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第173話:決死の防衛戦

 工場内部は、硝煙と鉄錆、そして絶望の匂いが充満する地獄絵図と化していた。


 ドガァァァンッ!!


 『神の槌』によって空けられた大穴から、瓦礫を踏み砕き、数百の兵士たちが雪崩れ込んでくる。


 彼らは勝利を確信していた。


 邪魔な壁は消えた。


 厄介な魔法使いも、小賢しい爆弾娘も、もう動かない。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 瓦礫の山の麓で、リナが気絶して倒れている。


 テオは壁にもたれかかったまま、意識を失っていた。


 二人は限界を超えて戦い、そして力尽きた。


 この工場を守る防波堤は、もう残っていない――はずだった。


「……通すかよ」


 低く、地を這うような声が響いた。


 瓦礫の山頂。


 逆光の中に、一人の巨人が立ち上がった。


「そこを通りたければ……俺を倒してから行けぇぇぇッ!!」


 ボルスだ。


 その姿は、満身創痍などという言葉では生温かいほど凄惨だった。


 左腕は不自然な方向に曲がり、ダラリと垂れ下がっている。


 額から流れる鮮血が片目を塞ぎ、作業着はズタボロに裂け、全身が無数の切り傷で赤く染まっていた。


 だが、彼は生きていた。


 残された右腕一本で巨大な鉄の鈍器を握りしめ、仁王立ちして敵を見下ろしている。


「まだ生きていたか、頑丈なだけの野良犬め!」


「殺せ! たった一人だ! 袋叩きにしろ!」


 敵兵たちが嘲笑い、一斉に殺到する。


 銀色の鎧を着込んだ兵士たちが、鋭利な剣と槍を突き出し、ボルスを串刺しにせんと迫る。


「オラァァァァッ!!」


 ブンッ!!


 ボルスが剛腕を振るった。


 右腕一本から繰り出されたとは思えない豪快な一撃が、先頭の兵士を盾ごと吹き飛ばす。


 ガシャーン!


 吹き飛んだ兵士が後続を巻き込み、数人が将棋倒しになる。


「舐めんなよ!俺はなぁ……! ただの警備員じゃねぇんだよ!」


 ボルスが吠える。


 かつては裏社会で名を馳せ、荒事なら誰にも負けないと自負していた。


 だが、晶に出会い、この工場で働くようになって、守るべきものができた。


 美味い飯。温かい寝床。


 そして、「お前が必要だ」と言ってくれた社長。


「社長が……社長が帰ってくる場所は、俺が守るんだよぉぉッ!」


 ボルスは鉄の鈍器を振り回し、群がる敵をなぎ倒し続けた。


 だが、多勢に無勢。


 倒しても倒しても、次から次へと敵が湧いてくる。


 一撃受けるたびに、ボルスに新たな傷が増えていく。


「くっ、ぐぅ……ッ!」


 脇腹に槍がかすめる。


 足に剣が突き刺さる。


 血が流れすぎて、視界が霞む。


 足の感覚がない。鈍器が鉛のように重い。


(……ここまで、か……)


 ボルスは膝をつきかけた。


 敵の包囲網が狭まる。


 数百の剣先が、一斉にボルスへと向けられた。


「終わりだ、野良犬! 聖女の遺体は我々がいただく!」


「死ねぇぇぇッ!」


 絶体絶命。


 ボルスが覚悟を決め、最後の力を振り絞って立ち上がろうとした、その時だった。


 ――ピーーッ。


 工場の天井に設置されたスピーカーから、無機質な電子音が鳴り響いた。


『警告。不法侵入者多数確認。これより、防衛システム【強制お焚き上げ(リサイクル)モード】を起動します』


 それは、『武装解除プロトコル』の自動音声だった。


 ボウッ!!


