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第154話:焦熱のハイウェイ

 等活地獄という名のバトルロイヤル会場を、質量と理不尽で突破していた。


 タロウ号は、そのままの勢いで冥界の荒野を爆走していた。


 だが、進むにつれて周囲の風景は一変した。


 赤黒い荒野は、徐々に明るく、そして毒々しいオレンジ色へと染まっていく。


 地面からは陽炎が立ち上り、空気そのものが歪んで見える。


「……気温上昇。車外温度、摂氏80度を突破。さらに上昇中」


 ルナが冷静に、しかし切迫した声で告げた。


 前方に見えるのは、燃え盛る山脈と、大地を裂いて流れる溶岩の河。


 冥界最大の熱源地帯――『焦熱地獄しょうねつじごく』である。


「うあぁぁ……あ、暑いのだ……」


 後部座席で、ポチが舌を出してへばっていた。


 彼女の本質はフェンリル。たとえ人間形態を取っていても暑さが弱点なことに変わりはない。


 そんなポチにとって、この環境は拷問に近い。


「ボクの自慢のしっぽが、保温効果を発揮しすぎているのだ……。中から蒸し焼きになるのだ……」


「我慢してください、ポチさん。窓を開けると熱風が入ってきます。今は密閉して耐えるしかありません」


 ルナがタロウのエアコンを最強にするが、吹き出し口からは生ぬるい風しか出てこない。


 外気温が高すぎて、熱交換が追いついていないのだ。


「警告。エリア中心部に突入。……外気温、400度を超えました」


 ズズズズズ……!


 タロウ号が溶岩地帯に足を踏み入れた瞬間、タイヤから焦げ臭い煙が上がった。


 周囲は火の海だ。


 岩は溶けてドロドロになり、空からは火山灰と火の粉が雪のように降り注いでいる。


 ここは、生前に殺生や盗みを働いた罪人が落とされる場所。


 彼らはここで焼かれた鉄板の上を歩かされ、全身を焼かれ続ける。


「……状況、危機的です」


 ルナがコンソールの警告灯を見つめる。


 タロウのダッシュボードは、真っ赤なアラートで埋め尽くされていた。


「冷却システム限界。ラジエーター水温、沸点を超過。……タロウのボディを構成するミスリル合金が赤熱化し、内部のスライム細胞が煮え始めています」


『クゥゥ〜ン……(あついです……)』


 タロウが弱々しい声を上げる。


 彼は機械とスライムのハイブリッドだ。


 機械部分は熱暴走を起こし、スライム部分は熱湯のように沸騰しかけている。


 このままではオーバーヒートで停止し、全員仲良く黒焦げになってしまうだろう。


「だ、ダメなのだ……。もうダメなのだ……。ボクはここでホットドッグになる運命なのだ……」


(ホットドッグ!?誰が上手いこと言えと言いましたかっ!)


 白目を剥きかけながら意味不明な言葉を吐き出すポチに対して、ルナが頭の中でツッコミを入れたそのとき。


「カッカッカ! なんじゃお主ら、情けないのう!」


 この灼熱地獄で唯一、高笑いを上げる者がいた。

 タマだ。


 彼女は暑がるどころか、むしろ嬉々として窓を開け放ち、熱風を顔面に浴びていた。


「タマちゃん!? 暑くないのだ!?」


 驚きのあまり我に戻ったポチが、タマに問いかける。


「暑い? 何を言うか。……ここに来てようやく、肌寒さが解消されたわ!」


 タマが着ていたジャージを脱ぎ捨て、Tシャツ姿を晒す。


 晶不在により、遠慮のなくなったDカップがジャージに閉じ込められていた鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように自己主張する。


