第155話:影の侵入
地上、魔王城前広場。
そこには、小山のような瓦礫の山が築かれていた。
つい先ほどまで威容を誇っていた教会の秘密兵器『攻城ゴーレム』の残骸である。
「へっ、口ほどにもねぇ。デカいだけの見掛け倒しが」
ガンドが、愛機である改造フォークリフト『剛腕』の運転席から降り立ち、葉巻代わりのチョコバーを噛み砕いた。
彼の背後には、クレーン、ブルドーザー、パワーショベルといった『重機軍団』が並んでいる。
どの機体も装甲は傷だらけで、アームからはプシューと排熱の蒸気が上がっているが、その立ち姿は歴戦の勇者のようだった。
「助かったぜ、ガンド! お前らが来なけりゃ、今頃ペシャンコだった」
ボルスが駆け寄り、ガンドの肩を叩く。
物理と質量による理不尽な暴力。
晶が残した「働く車」たちは、その本来の用途を遥かに超えた戦闘能力を発揮し、枢機卿ベルナンドが放った精鋭部隊を真正面から粉砕したのだ。
「礼には及ばねぇよ。……だが、ちと張り切りすぎたな」
ガンドが苦笑しながら、フォークリフトの計器を指差した。
魔力残量を示すゲージが、赤い点滅を繰り返している。
「出力全開で暴れ回ったせいで、バッテリーが空っ欠だ。予備電源も使い果たしちまった。……再充電にゃ時間がかかるぞ」
重機軍団は強力だが、その分、燃費も最悪だ。
今の重機は、ただの鉄の塊である。
「まぁ、敵も総崩れだ。今のうちに補給を済ませて……」
「あぁ、そうだな。ヤツらがこれで撤収するとは思えないからな。」
◇
戦場から少し離れた丘の上、枢機卿ベルナンドは、無様な敗走を続ける自軍を冷ややかな目で見下ろしていた。
「……ふん。正面突破が無理なことなど、最初から想定内だ」
眼下の歓声など耳障りだとでも言うように、彼は懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
太陽が完全に沈み、世界が夜の闇に塗り潰される時刻。
「光あるところには影がある。……そして、強固な城ほど『足元』が脆いものだ」
ベルナンドが指を鳴らす。
その合図に応えるように、彼の背後の闇が揺らぎ、数名の黒い影が音もなく消え失せた。
「行け、『灰色の蛇』よ。……奴らの首はいらん。奴らの『心臓』を止めろ」
魔王城の裏手。
かつて生活用水を排出していた古びた地下水路。
ヘドロと汚水にまみれたその暗闇の中を、音もなく進む集団がいた。
教会直属の暗殺部隊『灰色の蛇』。
彼らは呼吸すら殺し、水面を揺らさず、まるで幽霊のように配管の上を滑るように移動していく。
「……ここだ。図面通りだな」
リーダー格の男が、錆びついた鉄格子の前で足を止めた。
通常の侵入者ならここで阻まれる。だが、彼らは懐から小瓶を取り出し、その中身を鉄格子に垂らした。
ジュッ……。
微かな音と共に、強固な鉄が飴細工のように溶け落ちる。
特殊な酸を用いた科学的な破壊工作。
彼らは魔法使いでも騎士でもない。「殺し」と「破壊」のプロフェッショナルだった。
「侵入成功。……ターゲットを確認する」
鉄格子を抜けた先は、工場の地下プラントへと繋がっていた。
張り巡らされたパイプ、唸りを上げる巨大なボイラー、そして壁を這う無数の太いケーブル。
「目標、工場の動力炉。および、第零格納庫へ続くメイン電力ケーブルだ」
リーダーが短く指示を出す。
彼らの狙いは、ボルスや防衛部隊の殺害ではない。
この工場を動かしているエネルギー供給源、その一点だった。
「……やれ」
部下たちが散開し、主要な配電盤に取り付く。
そして、躊躇いなくワイヤーカッターを突き立てた。
バチッ、バチチッ!!
火花が散り、焼き切れたケーブルから焦げ臭い煙が上がる。
それは、巨大な生物の血管を断ち切るような、致命的な一撃だった。
ブォン……ヒュゥゥゥ……。
今まで力強く響いていたタービンの回転音が、急激に低くなっていく。
断末魔のような低い唸りと共に、工場の照明がフツリと消えた。
「あぁ? なんだ?」
ガンドと今後の防衛プランを話していたボルスが、異変に気づいて顔を上げた。
周囲の街灯が消え、工場内の作業灯も落ちている。
ただの電球切れではない。空間そのものが死んだような、絶対的な闇と静寂。
「おい、誰かスイッチに触ったか!? 電源が落ちてんぞ!」
ボルスが叫ぶが、返事はない。
重機たちの充電プラグからも、給電ランプの光が消えている。
「まさか……!?」
ボルスは血相を変えて走り出した。
自家発電装置が作動する気配がない。予備電源も含めて、根こそぎやられたのだ。
暗闇の中を手探りで進み、第零格納庫へと飛び込む。
「社長ッ!!」
そこには、絶望的な光景があった。
鎮座する再生ポッド。
いつもなら淡い青色に発光しているはずのパネルは黒く沈黙し、冷却水の循環ポンプも停止している。
ポッド内の液体酸素が気化し始め、白い泡がブクブクと立っていた。
「なっ……冷却装置が止まってる!? このままじゃ社長の身体が傷んじまう!!」
晶の肉体は、現在再構成中のデリケートな状態だ。
厳密な温度管理と魔力供給がなければ、組織が崩壊してしまう。
そう、電力の喪失は「死」を意味するのである。
「て、敵襲だぁぁッ!! 工場の心臓部をやられたぞぉぉッ!!」
ボルスの絶叫が、闇に包まれた工場内に響き渡る。
だが、その声に応えるのは味方だけではなかった。
暗闇の奥底。
物陰、天井の梁、機械の隙間。
光を失った工場内は、夜目が利く暗殺者たちにとって、最高の狩り場へと変貌していた。
「……狩りの時間だ」
闇の中で、冷酷な刃がギラリと光る。
エネルギーを奪われた「重機」たちと、視界を奪われたボルスたち。
地の利を完全に逆手に取られた、最も危険な夜戦が始まろうとしていた。




