第160話:地獄ラーメン開店
そのころ、晶は……。
本気のテコ入れにより、閻魔庁の改革を順調に進めていた。
晶が導入したDXが業務『超』効率化を実現させ、シフト制導入と残業の大幅削減によって組織の生産性が爆上がりするという好循環に入った。
書類の山は消え、亡者たちのクレーム処理もAIボットが一次対応を行うようになった。
だが、晶は気づいていた。
庁舎内を行き交う鬼たちの表情に、まだ決定的な「活力」が足りないことに。
「……飯だ」
昼休憩の時間。
晶は鬼たちの食堂を視察し、盛大に眉をひそめた。
食堂とは名ばかりの、ただの薄暗い洞窟。
長テーブルに並んでいるのは、ただ赤いだけの謎のスープと、干からびた肉のようなもの。
そして、岩のように硬いパンらしき物体。
「なんだこれは。囚人の食事か?」
「いや、鬼用のまかない飯じゃが……」
案内した閻魔大王が不思議そうに答える。
晶はスプーンで赤いスープを掬い、匂いを嗅いだ。
鉄錆と、腐った泥のような臭いが鼻をつく。
「……成分分析。タンパク質不足、ミネラル過多、ビタミン皆無。これでは力が出るはずもない」
「しかし、地獄の食事など太古の昔からこんなもんじゃぞ? 腹が膨れれば良しとするのが鬼の流儀でな」
「これは駄目だろう。職場のメシは、仕事のパフォーマンスを上げるためにあるんだぞ! 仕方ない、これより、福利厚生の決定版を投入する!」
晶は白衣を翻し、即座に行動を開始した。
まずは食堂の一角をリフォームさせて厨房を作った。
次に必要なのは調理器具だ。
晶は地上との通信チャネルを開き、あるシステムをハッキング気味に起動した。
「『物質転送プロトコル』、リバース起動」
地上では、遺族が故人の愛用品を燃やして冥界に送る習慣がある。
晶はそのルートを逆探知・改ざんし、「燃やす」というプロセスをすっ飛ばして、地上の自社工場にある「あるモノ」を空間越しに強制転送した。
ボゥッ!!
青白いオーラと共に、厨房に巨大なステンレスの塊が出現した。
製麺機と、巨大な寸胴鍋である。
「おおっ、これは……?」
「地上の店で使ってる厨房機器の……予備だ。作るぞ。地獄の特産品を活かした、ここだけの『地獄ラーメン』をな」
晶の目は、ギラギラ光っていた。
まずはスープ作りだ。
地獄に一般的な豚骨や鶏ガラはない。だが、代わりになるものはいくらでもある。
「牛頭、馬頭。先日狩ってきた『冥界猪』と『怪鳥』の骨はあるか?」
「あ、ああ……焼却処分前のやつが山ほどあるが……」
「全部持ってこい。あと、背脂の代わりに魔獣の脂肪もだ」
晶は魔獣の骨をハンマーで砕き、寸胴鍋に放り込んだ。
強火で煮込むこと数時間。
骨髄から濃厚なエキスが溶け出し、スープが白濁していく。
そこへ、臭み消しのために地獄マンドラゴラと、先ほどの転送システムで地上から引っこ抜いてきた大量のニンニクを投入する。
「次はタレだ」
晶が取り出したのは、琥珀色に澄んだ液体が入った瓶。
『血の池地獄』の液体から、エグみの原因である鉄分や不純物だけを完全に分離・除去。さらに、抽出したタンパク質を酵素分解して精製した、特製の「アミノ酸ミネラル塩ダレ」だ。
致死量スレスレの強烈な旨味成分と複雑な地獄のミネラルを凝縮したそれは、濃厚なスープに圧倒的なパンチと深いコクを与える。
「仕上げはスパイス。……地獄特産の激辛香辛料『デス・ペッパー』と、針山地獄の『トゲトゲの実』を粉砕してブレンドする」
バサァッ!!
真っ赤な粉末がスープに投下されると、爆発的な刺激臭が厨房内に充満した。
目に染みるほどの辛味成分。
だが、その奥には抗いがたい食欲をそそる香りが潜んでいる。
「湯切りだ!」
チャッ、チャッ!!