 そんな彼女の正体は、かつて世界を焼き尽くした『古代火炎竜』。


 火こそが故郷。熱こそが力の源。


 冥界のぬるい空気に辟易(へきえき)していた彼女にとって、この焦熱地獄は、またとない「エネルギー充填スポット」だったのだ。


「ずっと体が重かったが……ここなら全開でイケる! ルナ、サンルーフを開けるのじゃ!」


「は、はい。ですが……」


 ルナが操作すると、タロウの天井が開いた。


 瞬間、400度の熱波が車内に雪崩れ込む。


「あつーい!! 死ぬのだー!!」


「騒ぐでない、駄犬。……わらわが見本を見せてやる」


 タマはひらりと身を躍らせ、ボンネットの上に仁王立ちした。


 本来なら靴底が溶けるほどの熱さだが、タマは裸足でそれを踏みしめる。


 彼女の赤い瞳が、周囲の炎を反射して怪しく輝いた。


「ふぅぅぅー……ッ」


 タマは一度、肺の中の空気をすべて吐き出し、胃袋を空っぽにした。


 直後。


「ごちそうじゃぁぁぁッ!!」


 ズゴォォォォッ!!


 タマが口を大きく開けた瞬間、猛烈な吸引力が発生した。


 あたりの炎が渦を巻いて、タマの口の中へとなだれ込んでいく。


 亡者を焼く業火も、溶岩の熱気も、すべてがタマの小さな口へと収束していく。


 まるで掃除機だ。


「ごくっ……ごくっ……。ぷはぁぁぁッ!!」


 タマが豪快に炎を飲み干し、口元を拭った。


「う、美味いッ! やはり地獄の火はコクが違うのう! 長年煮込まれた怨念のスパイスが効いておるのじゃ!」


 タマの肌が、内側から発光し始めた。


 食べた熱エネルギーが即座に魔力へと変換され、萎んでいた竜の細胞が活性化していく。


 全身から湯気ならぬ、魔力のオーラが噴き出した。


「力が……力が漲るわ! これなら全盛期の2割……いや、3割は出せる!」


 タマはニヤリと笑い、足元のタロウを見下ろした。


 タロウは高熱で喘ぎ、今にもエンジンストップ寸前だ。


「タロウよ、辛そうじゃな。……ならば、わらわの余った魔力を分けてやろう」


『ワン……?』


 タマがタロウの焼けたボンネットに、ペタリと両手を押し当てた。


「受け取るがよい! 竜の心臓が紡ぐ、無限の熱エネルギーを! ――『燃焼促進(バーニング・ブースト)』ッ!!」


 ドクンッ!!


 タマの手から、膨大な真紅の魔力がタロウの機体へと流し込まれた。


 本来、機械に過剰な魔力を流せば回路が焼き切れる。


 だが、タロウは晶の最高傑作。魔力を動力に変換する「魔導ハイブリッドエンジン」を搭載している。


 さらに、スライム細胞がタマの魔力を受け入れ、変質した。


 ジュワァァァァッ!!


 タロウの全身から、青白い炎が噴き出した。


 オーバーヒートによる発火ではない。


 魔力過多による、限界突破の輝きだ。


『ワオォォォォォォンッ!!(力が……溢れてくる!!)』


タロウが猛々しく咆哮した。


 エンジンの回転数がレッドゾーンを振り切り、ありえない数値を示す。


 もはや冷却など不要とばかりにラジエーターファンが停止し、行き場を失った熱エネルギーが、マフラーからジェットエンジンのようなアフターファイアとなって轟いた。


「出力上昇! 300%……いえ、500%!? これではタイヤが保ちません!」


 ルナが即座にコマンドを入力した。


「タロウ、モード・チェンジ。……『ロケットモード』起動」


 ガシャン、ガシャン!


 タロウの車体側面から短い翼が飛び出し、後部には巨大なメインスラスターが展開される。


 流線型のボディがさらに鋭角に変形した。


 ゴオォォォォォォッ!!


 スラスターから、青白いプラズマジェットが噴射された。


 爆発的な加速と展開された翼が揚力を生み出し、タロウの巨体がふわりと宙に浮き上がる。


 直後、用済みとなった足元の6輪タイヤがシュパッと収納された。


「行きますよ、タロウ! 一気に飛び越えますよ!」


『ガウッ!!(御意!!)』


 ドォォォォンッ!!