 突如、工場内が青白い鬼火に包まれた。


 それは攻撃魔法ではない。物質を霊体化し、次元の彼方へ転送するための「送り火」の光だ。


「な、なんだこの光は!?」


「熱くない……? いや、装備が!?」


 兵士たちが驚愕の声を上げる。


 彼らが握りしめていた剣が、槍が、そして身につけていた堅牢な鎧が、青い炎に包まれて陽炎のように揺らぎ始めたのだ。


「消える……!? 剣が消えていく!?」


「鎧が! 俺のミスリルアーマーがぁぁ!」


 シュゥゥゥ……。


 音もなく、質量が消失していく。


 剣も、槍も、堅牢な鎧も、塵となって完全に消え失せた。


 それはまるで、神隠しのように。


 数秒後。


 青い光が収まった時、そこに広がっていたのは、あまりにもシュールで、マヌケな光景だった。


「……あ?」


「……え?」


 数百の兵士たち。


 さっきまで完全武装で殺気を放っていた彼らは今、全員がパンツ一丁で立ち尽くしていた。


 手には何一つ残されておらず、文字通りの『丸腰』である。


 頭には兜のインナーキャップのみ。


 寒風吹きすさぶ半壊した工場の中で、おっさんたちの生白い肌が大量に晒されたのである。


「な、な、な……!?」


「俺の服は!? 武器はどこへ行った!?」


「寒い! スースーする!」


 パニックが起きる。


 何が起きたのか理解できず、自分の体をさすり、隣の仲間の裸を見て悲鳴を上げる。


 威厳も殺気もへったくれもない。ただの「裸の集団」だ。


「……は?」


 ボルスが呆気にとられて鈍器を下ろした。


 自分の体を見る。


 ボロボロの作業着と、手にした巨大な鉄の塊。


 ……残っている。


 自分や、後ろで倒れているリナたちの装備だけは、何一つ奪われていない。


 敵の武装だけが、ピンポイントで消滅したのだ。


(……まさか)


 ボルスの脳裏に、あの不敵な笑みを浮かべる社長の顔が浮かんだ。


 こんな出鱈目な真似ができるのは、世界でただ一人しかいない。


「……ッハ! ハハハハハッ!!」


 ボルスは笑い出した。


 腹の底から、痛快な笑いが込み上げてくる。


 死んでなお、自動システムでこの場所を守ってくれている。


 その事実が、枯渇していたボルスの体に、新たな力を注ぎ込んだ。


「見たか、お前ら! これがウチの社長のチカラだ!」


 ボルスが鈍器を振り回し、轟音を立てて床を叩いた。


 その音に、パンツ一丁の兵士たちがビクリと肩を震わせる。


「さて……状況は逆転したな?」


 ボルスが血に濡れた顔でニヤリと笑う。


 敵は数百人。だが、全員が丸腰。


 対するボルスは満身創痍だが、凶悪な質量を持った鉄塊を持っている。


 全裸の群衆 vs 武装した巨人。


 もはやそれは戦争ではない。一方的な「害虫駆除」の時間だ。


「ひ、ひぃぃぃッ! 武器がない!」


「鎧がないと……あんな鈍器、一撃で死ぬぞ!」


「逃げろぉぉ! 服を着せてくれぇぇ!」


 兵士たちが悲鳴を上げて後ずさる。


 恐怖の天秤が傾いた。


 武器という「牙」を抜かれた彼らは、ただの怯える羊の群れに過ぎない。


「逃がすかよ……! ここを荒らした代償、その体で払ってもらうぞォォッ!!」


 ボルスが吠え、群れの中に飛び込んだ。


 鉄塊を一振りするだけで、数人が吹き飛ぶ。鎧のない生身に、巨人の一撃はあまりにも致命的だ。


「ぎゃあぁぁぁっ!」


「痛い! 骨が折れるぅぅ!」


 工場内に、情けない悲鳴が響き渡る。


 そして、その害虫駆除の輪に、さらなる『加勢』が現れた。


「おっしゃあ! 復旧完了だァ!」


「ボルスの旦那ァ! お待たせしやした!」


 巨大なスパナや鉄パイプを構えたガンドと部下のドワーフたちが歓声を上げて乱入してきた。


 彼らが命がけで切れた配線を繋ぎ直したことでポッドは再稼働し、お焚き上げシステムも間一髪で起動したのである。


「おまえら! 師匠を襲おうなんざ、100年早ぇんだよ! 今からボコボコにしてやらぁ!」


 王子の品性など皆無。ガチギレのガンドが、裸の集団へと突撃する。


「おうおう! 俺たちの可愛い重機を傷つけやがって!」


「スパナの錆にしてくれるわ!」


 後に続くドワーフたちも、奇声を上げながら全裸の兵士たちを容赦なくタコ殴りにし始めた。


 満身創痍の巨人と、怒り狂うドワーフ達による、情け容赦のない阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。


 しかし、ボルスたちがパンツ一丁の兵士たちに無双していた頃。


 今度は、奥のエリアを守るセシリアに、死の危険が迫っていた。

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