晶が製麺機で打ち出した極太の縮れ麺を茹で上げ、湯切りをする。
ドンブリにタレとスープを注ぎ、麺を泳がせ、その上に『焦熱地獄』の余熱でじっくり煮込んだ「魔獣チャーシュー」をドカ盛りする。
「はい、お待ちどう。……『特製・地獄激辛ラーメン・全マシマシ』だ」
ドンッ!!
カウンターに出されたのは、溶岩のようにグツグツと煮えたぎる赤いスープに、山のような野菜と肉、そして極太麺が絡み合う暴力的な一杯。
湯気と共に立ち上る香りは、もはや兵器に近い。
「こ、これは……なんと禍々しい……いや、暴力的な香りじゃ……」
最初の試食者として呼ばれた閻魔大王が、恐る恐るドンブリを覗き込む。
普段は精進料理のようなものを食べている大王にとって、このジャンクの塊は未知との遭遇だった。
「食え」
「う、うむ……。晶殿がそこまで言うなら……」
閻魔が箸を割り、麺を持ち上げる。
赤いスープが絡んだ極太麺が、重力に逆らうように持ち上がる。
意を決して、啜る。
ズルッ……ズルルッ……。
「!!!!!」
カッ!!
閻魔の顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤になった。
王冠の下、額から玉のような汗が噴き出す。
「か、辛ぁぁぁぁぁぁぁいッ!!? 舌が、舌が焼けるようじゃ! 釜茹で地獄の味じゃぁぁ!」
閻魔が絶叫する。
だが。
その手は、箸を止めなかった。
「……む? ……んんっ!? しかし……なんだこれは!?」
辛さの直後に襲ってくる、暴力的なまでの「旨味」の奔流。
魔獣骨のコラーゲンが舌に絡みつき、血の池のアミノ酸が疲れた脳髄に染み渡る。
そして何より、大量のカプサイシンとニンニクが、エンドルフィンの分泌を強制的に加速させていた。
「辛い! 痛い! 熱い! ……だが、止まらん!! 箸が止まらんのじゃぁぁ!!」
ズルズルズルズルッ!!
閻魔大王が、無我夢中で麺を啜り始めた。
その瞳孔は開き、完全なトランス状態に入っている。
威厳もへったくれもない。そこにいたのは、ただの「ラーメンジャンキー」だった。
「うまい! うまいぞ晶殿! これぞ地獄の味じゃ! 五臓六腑が燃え上がるようじゃ!」
プハァァァッ!!
あっという間にスープまで完飲し、閻魔がドンブリを掲げて咆哮した。
その凄まじい絶叫と、漂ってくる魅惑の香りに釣られて、休憩中の鬼たちがわらわらと集まってきた。
「な、なんだこの匂いは……?」
「大王様が、あんなに汗だくで……」
「うまそうだ……ゴクリ……」
牛頭と馬頭が、涎を垂らしてカウンターに詰め寄る。
「晶様! お、俺たちにもそれを!」
「食わせてくれぇぇ!」
晶はニヤリと笑い、新たな麺を茹で釜に放り込んだ。
「食いたいヤツは並べ。地獄の沙汰も……ってな!」
その日。
閻魔庁の食堂には、創業以来初となる長蛇の列ができた。
『地獄ラーメン』。
一度食べたら抜け出せないその味は、瞬く間に鬼たちの胃袋とハートを鷲掴みにし、地獄に新たな「食の快楽」と「明日への活力」をもたらした。
美味いものを満腹になるまで食べた鬼たちの働きぶりは凄まじく、その後の業務効率がさらに向上したのは言うまでもない。
「……さて。地盤は固めた」
繁盛する店内を眺めながら、晶は静かに空を見上げた。
そろそろ、頃合いだ。
この熱狂を、ただの「福利厚生」で終わらせるつもりはない。
これを燃料に変え、本来の目的である現世への帰還へと繋げるのだ。
「ルナ、ポチ、タマ。……そして地上のみんな」
晶は不敵な笑みを深め、その瞳をギラリと光らせた。
その視線の先には、すでに翌日の「仕掛け」が見えていた。




