第153話:亡者たちのストライキ
地獄第一発電所の稼働、シフト制導入による鬼たちの働き方改革。
矢継ぎ早に行われた晶の改革により、地獄の風景は劇的に変化していた。
閻魔庁はLEDで輝き、鬼たちはマヨネーズせんべいを齧りながら、やる気に満ちた顔で業務に励んでいる。
だが、管理者としての晶は、まだ満足していなかった。
彼女は閻魔庁のバルコニーから、眼下に広がる『釜茹で地獄』を見下ろし、不快そうに眉をひそめた。
「……ぬるい」
その言葉に、隣にいた閻魔大王がビクッと反応する。
「ぬ、ぬるい? まさか。釜の温度は規定通り、しっかりと数百度をキープしておるぞ? ほれ、亡者たちもあんなに茹だって……」
「温度の話ではない。……『反応』の話だ」
晶が冷徹に指摘した。
確かに、巨大な鉄釜の中では、数万の亡者たちがグツグツと煮込まれている。
だが、そこから聞こえてくる悲鳴は、どこか惰性的だった。
「あつーい」「くるしーい」といった声は上がっているが、そこには切迫感がなく、ただルーチンワークとして叫んでいるような倦怠感が漂っている。
「人間の感覚器官は、環境に適応するようにできている。いわゆる『順応』だ」
晶が解説する。
例えば、熱い風呂に入った瞬間は熱さを感じるが、数分もすれば慣れてしまう。
それと同じで、何百年、何千年も同じ責め苦を受けていれば、亡者の痛覚センサーも麻痺し、苦痛が日常の一部と化してしまうのだ。
「今の彼らは、ただ『湯船に浸かっているだけ』の状態だ。これでは刑罰としての意味をなさない。それに、怨念エネルギーの出力が低いから、発電効率が悪い」
「むぅ……。言われてみれば、最近は釜の中で世間話をしている亡者も見かけるのう……」
閻魔が困り顔で顎を撫でる。
地獄のマンネリ化。これは長年の課題だった。
「刺激には『変化』が必要だ。……おい、マイクを用意しろ」
晶は鬼に指示を出し、発電所の全館放送用マイクを握った。
キィーン……というハウリング音が、地獄全土に響き渡る。
「あー、テステス。……おい、釜茹で中の亡者ども。及び、針の山で散歩している罪人たち。よく聞け」
突然の放送に、煮込まれていた亡者たちが顔を見合わせる。
スピーカーから聞こえてくるのは、地獄の底冷えするような冷徹な女の声だ。
「現状の君たちのリアクションは0点だ。迫力がない。悲壮感がない。見ていて退屈だ」
「な、なんだとぉ!?」
「こっちは苦しいんだぞ! ふざけるな!」
亡者たちからブーイングが上がる。
だが、晶はそれを鼻で笑い飛ばした。
「苦しい? 嘘をつけ。……慣れているだろう? その程度の熱湯や針の痛みにな」
図星を突かれ、亡者たちが押し黙る。
実際、地獄の住人にとって、責め苦は「終わらない日常」であり、心を無にしてやり過ごすのが処世術となっていた。
「そこでだ。私から君たちに『提案』がある」
晶の声のトーンが変わった。
それは、悪魔が契約を持ちかける時の、甘く、危険な響き。
「だらだらと永遠に続く苦痛……。君たちも、もう飽き飽きしているはずだ。そこで、拷問システムを『短期集中型』に刷新する」
「た、短期集中……?」
「具体的にはこうだ。……1時間。たった1時間だけ、鬼たちが全力で、本気で、君たちを責め立てる。温度調整のリミッターを解除し、針の鋭さを倍増させ、徹底的に追い込む」
亡者たちが青ざめる。そんなことをされたら、精神が崩壊してしまう。
だが、晶の次の言葉が、彼らの耳を疑わせた。
「その代わり、ノルマを達成した者には……残りの23時間、『完全な休憩時間』を与える」
ザワッ……!