 タロウ号が加速した。


 それはもはや、地上すれすれを飛ぶミサイルだった。


 爆発的な加速Gがルナとポチをシートに押し付ける。


「きゃあぁぁぁっ!?」


「目が、目が回るのだー!!」


 景色が線になって後方へ消し飛ぶ。


 溶岩の海の上、わずか数十センチの高さを、猛烈な推進力で強引に滑空する。


 ドロドロに溶けた地面の影響など皆無だ。


 前方に立ちふさがる炎の壁も、タマが「邪魔じゃ!」と手で払うだけで霧散し、あるいはタロウの衝撃波で吹き飛んでいく。


 まさに、焦熱のハイウェイ。


 地獄の亡者たちが、あまりの速さに何が通ったのかも気づかず、ただ突風に煽られて転がっていく。


「速い……! 現在の速度、音速マッハ1.2を記録!」


「カッカッカ! 遅い、遅いのじゃ! もっと回すのじゃ! もっと燃やすのじゃ!」


 弾頭の上のタマは、暴風の中で髪を逆立てながら狂喜乱舞していた。


 彼女にとって、このスピードと熱こそが生きている証。


 水を得た魚ならぬ、火を得た竜だ。


「見えたぞ! 出口じゃ!」


 はるか前方。


 赤く燃える世界と、その先にある「白い霧」のような境界線が見えてきた。


 焦熱地獄の終わりだ。


「突っ込めぇぇぇッ!!」


『ワオォォォンッ!!』


 ズバァァァァァッ!!


 タロウ号は青い流星となって、炎の壁を突き破った。


 瞬間、視界を埋め尽くしていた赤色が消え、周囲の風景が一変した。


「……通過。エリア『焦熱地獄』、突破しました」


 ルナが息を吐きながら報告する。


 極寒の冷気は、熱気よりも遥かに密度が高い。


 その「空気の壁」が強烈なブレーキとなり、タロウ号は白い大地へと滑り込んだ。


 青い炎は消え、ボンネットの上でタマが満足げに仁王立ちしていた。


 その肌はツヤツヤと輝き、以前よりも一回り成長したような威厳を放っている。


「ふぅ……。良い運動になったわ。食後のデザート代わりには丁度よかったのう」


「……死ぬかと思ったのだ」


 ポチが白くなって燃え尽きていた。


 熱さと、その後のマッハの恐怖で、魂が半分ほど口から出ている。


「さて、次はどこのサウナじゃ? 今のわらわなら、どんな熱さでも……」


 タマが上機嫌で振り返った、その時だった。


 ピキッ……。


 奇妙な音が響いた。


 見れば、高熱を帯びていたはずのタロウの装甲表面に、白い霜が降り始めている。


 それだけではない。


 立ち上っていた湯気が、瞬時に凍りつき、キラキラとした氷の結晶となって地面に落ちていく。


「……む?」


 タマの笑顔が引きつった。


 さっきまで「暑い」と感じていた空気が、急速に、いや暴力的と言える速度で冷えていく。


「……警告。外気温、急低下。摂氏400度から、一気にマイナスへ突入」


 ルナの声に緊張が走る。


 前方に広がるのは、先ほどまでの灼熱地獄とは真逆の光景。


 視界の全てを白く染め上げる、万年雪と氷の荒野だった。


「地獄の環境データ照合……。ここは『焦熱』の対岸。罪人の骨の髄まで凍らせる絶対零度の領域――『八寒地獄(はっかんじごく)』のひとつ、阿摩羅あまら地獄です」


「あ、あまら……?」


 タマが慌ててジャージを羽織り、ガタガタと震え出した。


 彼女は元・火炎竜。


 熱には無敵の強さを誇るが、寒さにはからきし弱い。変温動物にとって、寒冷地は死地そのものだ。


「き、聞いてないのじゃ……! サウナの次は水風呂と相場が決まっておるが、これは……冷えすぎじゃろ……!」


 タマの口から、白い吐息が漏れる。


 さっきまで蓄えた熱エネルギーが、急速に奪われていく恐怖。


「マスターの元へ行くには、この極寒地帯を抜ける必要があります」


「そ、そんな……。わらわはもう、コタツで丸くなりたいのじゃ……」


 至福の灼熱から絶望の極寒へ。


 炎の次は氷の壁。


 この異常なまでの温度差は、まるで冥界そのものが何かを拒絶しているかのようだった。


 唯一の弱点を突かれ、タマが熱源のチョーカーを握りしめて震えていた、その時。


 地上でもまた、新たな動きが始まろうとしていた。


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