス側の騎士たち同様に、手ぶらでパンツ一丁の無防備な集団と化した。


「……え?」


 セシリアが呆気にとられる。


 まさか、こんな奇跡が起きるとは。


 だが。


「……狼狽えるなッ!!」


 パンツ一丁の敵隊長が、羞恥心よりも殺意を優先させて叫んだ。


「杖がなくとも魔法は撃てる! 威力は落ちるが、数で補え!」


「そ、そうだ! 我々にはまだ体内に魔力が残っている!」


 魔導師たちが、裸のまま両手を前に突き出す。


 騎士とは違い、魔導師の最大の武器は「己の魔力」だ。


 システムが奪えるのはあくまで「物質」だけ。杖や魔道書という増幅器を奪われ、精密な制御や威力は半減したが、それでも「火を出す」ことくらいはできる。


 生体エネルギーまでは、システムも没収できないのだ。


「「「『火球(ファイアボール)』ッ!!」」」


 ボボボボッ!!


 先ほどより小ぶりで、不格好な火の玉が無数に放たれた。


 一つ一つの威力は低い。


 だが、その数は減っていない。


「くっ……! なんて執念ですの……!」


 セシリアが再び氷壁に魔力を込める。


 だが、杖という媒体を失った敵の魔法は、制御が甘い分、逆に荒々しく拡散し、セシリアの氷壁を広範囲に渡って削り取っていく。


「死ねぇぇぇッ!」


「焼き尽くせぇぇッ!」


 半裸の男たちが、なりふり構わず魔法を乱射する。


 その光景は地獄絵図というより、狂気の宴だった。


 プライドも恥も捨てた、むき出しの殺意。


 ピキッ……パリーンッ!!


 ついに、氷壁の一部が砕け散った。


 防御の要が崩壊する。


「あ……っ!」


 セシリアが吹き飛ばされ、背後の最終扉に叩きつけられた。


 杖が手から離れ、カランと乾いた音を立てて転がる。


 もう、魔力は残っていない。


「終わりだ、小娘」


 敵の隊長が、掌に歪な火球を作り出し、セシリアの顔面に向けた。


 その目は、獲物をなぶる嗜虐的な光に満ちている。


「聖女の前に、まず貴様から灰にしてやろう」


 セシリアは、霞む目で晶の眠るポッドが安置されている最終扉の方を振り返った。


 この分厚い扉の向こうに、自分に居場所をくれた人がいる。


(ごめんなさい、アキラ様……。私、役立たずでした……)


 涙がこぼれ落ちる。


 死ぬことへの恐怖よりも、約束を守れなかったことへの悔しさが勝った。


 セシリアは目を閉じた。


 迫りくる熱気。


 死の予感。


 ――その時。


 パンッ!


 硝煙の匂いと共に、殺意を伴った銃声が格納庫前に響き渡る。


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