地獄全体がどよめいた。
休憩。
それは地獄において、最も遠い概念だ。
「き、休憩だと……!? 地獄で休んでいいのか!?」
「釜から……出てもいいのか!?」
「ああ、約束しよう。空調の効いた部屋で、冷たい水を飲み、横になって眠ることができる。……どうだ? 24時間ずっとぬるま湯で茹でられるのと、1時間死ぬ気で叫んで、あとは天国のような部屋で休むのと。……どちらが『得』か」
計算するまでもない。
圧倒的に後者だ。
だが、閻魔大王が慌てて晶の袖を引いた。
「ま、待て晶殿! それは甘すぎる! 地獄は罪を償う場所じゃぞ!? 23時間も休ませては、罰にならん!」
「甘いのはお前だ、閻魔」
晶はマイクを手で覆い、閻魔にだけ聞こえるように囁いた。
「……『コントラスト効果』だよ」
「こんとらすと……?」
「ずっと痛いと、脳は痛みを遮断する。だが、一度休憩という『快楽』を知ってしまったらどうなる?」
晶がニヤリと笑う。
「冷房の効いた部屋でくつろぎ、その快適さに慣れきった後に……再び灼熱の釜に放り込まれる恐怖。……その絶望感と、肉体が感じる苦痛のギャップは、今の比ではないぞ?」
「ヒッ……!」
閻魔が短い悲鳴を上げた。
(この女、鬼より鬼だ)
彼女は「休憩」を、アメとしてではなく、次のムチをより痛くするための「溜め」として使おうとしているのだ。
「さあ、選べ亡者ども!」
晶が再びマイクに向かって叫ぶ。
「今のまま、終わりのない倦怠感の中で永遠を過ごすか! それとも、私の管理下で『メリハリのある地獄ライフ』を送るか!」
亡者たちの間で、激論が交わされた。
だが、結論が出るのに時間はかからなかった。
彼らは罪人である以前に、元人間だ。損得勘定には敏感だし、何より「今のダラダラした地獄」に飽き飽きしていた。
「や、やらせてくれ!」
「休憩が欲しい! 1時間でいいんだな!?」
「俺たちも『効率化』を要求する!」
「鬼たちは、もっと効率よく責めろ!」
シュプレヒコールが上がった。
それは、地獄始まって以来の、亡者による「待遇改善」を求めるストライキだった。
「交渉成立だ」
晶が指を鳴らす。
待機していた鬼たちが、生き生きとした顔で釜の温度レバーを最大まで引き上げた。
ゴォォォォォッ!!
業火が燃え上がり、釜の湯が一瞬で激沸騰する。
「ギャアアアアアアッ!!」
「あ、熱いィィィ! 今までと違うぅぅッ!」
「痛い! けど、これを耐えれば休憩だぁぁッ!」
凄まじい絶叫が地獄に響き渡った。
それは惰性の悲鳴ではない。魂の底から絞り出される、純度100%の苦悶と、そして「ノルマ達成」への執念が混じった、エネルギーの塊だ。
キュイイイイイイーン!!
発電所のタービンが、とんでもない回転数で唸りを上げる。
発電量メーターの針が振り切れ、閻魔庁の照明が爆発しそうなほど明るく輝いた。
「す、すごい……! エネルギー充填率、120%突破!?」
「これが……『インセンティブ制度』の力だ」
晶は満足げに頷いた。
1時間後。
ボロボロになった亡者たちが釜から引き上げられ、新設された「亡者用休憩室」へと運ばれていく。
彼らは涙を流して冷水を飲み、「あぁ、生き返る(※ここは冥界……)」「前世より幸せだ……」(※ここは地獄)と至福の表情を浮かべた。
休憩が終われば、また地獄の釜が待っているのに。
「……恐ろしい。あんた、本当に人間か?」
閻魔大王が、畏怖の念を込めて呟く。
鬼には「働きがい」を与え、亡者には「希望」を与え、双方を極限まで酷使するシステムを作り上げた。
地獄全体が、晶というシステム管理者の下で、恐ろしいほどの効率で回り始めていた。
一方、そのころルナたちは……




